第3話 信頼が生まれた日
新人アイドル・
その定評に恥じないよう、あるいはもっと上を目指したいのか、彼女はプロデューサーである
鞘香が『刀と鞘』と表現したように、刀子と鞘香は二人三脚で高みを目指していった。
しかし、そんなある日のことである。
とある音楽番組で刀子――いや、凛々がセンターを務めることになったライブの本番。
番組のカメラは、当然センターであり、今話題の実力派新人アイドルを映そうと凛々のほうばかりを向く。
同じアイドルユニットの仲間とはいえ、カメラに映らなければ目立てない、競争社会である。
どうしてもカメラに映りたい他のメンバーが、センターの前に割り込んだ拍子に凛々を押してしまい、ダンス中にバランスを崩した凛々が転倒してしまう事故が起こったのだ。
本番中の事故。司会者やテレビスタッフ、番組にゲストで呼ばれた他のアーティストたちがざわつく。
すぐに救護室へ運ばれ、鞘香が凛々の脚を診る。
「……骨は折れてないけど、足をくじいてるみたい。しばらくは踊れないね」
「ご、ごめんなさい凛々ちゃん! 私、どうしてもカメラに映りたくて……」
『スターライトガールズ』のメンバー、凛々の前に割り込んだアイドルがビクビクと震えながら凛々に頭を下げる。
「……いいわよ、別に。しばらく休ませてもらうわ」
「り、凛々ちゃん、怒ってる……?」臆病な性格のアイドルは今にも泣きそうな顔をしている。
「だから怒ってないって……私、疲れるの嫌だからしばらく踊らなくて済んでむしろ助かるわ」
「凛々、そんな言い方したら感じ悪いよ」他のメンバーが凛々を咎めるが、
「うるさいわね……」
ユニット内のメンバー間の空気がどんどんギスギスしていく。
鞘香もこれはまずい、と思ったのか、
「……凛々、ちょっと今後のことについて二人だけで話しましょう。他の子達は席を外して」
救護室には凛々と鞘香だけが取り残された。
「……どうせあの子たちだって私のこと鬱陶しいと思ってるわよ。出る杭は打たれるもの」
凛々は静かにため息をつく。どこか諦めの混じった、達観したような声音だった。
「プロデューサーは……太刀川さんは私のこと嫌にならないの?」
「プロデューサーは絶対にアイドルを見放したりなんかしない」
「ふん、どうだか」
心を閉ざしたアイドルに、プロデューサーの言葉は響かない様子である。
「私は刀子を信じてる。あなたはきっと、誰かに勇気を与えられる存在になる。だから刀子も私を信じて欲しい」
鞘香は救護室のベッドに腰掛けている凛々の前で身をかがめ、視線を真っ直ぐ合わせる。
しかし、「ファンに勇気を……なんて、テキトーに言っただけよ。勇気りんりんとかバカみたい」
凛々は気まずそうに目を伏せて、鞘香から視線を外してしまう。鞘香の顔がまともに見られない。鞘香は怒っているわけではないが、むしろ怒られたほうがマシだと思えるほど、凛々にとってその真っ直ぐな目は毒であった。
「それでも刀子がアイドルを辞めてないのが答えだと私は思ってる」
凛々はその言葉にハッとして、思わず鞘香の顔を見る。「あ、やっとこっち見てくれた」と、鞘香の表情は予想外に優しく笑っていた。
凛々――いや、今の彼女は刀子というべきか。既に彼女は心を頑なに閉ざしたアイドルではなかった。『御剣刀子』という名の、ひとりの少女であった。
やがて、刀子は静かにため息をつく。
「……はぁ。ホント、バカなプロデューサー。愚直で、バカ正直で、バカ真面目で……」
「めっちゃ意味重なってる……」
「……ま、バカに付き合ってあげる私の優しさに感謝するのね」
刀子はフフンと笑う。
それは心からの笑みだった。
この人なら信じられる、という、信頼から来る笑顔。
「うん、ありがとう」
「……ホントアンタって皮肉が通用しないわよね……」
刀子は呆れた目で鞘香を見て――二人はクスクスと笑い合うのであった。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます