第31話 夜明かしは牢獄の中で
ネイルオスとの合流を果たした一行は、途端に足取りが快調になる。進路は西。目的地も明確になった為に、飛ぶ鳥を追い抜く勢いで駆け抜けた。人魔併合の交渉には、やはり権力者の存在は欠かせない。そんな訳でサザサンド最大の街へと向かうのだ。
暑さはもはや苦にならない。セシル達は既に着替えも終えていた。涼し気なノースリーブシャツとハーフパンツ、日差し避けのマントに身を包み、ネイルオスと共に快適な空の旅を。一方でリスケルも冷感素材のズボンと小手のおかげで、強い日差しをものともしない。砂漠を突っ切るという暴挙さえも何ら問題がなかった。
「おっと危ない!」
リスケルの正面で突然砂が盛り上がる。そうして顔を出したのは巨大な魔獣で、サンドクラーケンと呼ばれる恐るべき敵性生物だ。巨木のような太い触手が雪崩をうってリスケルに襲いかかる。しかし、その強烈な攻撃をキレイに避け、むしろ足場代わりに飛んでいく。そして最後には頭を踏みつけにして大跳躍すると、戦闘域から離脱した。
「東側に比べて敵が多いな」
続けて現れたのはキルスコーピオンの群れだ。身体は人間よりも大きく、針に仕込まれた毒も大型獣すら即死させる恐るべき物だ。しかしリスケルは動じない。ジグザグのフェイントで敵を翻弄すると、隙をついて群れを突破した。
そんな騒がしさも、大河が近づくにつれ大人しくなり、やがて魔獣の気配が消えた。
「ふぅ。割と面倒だったな」
「どうだリスケル。大事ないか?」
「無傷だよ。お陰様でな」
軽く嫌味を口にしたリスケルだが、眼の前の絶景を眼にすると、それも止んだ。
不毛の地とばかり聞いていたサザサンドだが、西側では様相がだいぶ違う。豊かな水源の大河は川幅が広く、流れは穏やかで、向こう岸までかなり遠い。眼を凝らさなければ海と錯覚してしまうくらいだ。そして両岸には農地が広がっており、青々と茂る水田が一面に広がっていた。さらには所々に森の存在すら垣間見え、母なる大河の偉大さを思い知らされるようだった。
「キレイなもんだなぁ」
リスケルは心の赴くままに言った。
「貴様は以前にも訪れたのでは?」
ネイルオスが野暮な事を口にする。その台詞には、リスケルも力なく笑うばかりだ。
「さてと。こんな所に居ても始まらない。さっさと都にお邪魔しようぜ」
「誤魔化しが下手ですのね。ギーガン、罵って差し上げなさい」
「リスケル。もっと世界に興味持って」
「わざとじゃねぇんだよ。良いから行くぞ!」
広大な河の向こう岸に辿り着くには、渡し舟に乗る必要があった。料金は1人10ディナ。渡し賃の中に、通行料が国に納められる仕組みだ。
「4人だ。乗れるか?」
「へい。ちょいと狭くなりやすが」
「じゃあ頼むよ」
揺れる船底に少し苦戦しつつも、全員が乗り込んだ。ちなみにネイルオスは擬態の魔法により「根暗で気さくなイーサン」の姿に扮している。相変わらず、ハッとする程の美青年なのだが、隣に座るリスケルは納得がいかない。それだけの造形術があるのに、なぜ前回は杭のような姿にされてしまったのか。釈然としないものが胸に過る。
「お客さんら、他所の方でしょう。街の東側から乗るだなんて、どうかされたんです?」
「あぁ。オレ達は砂漠を突っ切ってきたからな。だからコッチ側から乗ったんだよ」
「えぇ!? あの砂漠をですかい? そんな武芸者でもやらんことを。酔狂だなぁ……」
「ハハッ。そうかい」
その時リスケルは、背筋に突き刺さるものを感じ取った。だが振り返りはしない。この世には、知らなくても良い事が吐いて捨てる程ある。
「はい。お疲れさんでした」
船底が対岸の砂を噛むなり降ろされた。眼前にあるのは灰色のレンガが造る門。リスケルには見覚えがあるので、どこか懐かしむような声をあげた。
「あぁーー。あったあった、こんな国」
「ようやく思い出したか?」
「うんうん。ここは心優しいギチョーさんが治めてんだ。名前は忘れちったけどさ」
「思い出したのではないのか」
「まぁまぁ。ともかく住みよい所だって。まさに砂漠のオアシスみたいな、安らぎの街だぞ」
