パロっちゃいけないのにパロって没ったSS〈~願いを叶えし六つの玉を探せ!~〉

「何を笑っている!?」

 遺跡のような廃墟の片隅で、私は縄で縛られて、おっさん連中に囲まれている。

 その中のリーダーらしきおっさんが、私を見てそう怒鳴った。


          *


 ――私はインドラという名前の冒険者だ。

 元はスプリンコート伯爵家の令嬢だったが、出奔した。その理由はありきたりな親子関係のいざこざだ。

 母親は浮気性の夫が帰ってこない理由を私のせいにして責め続けていたのだが、私が五歳になったときに死亡。

 父親は、本妻が死んだ途端にどこかでこさえた腹違いの娘を伴い屋敷に乗り込んできた。そして本妻から産まれた私を毛嫌いし、何もかも取り上げ会えば罵倒し愛人の娘の不出来を全て私にせいにしてきた。

 純真無垢で可憐な幼女の私、この仕打ちに耐えきれず病み倒れ、覚醒したときには別世界の知識と記憶を手にしていた。客観的に自分のおかれている状況を正確に理解出来るようになり、こんな家にいてたまるか! とサクッと見限り、さっさと家を出る決意を固めた。

 その準備としての自主鍛錬に日夜励んでいると、たまたま通りかかった冒険者のおっさんが私を連れ出し一緒に冒険者をやることになったのだった。


 私を連れ出したおっさん冒険者は【ソード】と名乗り、ぼっちをこじらせていて人との距離感や付き合い方がおかしく、私を突き放してみたり泣いてすがってみたり、忙しい。


 あ、ちなみに今私を囲んでいるおっさん連中とは違うからね?

 今囲んでいるおっさん連中は、ソードが「用事を済ませてくるからちょっとここで待ってろ」と言い捨てて去った途端に現れて、私を連れ去ったのよ。

 ワクワクドキドキしながら連れ去られ、趣のあるこの場所に運び込まれて今ココです。

 思わずニヨニヨしていたらしく、怒られたのが冒頭のセリフね!

 私は弁解した。

「笑ってなんかいないぞ?『きゃーこわーい』」

「棒読みじゃねーかよ!」

 きっちりツッコミを入れてくれてありがとうございます。


 おっさん連中のリーダーらしき男は、あまり運動が得意ではなさそうな雰囲気の、背が低くて人相の悪いやせた学者風の容姿だ。

 他のおっさん連中は、冒険者の悪い見本といった様相だ。盗賊まではいかないけれど、金をもらえばある程度後ろ暗い仕事もしそうな雰囲気をしている。


 この小ぶりな胸の鼓動が高まるわ。

 さらわれたお姫様の気分ね。

 まぁ、さらわれたお姫様のワタクシとしましては、ソードが来るまでアレコレ楽しむ気なのですが!


 ――なんと、私の相棒であるおっさん冒険者ソードは冒険者ギルドでも一目置かれ、【迅雷白牙】とかいう寒い二つ名までつけられているSランク冒険者でして。

 独身のおっさんで弟子も取らず風来坊をキメているので、お金持ちなのだ。

 しかも、すさまじい巻き込まれ不幸体質。黙って立っていれば次々にトラブルが舞い込む、ヒッジョーに羨ましい体質の持ち主だ。

 ゆえに、ワタクシも不本意ながら巻き込まれ! 人相の悪いおっさん連中に囲まれて、いったいぜんたいどうなっちゃうの~? な状況なのだ。ウシシ。


 私としてはさぁ、冒険者になったからには、ワクワクした出来事にドキドキしたいじゃん?

 ソードは、巻き込まれ不幸体質のくせに小市民なのでトラブルノーセンキューなのだが、私はウェルカムなので、せっかく舞い込んできたトラブルを心ゆくまで楽しみたいのよ。

 さーて、コイツらでどう遊ぼうっかなー!


 ――と考えていたら、廃墟の壊れた天井から私の造った蜘蛛くも型思考ゴーレム【リョーク】が顔を出した。そして、触肢を振っている。

 なんてラブリー!

「どこ見てんだよ?」

 おっさん連中がそちらを見るが、ただいまリョークは魔素光学迷彩化しているので肉眼では見えないのだ。

 私はおっさん連中にニッコリと微笑む。

「気にするな。――さてと。リョークが現れたということは、ソードが近くまで来ている、ということだ。と、なると、さっさとお前たちと遊ばないとソードが迎えに来てしまうな。よし、遊ぼう!」

「お前と遊ぶためにさらったんじゃねーよ!」

 おっさんにツッコまれてしまったが、私は遊ぶためにさらわれたんだい!

 私を拘束する縄はティッシュよりももろいので、一瞬にして破いて立ち上がった。

「さぁ、遊ぶぞ! ハンターごっこをしよう! お前らはハンターと獲物、どっちになりたいか?」

 おっさん連中、立ち上がった私を見て啞然とした。

「……魔物拘束用の縄が簡単にちぎれた……」

 なんか関係ないことをつぶやいているけれど、時間がないから早く遊ぼうよ。

「縄なんかどうでもいいだろう。早く遊ぶぞ! しかたがない、最初はハンター役を譲ってやるから、ちょっとしたら交代しろ! では、はじめ!」

 合図をして、私は素早く走り回った。


 おっさん連中、それで慌てたように私を追いかける。

「待てっ……この……! なんてすばしっこいんだよ!」

「両側から追い詰めろ!」

「うわっ! 飛び上がって壁に張り付いたぞ!?」

「あの小僧、人間か!?」

 最後のやつがずいぶんと失礼なことを言ったので、頭に飛びついてやった。

「アガッ!」

 ゴキン、と首が鳴った。どうやら首の筋を違えてしまったらしい。

「こんな美幼女をつかまえて、小僧だの人間じゃないだとのとわめくとは失礼だぞ」

 他のおっさん連中が色めき立つ。

「よし! そのまま捕まえろマサラ!」

「いっせいにかかれ!」

 おっさん連中が群がってきたので、ぴょーんと跳んで逃げた。

 首の筋を違えたおっさんことマサラは、オッサン連中に飛びかかられもみくちゃにされている。

 そのまま団子状になって転んでしまった。

 私はその脇にスチャッと着地し、腕を組んだ。

「ホラホラ、さっさと立ち上がって追いかけてこい。じゃないと私がハンター役になってお前らを追いかけ回すぞ?」

「……く……この……」

 おっさん連中が負け惜しみっぽいセリフをつぶやいて、私をにらむ。そして、立ち上がって飛びかかってきたので華麗に避ける。

「どんどんかかってこい!」

 ビシ! と自分を親指で指し示した。


「――インドラ! お前を捕まえた連中は無事か!?」

 その叫び声と同時にソードが廃墟に乱入してきた。

 なんだか私を心配していたような心配していなかったようなセリフだったけど。

「おぉ、ソードか。私は無事だぞ。捕まえていたおっさん連中は、おっさんなだけにヘトヘトになっているが」

 あれからちょっとしか経っていないのにすぐへばってあちこちに倒れ込んでゼーハーいってるのよ。もっと根性を出して遊べ!

 ソードはおっさん連中の有様を見て、ホッとしたような不安なような顔をした。

「どんな目に遭わせたんだよ?」


 なんで私がひどい目に遭わせたように言うのかなー?


「一緒に遊んだだけだ! ハンターごっこをしたのだ。最初は私が魔物役でコヤツ等がハンター役、途中で交代する予定だったのだが、その前にへばってしまった。つまらない」

 ソードが今度こそホッとした顔になった。

「被害がなくて安心したぜ……」

 手の甲で冷や汗を拭っている。だが、その安心はまだ早いと思うぞ?

 なぜならば、ヘトヘトおっさんの一人である学者風のリーダーの男が、何かのドリンクを飲んだと思ったら私に飛びかかってきてナイフを突きつけたのだ。

「よ、ようやくお出ましか【迅雷白牙】! この、かわいがっている荷物持ちを殺されたくなかったら、言うことを聞け!」

 ソードが拭う手を途中で止め、口を開けて間の抜けた表情をした。

「インドラ? お前、なんで捕まったんだ?」

「展開がつまらなかったので、新たな展開を希望する」

 ハンター役もやりたかったのに、おっさん連中ときたら「お、俺はもうダメだ……」「あとは任せる……」とかお決まりのセリフをつぶやいて次々と倒れ込んじゃうんだもん。まだまだ遊びたいんだい!

 ソードがため息をつきながら頭をバリバリとかいた。

「めんどくせーな……。ま、俺が見張ってるならそこまでひどい事にはなんねーか」

 そうつぶやくと、おっさんに向かってけだるげに言う。

「どうせソイツはそんな安物のナイフじゃ傷ひとつつかねーけどよ、一応尋ねとくわ。お前らの希望はなんなんだよ?」

 ソードがノッてくれた!

 倒れ込んでゼーハー言ってたおっさん連中、ソードのセリフを聞き、スタミナドリンクっぽいものを飲んで続々と復活! ゆるゆると立ち上がった。

「……大変な目に遭った……」

 とかつぶやいてるけどさ。こんなんで大変な目とか言っていたら冒険者なんてやってられないぞぅ!


 私を捕まえているおっさんが、懐から何か石のようなものを取り出した。

「【迅雷白牙】、お前はコレと同じものを持っているだろう!?」

 ソードはけげんな顔でそれを見た。

 その石は真っ黒な球形をしていた。そして、なかなかの魔素を秘めているようだった。

「ふむん? 魔石か? なかなかの魔素量を秘めているとみた」

 ソードはその言葉で、心当たりがあるようにハッとした。

「…………お前。それをどうやって手に入れた!?」

 厳しい顔で問いただす。

「教えると思うか!? いいから、出せ! さもないと、コイツがどうなってもいいのか!?」

 さっきから、ナイフが揺れてガツガツ私の首に当たっているんですけど。痛くも痒くもないけどさぁ、キミ、ナイフの扱い方が下手すぎやしないかい?

