第2話 街なかでの遭遇
『スターライトガールズ』の新メンバー、
プロデューサーの
鞘香としては本当は休みなど要らないくらいアイドルと関われるこの仕事が大好きな、いわばワーカホリックなのだが、事務所の社長から「休め」と命令されては抗えない。最近は有給休暇制度も厳しいので仕方ないことではあるのだが。
しかしせっかくの休日でも、鞘香は『スターライトガールズ』のライブDVDを見たり、録画予約しておいた『スターライトガールズ』のメンバーが出演した番組を見たりと、全く仕事から離れる気がなかった。根っからの仕事人間なのだ。今日も街に繰り出した目的は、凛々の写真が載っている広告ポスターを見るためである。
「えーっと、たしか情報だと、ここらへんに……」
アイドルファンの投稿したSNSの情報を頼りに、目当てのポスターを探す。
それは駅の入り口に掲げられていた。かなり大きく引き伸ばされているので嫌でも目立つ。しばらくは待ち合わせの目印に使われそうなサイズだった。
そして、そのポスターの前に佇み、頭を上に向けてそれを眺めている少女が鞘香の目に留まった。
無地のグレーのパーカーに黒い長ズボン、顔には白いマスクと目立たない格好だったが、鞘香には誰なのかすぐに分かった。
「あれ? 凛々ちゃん?」
「ぷっ、プロデューサー!?」
突然鞘香に声をかけられ、驚いた様子の凛々はバッと振り向く。
「凛々ちゃんもポスター見に来たの? いや~、すごいよねこれ」
「え? 凛々って……」
「もしかして、結城凛々?」
鞘香が呑気にポスターを見上げると、周りの人混みがざわざわと騒ぎ始める。
「ちょ、ちょっとプロ……太刀川さん、こっち来て!」
「え、なに? 私なんかした?」
「いいからっ! 逃げるわよっ!」
自分たちにスマホを向け始めた群衆から逃げるように――いや実際逃げているのだが――凛々は鞘香の手を引いて、二人でその場をあとにした。
「ハァ……ハァ……街中でアイドルの名前呼ぶとか何考えてんの!? バッカじゃないの!?」
息を切らしながら、群衆を撒いてひと気のない場所まで走ってきた凛々は怒ったように鞘香を睨みつける。
「ああ、結城さんのほうが良かった?」一方の鞘香は飄々としている。
「まあそっちのほうがまだマシ……じゃなくて! ……あ、そっか……プロデューサーは私の芸名しか知らないんだっけ」
「あ、芸名なんだ」
「当たり前でしょ。リンリンなんてパンダじゃあるまいし」
凛々は息を整えながら、子供を叱る母親のように両手を腰に当てる。
「私の本名は
「そんなことない、りんりんって名前の響きが可愛いよ」
「……アンタ、人たらしでしょ」
凛々――いや、刀子はジトッとした目で鞘香を見る。
「はは、どうかな。それに、私は刀子って名前も好きだよ。私の下の名前、鞘香って書くから、刀に鞘、いいコンビになれそうじゃない?」
「……アンタやっぱ人たらしね」
刀子は呆れたように肩をすくめた。
「そう? まあ、今後とも末永くよろしくってことで」
「末永く、ね……どうせアイドルなんて若いうちしかチヤホヤされないし、高校卒業するまでの遊びみたいなもんだけど、まあ長続きするといいわね」
「ところで、あなたのことはなんて呼んだらいいかな? 刀子ちゃん?」
「本名で呼んでくれたほうが助かるけど、ちゃん付けなんてやめてよ恥ずかしいから」
刀子は終始ドライな態度で淡々としている。アイドルデビューのときとはまるで別人だ。
「なーんか、刀子ってアイドルのときとキャラ違うね? そっちが素?」
「当然でしょ。『勇気りんりん! ファンの皆さんに勇気を与える存在になりたい!』なんて、正気の沙汰じゃないわ。おかげさまでクラスメイトにもからかわれるし、今度偶然会ったときに『凛々ちゃーん』なんて言ったらブッ飛ばすわよ」
「アイドルやってることはクラスメイトも知ってるんだね」
「内緒にできるわけないでしょ、テレビで顔出してるんだから。おかげさまで学校の敷地内に変質者が出たり大騒ぎよ」
「へえ、大変だね」
「なんで他人事みたいな口ぶりなのよアンタは。プロデューサーならアイドル守りなさいよね」
どうやら、素の刀子はだいぶぶっきらぼうな性格だったようで、苛立った様子で眉間にシワを寄せている。
「うん、わかった。学校がもうバレてるなら今更隠しようがないけど、パパラッチや変質者が寄り付かないように根回ししてみる」
「あら、ダメもとで言ったのに、そんなことできるの?」
刀子は意外そうな表情で鞘香を見る。
「一応この業界にそれなりに長く籍を置いてるからね、人脈はあるんだ」
「そ、そう……アンタ結構すごい人なのね」
「そんなことはないけど……ただプロデューサー歴が長いだけだよ」
少し見直したような顔をする刀子を見て、鞘香は何故か、どこか寂しそうな微笑みを浮かべるのであった。
〈続く〉
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