コミック一巻発売記念SS〈案外苦労性のギルドマスター〉
俺の名前は……別にいいか。スプリンコート伯爵領にある冒険者ギルドでギルドマスターをやっている独身男で、花嫁随時募集中だ。
ちなみに、スキンヘッドだからな。禿げているワケじゃねーからな!!
……いきなりぶっちゃけ話だが、ここのギルドマスターなんて貧乏くじもイイトコだ。
そもそも、領にあるギルドマスターなんて領主であるお貴族様とギルドの本部との板挟みでただでさえ嫌なのに、ココはマジでひどい。
まず、今の領主であるスプリンコート伯爵家当主は最悪に統治が出来ない。
伯爵夫人が存命で、当主にお気に入りの女がいたときはおとなしくしていたが、女性たちが次々と亡くなって屋敷に戻ってから、ひんぱんに町に降りてきては豪遊して金を払わない。女に手当たり次第手を出そうとする。
領主がそんなんな上に、税率は高くて治安維持も出来ない最悪の領ってんじゃ俺の髪も薄くなるってもんだ……って、禿げてねーからな!
ただでさえストレスの溜まる日々なのに、事件が起きて、さらにストレスが積み重なった。
伯爵家の所有地である山林から、すさまじい轟音が聞こえてくるんだよ。地鳴り、崖崩れ、木がなぎ倒される音、等々。
日に何度も山のほうの様子を町から見たが、ぱっと見ても変化はわからない。とはいえ、いつの間にかドラゴンが飛来して山林に巣を作った可能性もある。
……そうなると、この町にいるゴロツキまがいのEランク冒険者じゃ役に立たない。
俺は頭を抱えた。
こんな一大事、本来はここの領主が依頼する案件だろうが!
だが、あの女のケツを追っかけるしか能のないろくでなし伯爵サマが依頼をかけるわけがない。むしろ山林に立ち入ることに対してこちらに金をせびるかもしれない。
そして俺も、不確かな情報で本部に連絡してSランク冒険者を招集するわけにもいかない。
どうすればいいのか……と懊悩していたとき、奇跡が起きた。
Sランク冒険者でもトップに立つ【
俺は、場所が伯爵家の所有地ということを伏せて迅雷白牙に依頼した。
「ここら辺で強力な魔物がいたなんて聞いたことないぞ」
って迅雷白牙が言ってきたので、俺は言い返した。
「俺がお前にわざわざ指名してるんだから信じてくれよ」
迅雷白牙は俺の言葉をまるで信じていないようだったが、最終的には引き受けてもらえた。
……やれやれ。これでひと安心だ。ドラゴンじゃないことを祈るが、もしドラゴンでも迅雷白牙ならなんとか出来るだろ。むしろドラゴンにあのろくでなし伯爵サマを一ひねりしてもらいたいところだけどな。
迅雷白牙はすぐに様子を見に行ってくれた。だが、戻ってきた迅雷白牙に話を聞いても要領を得ない。
何もなかったわけでもないけど何もなかった、というようなことを言っているのだが……どういうことだ?
そして次の日もその次の日もまた次の日も山林に向かっている。……難航しているようだが、そこまで危機感をもって向かっているわけではないので、ドラゴンではないようだと少し安心した。
…………って思ってたら突然、戻ってきた迅雷白牙に詰問された。
「あの山林の持ち主って誰だ?」
ってよ。
「山林の持ち主? って、何のことだ?」
俺は最初はすっとぼけたが、誰かから聞いたらしい。問い詰められたので、お貴族様が持ち主だということを白状した。
そうしたら迅雷白牙にキレられた。
「なんで言わなかったんだよ!?」
慌てた俺が弁解すると、火に油を注いだみたいだった。より白熱して怒鳴られた。
「それが俺に話さなかった理由になるってか!?」
俺もつい怒鳴った。だってよ……。
「簡単に片づくと思ってたんだよ! Sランク冒険者【迅雷白牙】なら……ッ!」
そうしたら、迅雷白牙が詰まって止まってくれた。
俺はなだめるように迅雷白牙に言った。
「……いや、すまなかった。それで原因はなんだったんだ?」
迅雷白牙は俺の質問を聞いて、身体を引いて言葉を濁す。
「あー、その前に聞きたいことがあるんだが」
迅雷白牙の次の言葉に驚いた。
「〝インドラ〟って名前の小僧を知ってるか?」
は?
俺は意味がわからずに脳内でその言葉をリフレインさせた。
迅雷白牙は俺の反応をいぶかしむように見下ろしているが、むしろ俺がいぶかしみたいよ。
「インドラ・スプリンコート様は……その山林の持ち主スプリンコート伯爵家の第一令嬢だぞ」
俺がそう告げたときの、迅雷白牙の呆けた顔がすごかった。
……けっきょく原因を聞けないままだったが、「ドラゴンではないし、脅威も去った……はずだ」と告げられた。
濁した言い方が気になるが、結果がわかっただけ良かった。
山林のことは、恐らくインドラ・スプリンコート様と出くわして聞いたのだろう。あのクソ伯爵サマが言うには「母親とソックリの高飛車でつきまといたがるうっとうしい娘」らしいけど、迅雷白牙から『小僧』って言われるくらいに貴族令嬢らしからぬ気安さなんじゃないか?
もしも高飛車な性格なら、さすがの迅雷白牙も『小僧』なんて言わないだろう。
……まぁいいか。
迅雷白牙が山林に入ったことで轟音がやんだし。迅雷白牙が原因について追及してほしくないようならそれを呑む代わりに、もう二度と同じ騒ぎが起きないようにしてもらおう。
これで、本当にようやくひと安心かな。
ここのところのやりとりで、ますます禿げ……いや、禿げてねーからな! スキンヘッドなんだからな! (終わり)
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