「おい、インドラ。その玉が集まるとシャレになんねー事態になる……」

 ソードが厳しい顔で私に言ったので、私は顔を輝かせた。

「そうか!? それはワクワクするな!」

 ソードが額を手で打ち、天を仰いだ。

 そのあと開き直った。

「もう知らねー。好きにしろ」

 なげやりに言い捨てると、マジックバッグから革袋を取り出し、それを私に投げてきた。

 私は受け取ってしげしげと眺める。

「ふむん? やはり魔石か? かなり上質だな。これをリョークの燃料にすれば、だいぶ補充しなくて済むな」

「うーわー。お前、ソレをリョークの燃料にする気かよ。……ま、ある意味一番いい使いみちだな」

 どういうことだろ? でもまぁいいや。とりあえずリョークを呼ぼう。

「リョーク!」

 と、公安の某少佐が思考戦車を呼ぶ風に、かっこよく叫んだ。

 シュタッ! と、現れるリョークに、おっさん連中がめちゃくちゃ動揺した。

「ま、魔物!?」

「テイマーなんて話は聞いてないぞ!」

 魔物じゃないし、テイムもしてないよ。

「ゴーレムだよ。お前が捕まえているソイツが作ったんだ。あと、ソイツは荷物持ちじゃねーから。Aランク冒険者だから。お前ら、さんざんインドラにもてあそばれたんだろ? それで理解しろっつーの」

 ソードが全てを投げ捨てたような口調でおっさん連中に言った。

 疑いのマナコのおっさん連中。ならば私がリョークがラブリーなゴーレムだとわからせてやろう。

「さぁさぁさぁ、リョーク、け! お前のラブリーさを見せつけてやれ!」

「「こんにちは! 僕は、リョーク!」」

 左右に揺れながら片方の触肢を上げて挨拶する。ラブリー!!

「むふ~」

 つい、鼻息が荒くなってしまった。

 おっさん連中は私を変な目で見た後、何かを訴えるようにソードを見つめた。ソードは、なぜか優しい顔をしておっさん連中に諭す。

「うん。気持ちはわかる。だけど、そんな頭のおかしな相棒をさらったのはお前たちなんだ。諦めてつきあってやれ」


 うん? それはどういう意味かな~?


「ソードさーん、コイツらを捕まえればいいんですか~?」

 ……ってリョークよ、呼んだの私なのになぜにソードに指示を仰ぐのさ。

 リョークの言葉を聞いたおっさん連中は逃げ腰。唯一、私を捕まえているおっさんだけが必死に私にナイフを突きつけて、というかナイフを刺して脅す。

「こ、コイツがどうなってもいいのか!?」

「つーかよ、めちゃくちゃナイフが当たってるじゃねーか。ま、あまりに硬くてまさか首に当たってるとは思えねーか」

 ソードが呆れた顔で言った。

「それより、この玉がどうかしたのか?」

 私が尋ねたら、ソードは口をつぐんでしまった。えぇ? なんで?

 しかたがない。おっさんの方を脅そう。

 ナイフを指でピン、と弾くと刃が吹っ飛んでいった。

「は? え?」

 おっさんは驚き、あたふたしている。

「茶番は終わりだ。――ソードが教えてくれないので、お前が教えろ。この玉は、なんなのだ?」

 おっさんは慌てて私を捕まえようとするが、私は捕まろうと思わなければ捕まえられないのよ。

 ついでに玉を盗み出し、おっさんをヒョイヒョイと避けながら再度問う。

「教えなければ、これをあのゴーレムの燃料にするぞ!」

「お前っ……! 返せ!」

 コヤツ、私の問いを無視する気だな?

「むぅ。答えないのなら、一つ破壊する」


 その言葉で慌てたのはソードだった。

「待て! それはヤバいからやめろ。それには何かが封印されているんだよ!」

 ソードが素早く私を捕まえた。……逃れられない。

 うむむ、さすがにソードには本気を出さないとかなわないか。ソードを仰ぎ見て言った。

「なら、むしろ破壊したほうが楽しいかもしれない」

「ナニ言ってんだこのバカ! それこそ何が起きるかわかんねーんだぞ!」

 ソードの慌てっぷりに、おっさんも私が本気で破壊しようとしているのがわかったらしい。おっさんも慌て始めた。

「わかった、教える。だが、それは私が集めたのだ。金もずいぶん使った。英雄【迅雷白牙】なら、奪おうとするなよ!」

 一個はソードのじゃん。と思ったけれど、まぁいいや。ちょっとくらい魔素量の多い黒い玉なんて、ソードがほしがるとも思えない。

「ふむん。とりあえず話を聞こう。集めたうちの一つはソードのものだから、ソードにも権利はあるはずなので、話を聞いてから交渉だな」

 おっさんは、ぐっと詰まったが玉を持っているのが私なのでしぶしぶと話した。


 ――おっさんはビリヤニという名で、やはり学者らしく、ある伝承を研究していたらしい。

 その伝承にまつわる重要な場所を突き止め、そこを訪れ調査していたら、この黒い玉を見つけた。

 伝承は本当だとわかり、黒い玉を探し求めた。

 ようやくあと一つ集めれば伝承が実現する、だがその一つはすでに持ち去られていた。持ち去ったのは、ソード。

 ソードは顔をしかめている。

「……お前、それがなんなのかわかって集めてんのか?」

「なんなのかはどうでもいい。伝承が実現するのが重要なのだ」

 おぉ、学者の言うことっぽいな。いや、学者らしいけど。

「その伝承とは?」

 私が尋ねたら、ビリヤニは黙った。

 言いたくなる気分にさせるために、玉を取り出して「砕くぞ?」と脅すと、ようやく口を割った。

「六つの玉を集めて六月六日に贄の魔力を貢ぎ物にして祈りをささげれば願いがかなうのだ」

 ほほぅほぅ、スリーシックスか。なかなかステキな数字の集まりだな。

 それにしても。

「七つじゃないのか」

 きっと七つだといろいろまずかったのかもしれない。うん。


 折しも本日は六月六日ナリ。ビリヤニは、いつもならちゃんと交渉するのだけれど、今日を逃すと一年後になり、これ以上時間もお金もかけられないため、なんとしてでも今日中に集めて伝承を実現したかったのだとか。

 それを聞いたソードは呆れ顔になった。

「……そんなんでインドラを誘拐したってのかよ。つか、どう考えても犯罪じゃねーか」

 ソードはちょっと怒っているようだけど、実害はないし。ビリヤニから理由を聞いた私は玉をビリヤニに返した。

「では、実際やってみてくれ。私とソードは静観している」

 ビリヤニは、拍子抜けしたように私を見つめる。

「…………え? いいのか?」

 もちろん。私が思いっきりうなずいたら、ソードから拳固をもらった。

「いたい!」

「良いワケねーだろ! なんで今の話を聞いて『やってみろ』って言うんだよ!?」

 私は頭をさすりつつ、唇をとがらせた。

「相変わらずお前は小市民だな……。飽くなき探究心で、何が起こるか見届けるのが冒険者というものだぞ。どうせやるのはコイツらだ」

「どう考えても贄になるのはお前と俺なんだよ!」

 ソードが怒鳴る。私はあごに手を当てた。

「ふむ、そうか。まぁ、魔素ならなんでもいいんじゃないか? 私がそそいでやろう」

 私は、フンワリさん漂う魔素を集めて黒い玉に注入すると、怪しく光り始めた。

 ビリヤニは慌てふためき、

「ちょ! 待て! 早い! というか、どうなってるんだよ!? 手順が違う!」

 と、叫びながらも黒い玉を床に置く。

 ソードは、光る黒い玉をうつろな瞳で見つめて、

「勝手にしろ」

 と、ぐったりした。


 私ははりきって、黒い玉に呼びかける。

でよ!! ドラゴン!!」

「なんでドラゴンが出てくるんだよ」

 ソードがすかさずツッコんできた。

 ――そういうものなのよ。急激に空が暗くなり、雲が覆い、割れて、神聖なるドラゴンが現れるのよ。

 ワクワクしながら空を見ていたけど、一向に暗くならない。あれー?

「お前、ドコ見てんだよ? ホラ、お待ちかねの大ごとだよ」

 ソードに頭をげしげしとつっつかれ、玉を見たら、黒い魔素が噴き上がって形づくっている。

 ちょっとイメージと違うんですが……まぁいっか。出でよドラゴン!


 ………………出てきたのは美形の人型だった。ドラゴンじゃないぞ。なんでだ。というか、どう見てもデーモンだぞ。肩透かしにもほどがある。

「ドラゴンじゃない」

 私が不満を洩らしたら、

「だから、なんでドラゴンが出てくるって思ってんだよ。どう考えてもヤバめのデーモンが封印されてるとしか思えなかっただろうがよ」

 ソードがそんなことを言いだしたぞ! 今さらそんな予測を言うの!?


 デーモンが、こちらを見てニヤリと笑った。

「さて。呼び出してくださったお礼に、一つだけ願いを叶えましょう」

 ふーん。願いを叶えし六つの玉はデーモンだったのか。ちょっとがっかり。

 しょぼくれた私を見てソードは、『期待していた展開と違う』と思っているのがわかったらしい。私の頭を小突いた。

「…………あの玉は、いにしえの封印の魔導具だよ。六つも使うとなると、そうとうの大物だ。昔訪れた場所で見つかったんで、俺が封印の革袋に包んでどこか人里離れた場所に移すっていう約束をして預かったんだ」

 ……ソードが語り出したぞ。もう遅い。


 ところでソードさんや。なんでそれを今でも持っているのかなー?

 入れっぱなしにして忘れていた、ってことはないよねー?


 ジーッと見たら、ソードは赤くなってそっぽを向いた。忘れていたの、ばつが悪くって言い出せなかったらしいよ!

 でもいいや。それで面白い展開になったわけだし! ドラゴンじゃないのが残念だけども。


「『書籍が爆発的に売れますように』と願え」というさくしゃの声が鳴り響くがサクッと無視をする。

「ここはやはり『美少女のパンツをください』と願うべきか?」

「お前、おっさんかよ」

 ソードからブリザード級の冷たい視線を受けた。私は唇をとがらせて弁解する。

「誤解するな、お約束なのだ。正確には『奇抜な格好をしている美少女』だな」

「え。そんな女のパンツをほしがるのがお約束なの?」

 そうなのだ。私は不思議そうな顔のソードにうなずいた。

「ふざけるな! 奇抜な格好をした女のパンツなんかほしいと思うか! 山ほどの財貨を願うに決まっているだろうが!」

 私の言葉に憤り怒鳴るビリヤニを、ソードは冷めた表情で、私は残念なものを見る表情で見やった。

「……そんなつまらないものを願うのか? もっとすごいことを願えばいいだろうに。それに、山ほどの財貨を持っていたってお前程度の実力では、殺されてすぐ奪われるのがオチだろう」

