後 編

 たまりかねた絵江さんは微意に少々のお金を渡してしもた。絵江さんの祖父はすでに故人だったが、立派な人やったのに。くやしかったが、微意が尋常でない人格を持っているのに恐れをなしてお金を包んだんや。

 微意の母親もまた故人というが、微意自体がつい最近隣に引っ越してきたばかりなのに、レイプすることはありえぬ。微意はそれを言いかけると言葉を遮る。金切声を上げて微意の母親が十才に時にレイプされたと訴える。絵江さんは微意に対す謝罪だけはつっぱねたが、これで平和になるならばと金を包んでしもた。その際にきちんと弁護士も介入させ、微意の母親像も撤去、微意の引っ越し代も出した。微意もまとまった金を受け取り隣の家からの退去も一筆入れて約束した。


 賠償金としてではなく、引っ越し代として渡したが、微意はよほどうれしかったらしい。唇をかみしめる絵江さんに向かって鷹揚に「わかっていただけましたか」 と言うたんや。普通の感覚の人ではなく、弁護士も呆然として微意の顔を見つめるばかりやった。

 しばらくは平和だったが月が替わっても微意は引っ越さない。絵江さんの畑を荒らしたあげく、絵江さんの玄関に泥を投げつけて、いちゃもんをつけた。

「やはりあれっぽちの金では母親の霊も納得せえへん。罪はまだ消えへん。正式な謝罪と補償をしてほしい」 

 絵江さんは再度弁護士を介入させる。しかし、いっこうにラチがあかない。この争いは民事的なものだといって、警察も介入してこない。そのうち、地域のミニコミ紙が誌面の穴埋めにこの話を取り上げた。しかも、微意に同情的な記事やった。絵江さんはそれを読んで打ちのめされはった。

 おまけに微意はネット操作にも詳しくブログとやらを作成して、絵江さんの個人情報も真実とウソを混ぜて拡散させた。レイプ犯の子孫、強制連行者やと。

 絵江さんの立ち位置はつらいものとなった。微意には、なぜか仲間がたくさんいて勢いもある。絵江さんは、家を乗っ取られるとノイローゼ気味になりはった。


 微意は一度は撤去に応じた母親像を今度は増やして、絵江さんの玄関の前と裏口に設置した。そしてテレビカメラもしかけ、絵江さんから動きがあると「賠償してくれ」 といってくる。その時の微意はいつも笑顔やった。絵江さんの苦しみを、よく理解しておりその状態を喜んでた。絵江さんは金さえ払えば黙ってくれるかと時々は応じた。しかし微意が黙るのはほんの数日で、またぶりかえす。

 弁護士の介入があっても微意は動じず、逆に微意も人権派の弁護士を雇ってきた。それは大変悪質な弁護士で、微意の要求に応じて便乗してきた。微意は最初に金を受け取った様子を隠しカメラで撮影しており、これが謝罪シーンだと主張する。最初はこのように賠償をしていたが、支払い方法で、こじれてこうなったと主張する。

 近所は微意が悪人だとわかっている。しかし微意の執念深さと無頼な仲間の多さを疎んじて何も言えぬ。また新たに街に引っ越ししてきた全員が微意の言い分を信じた。

 絵江さん一家は命の危険まで感じた。とうとう先祖代々からの家を捨てて引っ越そうとしはった。その直前に微意とその一味の襲撃があったという。もう二度とあの懐かしい我が家に帰れません。私たち一家は微意に追い出されたのです。

 絵江さんは身体を震わせて泣きはった。奥さんと娘さんも抱き合って泣いてはる。

「私は微意は隣人だからお互い助け合わないといけないと思ってた。せやけど、そういうことが全く通じない人間がいることを知らんかった。譲歩するほどにつけあがる人間が存在するとは思わんかった。その結果。私の大事な家族の尊厳、そして家族史を踏みにじられました。しかも、そういうことが平気でやれる人間ほど、どういうわけか強くなってくる。仲間も集まってくる。微意が作った微意の母親像は、私が尊敬する祖父を貶めるのに十分でした。私は子孫として名誉回復もしたかった。微意を追い出すために金銭要求に応じたためにこうなりました。今、私は祖父はじめご先祖に死んでわびたいぐらい後悔をしています。でも、もう遅い……」


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