第34話 夢魔族の王アカイヤロ

「なるほどねぇーー。オレの討伐が問題あった感じってねぇーー!」


 砂漠を駆ける間、リスケルはとにかく落ち着きがなかった。どデカイ木を見れば登りだし、背の低い草木に寄れば枝葉を優しく撫でまわしたかと思えば、値踏みする顔で臭いをかぐだのと大立ち回りだ。かつてないレベルの抑圧が招いた、哀しい結果なのである。


「貴様は覚えておらんのか。討伐の前後で何か明確な変化があったはずだ」


「どうだっけなぁ。興味ねぇから忘れちったアハハッ!」


「そうか。まぁ期待はしていなかった」


「あれあれ? 今のって法に触れちゃうやつ? 物忘れ防止法違反とかそういうの!」


「やかましい。その辺で戯れておれ」


 歪んだ笑顔で笑い転げるリスケルはさておき、ネイルオスは羽根を広げて大空へと身を躍らせた。滞空し、握りこぶしを作る。手の内に集めた魔力は、上空からバラ巻かれると網目状に変化し、それも地面に触れる前に消え失せた。


「ふむ。この近くに居るようだが、姿は見えぬな」


 サーチ魔法である。魔族の位置を調べるものなのだが、ネイルオスは首をひねった。反応と付近の様子が一致しないのだ。


「ネイルオス様。夢魔族などは太陽の下を嫌うものですわ」


「そうだったな。つまりは、こういう事か」


 ネイルオスは再び地面へ舞い降りると、足元の砂地をまさぐり、そして拳で突いた。何気ない一撃でも威力は災害級。周辺の砂は間欠泉のように高々と吹き飛び、強い日差しすらも陰らせた。


「アヒャヒャ。砂浴びだぁパッサパサだぜぇーー!」


「ネイルオス様。どうやら巣穴を見つけたようですの」


「意外と深い。足元に気をつけよ」


 空けたばかりの穴に飛び込み、急斜面を滑るように落ちていく。中はというと坑道に似た造りだ。細長い通路がアチコチに張り巡らされている。


 天井や壁も砂を固めたものだ。地下空間を保つだけの強度は、魔法によって実現したものであり、そこかしこが紫のモヤで覆われていた。ただし最後の整備から日が経っているらしく、魔法の綻びから壁が自壊する部分も見て取れる。


「すごい。地下なのに広々。それにちょっと明るい」


「天井の所々に筒が刺さってますわね。灯り取りなんでしょうね」


 ネイルオスを先頭に探索は続く。しかし一向に魔人と出会う事はなく、その代わりに宙に浮かぶ球体が散見された。それらかつて邪神城に現れたギーガンと似ており、中には眠りに落ちた魔人達が収まっているのだ。