 私が指摘すると、ビリヤニもその未来が思い描けたらしくうろたえ、願いを変えた。

「……な、ならば、誰にも負けない強さだ! 力がほしい!」

「誰にも負けない強さがあっても、私がこの星ごと滅ぼす大規模殲滅魔術をかけたら死ぬぞ」

 私がすぐさま言い返したら、ビリヤニが恐る恐る私に尋ねる。

「…………そんな魔術を使えるのか?」

「今お披露目してもいいが」

「わかった信じる! ……な、なら! 永遠の寿命だ! ついでに若返らせてくれ!」

 私はニッコリと笑ってうなずいた。

「うむ! それこそが愚かな人間がデーモンに頼む定番の願いだな、悪くないぞ! 必ず不幸になると決まっているのがとてもいい感じだ!」

 私のダメ出しが止まってホッとしたビリヤニ、最後の言葉を聞いて硬直した。

 ソードが眉根を寄せ、私に聞いた。

「誘導したみてーだったぞ。どういうことだよ」

「デーモンに頼むのが財貨なんてつまらないじゃないか! それこそすぐ殺され奪われて終わりだ。世界一強くなろうが、事故に遭ったり病気にかかったり毒を盛られれば死ぬ。不老不死こそ、愚かしい人間が願うにふさわしい願いだろう? 周りと自分の異質さを感じつつ、周りが順調に歳を取り穏やかに死んでいく中で孤独感に苛まれながら絶望しかない未来を歩む! うむうむ、すばらしいな」

 ビリヤニは、私の説明を聞いて愕然とした。

「…………な、なら…………そうだ! 国王になる! それならば財貨も手に入るし、力も手に入るし、孤独にはならない!」

 ビリヤニは思いついたように手を打って叫んだ。それを聞いて私も喜ぶ。

「お、世界征服か! いいな、大魔王らしいぞ! ビリヤニ大魔王!」

「違う!」

 ビリヤニ大魔王、間髪をいれず否定したのだけれど。私は嘆くように首を横に振った。

「世界征服くらいしないと、お前の命を狙った連中が押し寄せるだろう。この国だって魔王国に狙われているし、先代の王は魔族に殺されたんだろう? 魔王国の王になっても王国からの勇者に狙われるし、どこか別の国の王になっても、また別の国から狙われるかもしれないし、なんだったら部下や親族から狙われるかもしれないぞ。だから、世界征服が一番だ!」

 私が説得するさまを聞いていたデーモンが、曖昧な顔になった。

「……申し訳ありませんが、世界征服に対しての対価は、恐らくこの世界の人間の半数以上を贄にしないと釣り合いが取れません」

 デーモンが対価の催促をしたので、私は軽くうなずいた。

「ふむ。そうか。まぁ、私とソード以外なら皆殺しにしてもいいけどな。ビリヤニ大魔王、まず世界中の人間を皆殺しにしないといけないそうだ」

 私が促すとビリヤニ大魔王、なぜか頭を抱えてうずくまってしまった。

「…………無理だ。願うと不幸になる未来しかない。俺には願うこと自体が分不相応だったんだ…………」

 え、急に何言ってんの?

 私は、縮こまりブツブツ言っているビリヤニ大魔王を啞然として見下ろし、ソードは肩をすくめた。

「確かに、インドラの言い分はわかるし、そういう未来になるだろうな、って思うけどさ。それにしても、何かを願うたびにすぐさま不幸になる未来を示して心を折っていくお前って、ホントにドSだよな」

 なんでだろう。親切でアドバイスしただけなのに。


「この者は願う気はないようだ。お前の願いはなんだ?」

 デーモンが私に問うた。私はデーモンを見て真面目に希望を言う。

「次に召喚するときから、胴体が蛇のように長いドラゴンの姿で空から現れるようにしろ」

「どんな願いだ」

 ソードにツッコまれた。

 私の願いを聞いたデーモンは硬直する。

「六つの玉を集めて六月六日に贄を用意して召喚したらデーモンが現れた、なんてありきたりでつまらないじゃないか! どうせなら空が急激に曇り、雲が割れてドラゴンが現れるほうがカッコいいだろう!?」

 私が力説すると、ソードとデーモンがすさまじく白けた顔で私を見ている。なぜに同じ表情で見ているのかなー?

「……カッコいい登場をさせるためだけに、願いを使うのかよ?」

「しかもその場合、私が犠牲になるのですが。登場するだけのために、贄の魔力以上の魔素が必要です」

 却下された!

 私はむぅ、とふくれっ面をして、残ったおっさん連中に聞いてみた。

「お前たちはずいぶんおとなしいな。それこそ、抱えきれないほどの財貨を願って、そのあと生き残りを賭けた血みどろの争いをし最後に生き残ったやつが財貨を独り占めにする、ということはしないのか?」

 全員がおびえたように後退りつつ首を横に振る。

「お、俺はそんな大それたことはしない」

「そもそも、黒い玉を譲ってもらうために、ちょっとおどす程度だと約束したんだ」

「第一、デーモンを呼び出して無事でいられるなんておめでたい頭はしていない! 頼む【迅雷白牙】! アンタなら討伐出来るんだろう!? じゃないと俺たち全員死ぬ‼」


 顎が外れるかと思うくらい啞然としてしまった。

 ……なんだろう、この甘いのかしょっぱいのかわからない連中は。

 ちょっと脅すだけなら誘拐しても罪に問われないって思っているの? というか、もしかして問われないの? この世界って。

 さらに、脅した相手に自分たちのやらかしの尻ぬぐいを頼むとか、甘すぎない?

 そのわりに、デーモンに望みを叶えてもらわず「殺される」とビビっているなんて、なんてしょっぱいんだ。小物じゃすまないしょっぱさだ!


 私はおっさん連中を指さして糾弾した。

「お前たちは、なんでそうお決まりの展開をやらかさないのだ!『願いを言いかけたやつを殺して自分が望みを言う』とか!『望みを叶えたやつを殺して自分のものにする』とか! ありきたりの展開にもっていけ! ぎゃー!」

 ソードにアイアンクローされた!

「おーまーえーはー!」

「だって、普通そうならないか!? 望みを叶えてくれると言っているんだぞ! ちなみに私の願いは登場に凝ってください出来るならドラゴンの姿がいいです」

 デーモンは、私をにらむように見つめた。

「そもそもが、貴女のせいですよ」


 え?


 キョトンとした私に向かって憎々しげに微笑むデーモン。

「えぇ、私も貴女と同じ展開が大好きです。ですから、そのように誘導します。なのに、貴女がそれを打ち消してしまっているのですよ。その、強大な魔素で」


 え。


「そちらの貴方もそれを手助けしていますね。おかげで、久しぶりに出てきたのにまったく楽しめません。……ですが、捧げられた魔素は今までと比べようもなく多い。これならかなり長い間とどまっていられます。それで相殺いたしましょう」

 ソードと顔を見合わせた。

 私とソードは無意識のうちに何かをやらかしているらしい。

 ソードが手を放してくれたので、私はデーモンに謝罪した。

「そうか。それはすまなかったな。だが、故意ではないし無意識なのでどうしようもない。諦めてくれ」

 私はふと思いついたので、ソードに振った。

「そういえば、ソードの願いはなんだ? 私を含めた他の連中は願いを叶えてもらえそうにないので、残るはお前だぞ」

 ソードが顔をしかめる。

「俺にはデーモンに叶えてもらいたそうな願いなんざ、ねー」

「そうか? 合体して巨大化するゴーレムがほしいとか言い出しそうだと思ったのだが。各パーツに一人一人が乗り込んで操縦する仕様のやつとかな」

 言いかけたソードにかぶせてツッコんだら、ソードが目をキラキラさせて食いついた。

「なんだそれほしい!」

 あるんじゃん。私はジトッとした目でソードを見る。

「……どうしてそう、まともじゃない願いを言うのでしょうかね。この世界に存在しないものは叶えられませんよ」

 そうデーモンが吐き捨てると、ソードの肩がガックリと落ちた。そんなにほしいの?

「うーむ。合体ロb……ゴーレムは、私が造ったらこの世に存在することになるだろうが、ならばソードが願う必要もないしなぁ。ソードは小市民なのでガジェット系以外だとうまい酒とうまい肴で満足してしまうし、私の願いは……おぉ! あったぞ! いかにもデーモンが叶えてくれそうな願いが!」


 思いついたーーーー!


 私は胸の前で手を組み、瞳をキラキラさせておねだりした。

「デーモンさんデーモンさん。私、トラブルに見舞われる体質になりたいです。ソードみたいに一歩歩けばトラブルが降りかかってくるような素敵な不幸体質にしてくだぎゃー!」

 ソードがまたアイアンクローしてきた!

「お前までそんな体質になったら、俺がさらに巻き込まれるじゃねーかよ! いい加減にしろ!」

 ぎゃーぎゃー騒いでいたら、デーモンが厳かに宣言した。

「私もその願いは是非とも叶えたいのですが、貴女には無理でしょう」

 ソードも私も動きを止めて、デーモンを見てしまう。

「貴女のその魔素により、私の付与がはねのけられてしまいます。困りましたね……珍しくまともな願いでしたのに、叶えられず残念です」

 デーモンが嘆くとソードがツッコんだ。

「いや、マトモじゃねーから」

 デーモンは、私とソードにニッコリと笑顔を向けた。

「貴方がたは、私が彼らの願いを叶えるためには邪魔です。貴女も、お好きな展開が私と一致しているようですし、少し離れていてもらえませんか?」

 とか、邪険にされたよ。ひどくない?

「つれないことを言うな。私は巻き込まれたいのであって、別に彼らがどうなろうと知ったことではないのだ。ぜひとも私を巻き込んでくれ」

 デーモンに笑顔を返したら、デーモンが無表情になった。なぜ? そして、おっさん連中に土下座されすがりつかれた。ソードがね!

「頼む。改心するし、もらった金は渡す。だから、見捨てないでくれ」

 ソードは、おっさん連中を見下ろして、ハァ、とため息をつく。

「インドラ。お前はどーすんだ」

 どうするって、何が? キョトンとして首をかしげる。

「なんとしてでも登場はドラゴンの姿で出てきてもらいたい」

 私の願いを聞いたデーモン、うなずいた。

「そうですか。そこまで私を愚弄するなら、それに見合う対価をいただきましょう」

 ソードの顔が険しくなった。そして、剣に手をかける。なるほど、バトル展開になったのか。

「ふむ。まぁ、なんだかんだ私とビリヤニ大魔王以外の願いが叶いそうだな。バトル展開はソードの大好物だし、ソイツらの願いはデーモンが倒される事だものな」

 デーモンが邪悪に笑う。

「その願いも叶えられそうになくて残念です。非才なる身で申し訳なく思います」

 私は鷹揚に謝罪を受け入れた。

「仕方がないことだから、気にするな。何せ、玉を六つしか使わないのだからな。七つだったらドラゴンで登場出来ただろうに」

 デーモン、めっちゃ怒った。いや、本当にそうなのよ? そういうものなのよ、お約束って。

「また煽りやがってよ……」

 ソードが何度目かわからないため息をついたが、急に開き直った。

「……デーモンが封印されてる玉の保管をアレコレ悩んだ挙げ句、つまんねー欲をかいたやつに奪われて贄にされておまけに後始末までさせられるはめになったけど、せめてもの慰めはこれでもう封印されたデーモンのいざこざに巻き込まれなくなるってことかな」