「どうやら全滅らしい。誰も彼もが眠りこけておる」


「せめてボスだけでも会えたら良いのですけど」


「ふむ。一際強い魔力が感じられる。そやつが指導者であろう」


 ネイルオスは気配を探ると、脇目も振らずに歩きだした。何度も出くわす分かれ道や十字路を右に左にと、一切の迷いなく進んでいく。


 すると、比較的開けた空間に辿り着き、宙に浮かぶ濃紫の球を見た。命が胎動するかのようにうごめく球体には薄っすらと人の足らしき物が見え、誰かの存在を示すようである。


「ボンヤリ待つ必要もあるまい。朝飯代わりに魔力をふるまってやろう」


 ネイルオスは利き手を握りしめると、体内の魔力を圧縮し始めた。


「あれあれぇ。独りでやっちゃう気? オレの手助けはいらないってのぉ?」


「聖剣で封じられてはおらん。ワシだけで十分よ」


 そこまで言い終えると、魔力を円心状に放った。大気は釣られるようにして揺れて、頭上からは小砂利がパラパラと降ってくる。


「さぁ蘇るのだ。夢魔族の王よ」


 掛け声に答えたつもりか。濃紫の膜は次第に薄れていき、そして消えた。放り出されるようにして現れたのは、体つきの良い若い男だった。


 長い頭髪は、闇夜に映える松明を思わせるほどに赤い。端正な顔立ち、鋭い眉は不敵に歪む。均整のとれた体つきも、立体造形の美がそのまま体現されたかのようだ。


 そして、全裸だった。一糸まとわぬ完璧なる裸だった。


「これはこれはネイルオス様。僕の復活を助けていただけたようで、お恥ずかしい限りです」


「うむ。それよりもずっと恥ずかしい格好をしておるぞ。まずは服を着たらどうだ」


「えぇーー。僕としては、素っ裸の方が楽なんですけどねぇ」


「女人が居るのだ。少しは控えよ」


「分かりましたよ、しゃーなしってヤツですからね」


 ブツクサと不満を漏らしながら魔人はズボンを履いた。本来なら黒光りする絹の輝きが目立つハズだが、今ばかりは砂埃でくすんでしまっている。


「さぁてと。そんで、敗北してもなお美しきアカイヤロに、何か御用です?」


「そなた、この国で人族といさかいを起こしたろう。その時の話を詳しく知りたい」


「えぇ構いませんよ。でしたら仲間を呼んでも良いですか? その方がスムーズなんで」


「好きにせよ」


「おぉーーい、ヒルダ。起きてっかーーい?」


 そう呼びかけると、通路側から若い女が姿を現した。長い赤髪には、なだらかなクセが曲線を描いており、炎の揺らぎを思い出させる。濃いまつげや鼻筋の通る顔立ちは、凛々しさと美しさを兼ね備えている。


 ちなみに彼女も全裸だ。布切れどころか手足で身体を隠そうともせず、歩く度に大きな塊が胸元でユッサユッサと揺れ動いた。


「なんだい。寝起きに呼びつけるだなんて、随分と無粋な事してくれるじゃないか」


「ちょっと話が聞きたいんだとさ。ほら、2年前のヤツについて」


「嫌だね。起き抜けに働くだなんて、真面目腐った事してらんないよ」


 そうピシャリと拒絶すると、今度は小指を甘噛して、違う空気を醸し出した。そして一歩一歩とリスケルの方へ近づいていく。


「ねぇお兄さん、可愛い顔してんね。アタシとおアツイ夢を見てみない?」


 おもむろに絡められる両腕、押し付けられる柔らかな双房。彼女の言う「夢」が何を指し示すかは確かめるまでもないのだが、現在のリスケルは思考速度が壊滅的であった。


「アツイ夢ぇ? それってどんなヤツ?」


「アンタの望むもの、何だって見せてあげるよ」


「へぇぇ。それは凄いなぁ……ッ!?」


 腑抜け顔のリスケルに鋭い電流が走る。それは過去の苦い記憶が蘇った為であり、脳裏には怒り泣きするエミリアの姿が浮かんだ。精神魔法の猛威に晒されつつも、どエロイ攻撃からリスケルを守ろうとし、無計画に殺戮魔法を唱えまくった勇姿を。鬼気迫るほどの闘志が籠もる、あの小さな背中を。


「マズイマズイ今のはやべぇ! ネイルオス、精霊はいるか!?」


「おう。やっと正気に戻ったのか」


「あぁもうバッチリだよ。そんで、精霊は?」


「安心せよ。四方八方どこにも気配は無し」


「ふぃぃ。なら良かった……」


 ヒルダには訳が分からなかったが、憮然として後退りした。聞き捨てならない言葉が飛び出したからだ。


「アカイヤロ。今コイツ、精霊がどうのって……」


「なんだい、覚えてないの? そいつは聖者リスケルだってば」


「えぇーー!? コイツがあの、キノコに大当たりして所構わず吐きまくった聖者なの?」


「そうだよ、汚かったよね」


「何か知らんけど妙に魔法の利きが悪いし暴れながら胃液を撒き散らすし、最終的にはアタシらをガッツリ全滅させた聖者だって言うのかい!?」


「そうだよ。本当に迷惑だったよね」


 冷たい目線がリスケルに投げかけられる。だが流石に聖者は動じなかった。まずは服を着たまえと言うだけの余裕すら持ち合わせていたのだ。


 しかし、ごまかし方としては下手な部類である。狂乱から覚めたとはいえ、やはり思考回路は本調子を取り戻してしていないようだった。

 

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