 ソードが悲劇の主人公みたいな事を言いだした。

「玉の保管はアレコレ考えて持っていたのではなく、忘れていたのだろうが。私が魔素を送り込んだので贄にされてもいないし、後始末をしたくないならしなければいいだろう。ギルドで依頼を受けたわけでもあるまい。したくないことはするな。私はしたいことしかしないぞ」

「お前はもう少し欲望を抑えろ。誰のせいでしたくないことをしてると思ってんだよ」

 あら。おっさん連中のためではなく、私のためだったらしいよ?

「気が乗らないのなら私が倒してやるぞ。別に私は倒したいわけではないが、これ以上展開がなさそうだし六つの玉のデーモンはドラゴンの姿で登場してくれないし、つまらないので精神界にお帰りいただくことにする」

 私のセリフを聞いたデーモン、魔素を集め始めた。向こうもる気っぽい。

「よーし、我が太刀筋をとくと見よ! ……フガッ!?」

 ソードが、愛らしい私のかんばせをつかんだぞ!

「いいから、引っ込んでろ。俺がやる」

 やっぱり戦いたいんじゃないか!

 やりたくないみたいなこと言っておいてさぁ、殺る気なのはソードの方じゃん。


「――貴方がた。もしも私のしもべになるのでしたら、見返りなしで願いを叶えますよ? こちらにいらっしゃい」

 デーモンがおっさん連中に悪魔の囁きをする。

 私もおっさん連中をうながした。

「そうだな。お前たち、小物過ぎて遊びにもならないしもう用無しだ。デーモン側について私の剣のさびとなれ」

 私がシッシッと手を振って追いやったが、全員、首を横に振る。そしてソードにすがりつく。

「【迅雷白牙】頼む! 助けてくれ!」

「デーモンとデーモンに勝る魔物から守ってくれ!」

 何を言っているんでしょう。魔物はデーモン以外いないじゃないですか。

「……今さらインドラがデーモンに勝る魔物クラスだってわかったのかよ。――お前ら、終わったら憲兵に突き出すからな。お前らがどこまで把握してインドラをさらったのかはわかんねーけど、少なくともそっちのデーモンを呼び出したやつは重罪だ。覚悟しとけよ」

 ソードが舌打ちしつつおっさん連中に言う。まったく、ソードはおっさんに甘いんだから、もう。そんな連中、デーモンに差し出して遊び相手にしちゃえばいいのに。

 デーモンは面白くなさそうに私とソードを見る。

「まったく、ようやく封印が解かれ、かつてないほどの魔素も手に入れられたというのに面倒な事ですね。――仕方ありません、多少手間がかかりますが貴方がた全員を精神界にお連れしましょうか」

 デーモンから黒いミスト状の魔素が放たれる。

 ソードは素早く詠唱し、光魔術で対抗する。

 が、ミスト状の魔素は全部中和しきれず、学者のおっさんと私にまとわりついた。

「ふむふむ?」

 ゲームで暗闇状態になった表示みたいなことになってるのかな?

 目くらましなのか、命中率が下がるのか。

「おい、インドラ!? 正気を保ってるか!?」

 ソードが焦った声で話しかけてきた。

「別に魔素がまとわりついたくらい、大した話ではないだろう。目くらましなのだろうが、私は肉眼視以外も見える魔術が使えるので、問題ない」

 クリアーな視界を保っていられるのよ。安心して。

「目くらましじゃねーよ! 精神汚染の魔術だよ!」

 何ソレ?

 怒鳴るソードにキョトンとした。

「……チッ。コイツは呑まれたか」

 ソードが舌打ちした視線の先には、学者のおっさんがいた。


 手を振って抵抗したらしいが、魔素がおおい被さり、おっさんに吸収されたように収束した。

 おっさん、目が完全にうつろになっていて、口の端からよだれを垂らしているね。精神汚染の魔術って、痴呆にする魔術なのかな?


 ……と思ったら、急激に変形し始める。

「おぉ、変化の術とはカッコいいな!」

 私が感歎したら、ソードがまた怒鳴ってきた。

「感心してる場合じゃねーだろ! 魔物化しちまったんだよ!」

 ふーん? でもこれ、変化の術っぽいけどなぁ。

 大きな山羊のような角が生え、顔は牛のように長く大きくなり、背中は盛り上がり黒い翼が生えた。

 その際、服がはじけ飛ぶ。

 手は大きくなり爪が長ーく伸びて、下半身はイヌ科の動物の後ろ足っぽい感じだな。歩きづらそう。

 総じて、バフォメットのような雰囲気に変化した。マッパだけど。


「成功したのは一人ですか。でも、まだまだいきますよ」

 デーモンがニヤリと笑うと、また黒いミストを出す。

 ソードがそれを光魔術で打ち消す。

「……インドラ! その学者をどうにか出来るか!?」

 ソードがデーモンをにらんだまま、私に尋ねた。

「どうにか出来るというよりも、どうとでも出来るぞ」

 私は肩をすくめた。

 カッコよく変化した学者のおっさん、私をにらんだと思ったら、飛びかかってきた。

 やだ、私が美幼女だからってムラムラしちゃったのかしら。精神汚染の魔術らしいし、興奮しやすくなっているみたいね。

 しょうがない。正気に戻すために、おっさんの頰をひっぱたく。

「ふべっ!?」

 って、カッコいい見た目に反して情けない声をあげる学者のおっさん。

「ホラホラ、正気に戻れ。私は戻らなくてもいいのだが、ソードはおっさんに弱いのだ。ソードのために戻れ」

 両頬を往復ビンタし続けた。

 しばらくひっぱたき続けたら、バフォメット風学者のおっさんが涙目になる。

「や、やめてふれ……」

 情けない声をあげて正気に戻った。

 やめてあげたら、ほっぺたを押さえてヒーヒー泣いている。

 ソードの方は、黒いミストが厄介らしく、半数くらい変化の術にかかっているね。

「おや、トドメを刺さないのですか?」

 デーモンが私に尋ねた。

「正気に戻したから、あとでお仕置きだ。そっちのやつらも正気に戻すぞ!」

 腕をぐるぐる回しながら変化したおっさん連中に迫ると、なぜか及び腰になるんだけど。興奮しやすい精神汚染にかかっているんじゃないの?

「ソード、交代だ。黒いミストにいちいちかかりきりになってもしょうがないぞ。デーモンを叩け」

 ソードは苦渋の顔になる。

「お前はソイツらが魔物になろうがどうでもいいんだろうけどよ、俺は……」

「だから、アレは変化の術だ。術を解けば……ぶっちゃければ魔素を取り除けば元に戻るぞ、ホラ」

 私は手をかざして学者のおっさんに纏わり付いている、変化の魔素を私の周りに集めた。

 すると、カッコいいバフォメットから、貧相な体つきの学者のおっさんに戻った。

 ソードとデーモンの目が点になる。

「え? ……うわぁっ!」

 学者のおっさん、慌てて前を隠す。

「魔素で魔物に変形したように見せかけたのだ。勘のいいお前なら気付くと思ったのにな」

 私がソードに言うと、我に返ったソードが大きく息を吐いた。

「お前は、俺を買いかぶりすぎ」

 ソードはそう言うと、デーモンに向き直った。

「……足手まといの連中を気にしなくていい、っつーなら俄然戦いやすくなるってモンだな」

 デーモンはソードを見ると、諦めたような笑顔を向ける。

「私には、物質界の理屈はわかりません。ですが、通常は元に戻せることはないはずです」

「だろうな。聖魔術でもどうにもなんねーだろうよ。アイツが通常じゃないだけだ」

 通常ってなんだろう。

 おっさん連中を往復ビンタで正気に戻しつつ考えた。

 リョークはせっせとおっさん連中をワイヤーで縛ってまとめている。助けてやったのに恩知らずにも逃げ出すのはセオリーだからね。私はそれも楽しい展開だと思うけれど、ナイーブなソードがダメージを負いそうなので縛って逃げられないようにした上で、まとめて憲兵に突き出そう。


 ……それにしても、ソードは私がドSとか言うけどさぁ、自分も大概だと思うぞ。

 正気を失って魔物として討伐された方が、正気に戻って憲兵に捕まり極刑になるよりコイツらにとっては幸せなんじゃないかな。

 わざわざ正気に戻して希望を宿した後で絶望させるのって、高度なドS技だと思うんだけどなーっと。


 往復ビンタしている遠景で、デーモンとソードが対峙している。

 デーモンが黒い魔素を濁流のようにソードにたたきつけようとする。

 対するソードは素早く詠唱し、光魔術をデーモンの魔素よりも強く、速くたたきつける。

 黒と白はぶつかり、せめぎあい、最終的に白が押し勝ち、デーモンは白い魔術に呑まれた。


 ――――どこからか、コロン、と七つ目の玉が転がってきた。

 私はその玉をじっと見つめた後、消えかかるデーモンに思いの丈を叫ぶ。

「玉が七つになったぞ! 来年また召喚するので、今度こそドラゴンの姿で登場してくれ!」

 デーモン、スンとした顔で私に一言。

「お断りします」

 断られたー!

 私が悄然とする中、デーモンは精神界に還っていった。


 肩を落とす私の傍にソードが寄ってきて、甘い声で囁く。

「――なぁインドラ。さっき言ってた、合体するゴーレム。お前、造れるんだろ? なら――」

「「ソードさんの浮気者ーーーー!」」

 ソードが新しい子のおねだりを始めたとたん、すぐさまリョークがなじった。

 気を取り直した私は肩をすくめる。

「確かに造ろうと思えば造れるな。――願いを叶えし竜が封印されている七つの玉が出てくるお話で、世界征服をたくらむ大魔王カッコ自称がそれを操って主人公と戦うのだ。だが、現実はデーモンが封印されていた六つの玉なので、合体するゴーレムは出ない。以上。新しい子を造るとリョークが妬くので諦めろ」

 ソードは何か言いかけたが、リョークが「浮気者ー!」と連呼するので諦めたようだ。ガックリとうなだれた。残念でしたー!

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