そのままリスケル達は門を通り過ぎた。そうして見えた街の光景は、砂を被った赤レンガの道。年季の感じられるレンガ造りの家屋と、ヤシの木が交互に立つ街並みだった。通りを歩く人々も少なくはないのだが、どうにも不可思議だった。
「なんだコレ……」
日差しの強い国であるので、誰もが長いローブに身を包んでいた。だがそれはさしたる問題ではない。今のリスケル達も似たりよったりの格好である。
引っかかるのは彼らの歩き方だ。指先までピンと伸ばした手を大きく振り、足もすねと腿で直角を作りながら、大げさな足音と共に去っていく。相手が軍人なら訓練だと察しがつくのだが、どう見ても一般人だ。
「リスケル。もう一度聞かせてくれるかしら? 住みよい街なんですって?」
「あれぇ、おっかしいな……。前来た時はベンチにお年寄りが腰掛けて、ニコニコ笑ったりしてたんだが……」
リスケルの記憶には、規律の緩い光景が広がっていた。穏やかな空気で住民は親しげ。眼が合えば世間話が始まるくらいだった。とある晩などはラスマーオとしこたま酒を飲み、酔った勢いでそこら辺の砂に食らいつき、すぐに吐き出す事までやらかした。流石にエミリアはハラハラと泣き出してしまったのだが、その時リスケル達と一緒になって慰めてくれたのも、通りすがりの見知らぬ男だった。
だが今の光景はどうか。すれ違う人の全ては視線を反らし、リスケル達を無視するかのようである。その態度は老若男女かわらず、皆が一様に同じ歩き方をしており、表情も強張ったものばかりが見て取れた。
「可哀相。すごく窮屈そう」
ギーガンがぽつりと漏らす。すると、誰かが同意する代わりに、付近には前触れもなく大声が響き渡った。
「いらっしゃいませぇぇ! 旅のお方、名物料理のスパシーモはいかがでしょうかぁぁ!」
「うるさっ! 何だお前は!」
驚きのあまり、思わず尻もちを着きそうになるリスケル達。だがそんな姿には気にも留めず、露店の男は続けた。
「おひとつ8ディナ、辛さマシマシで10ディナと、大変お買い得になってございまぁーーす!」
「へ、へぇ。美味しそうじゃないですの。リスケル、買ってしまいなさい」
「偉そうに言うなよ」
そう言いつつもリスケルは財布に手を伸ばした。残りの手持ちは不安を覚えるくらいの額面だが、空腹には勝てない。
「じゃあ4つくれ。せっかくだから、全部辛いやつね」
「かしこまりましてぇ!」
男は絶叫をあげながらも手際よく調理を進めた。手に取ったのは、ふかしたジャガイモを木串に刺したもの。器用に4本の串を同時に持ち、塩と粗挽きコショウ、仕上げに香辛料の粉をまぶしていく。そうして待ちわびる事もなく、名物料理とやらは手渡された。
「あらまぁ、コレは美味しいですわね。香りが濃厚ですのよ」
「うん。ギーガン好き。でももっと辛くても好き」
「汗をかく地域だと、塩を多めに使うんだよな。身体が求めてるから一層旨く感じるんだろ」
「ほう。これはなかなか。シンプルだが味わい深いものがある」
その場で頬張ったリスケル達は、口々に感想を述べていく。かじる度に褒めちぎるので、店主の男も満足だろう。
などというのは、全く見当違いの想定だった。
「お、おきゃ、お客様! そこでお食べになるんです!?」
「あれ? どっか別の場所で食うべき?」
「衛兵さん! 衛兵さーーん! 犯罪者がここにぃ!」
「えぇーー!?」
これには一同は心底驚いた。人の世に深い関わりを持つリスケルはもちろん、冷静沈着なネイルオスですら、口をあんぐりと広げて呆けてしまう。
だが驚こうが喚こうが事態は悪化していく。気付けば周囲には兵士たちが押し寄せ、大勢が取り囲む騒ぎにまで発展してしまう。
「貴様ら、白昼堂々に法を破るとは良い度胸だな!」
「待て待て。オレらが何をしたってんだ」
「往来飲食禁止法、ならびに男女等距離法違反だ。抵抗などせずに大人しくしろ」
「おい落ち着けって。オレはリスケルだよ、聖者リスケル。ルールを知らなかったのは謝るから、今回ばかりは見逃してくれないか」
「うん? 聖者様だと?」
「ほら、聖剣だってここにあるし!」
リスケルは背中を見せつけるようにして、身をよじった。だが、気もそぞろな態度は、鋭い視線に見咎められてしまう。
「貴様、なぜ眼を泳がせる!」
「いや、別に。そんなつもりじゃあ……」
「怪しいな。その剣も見掛け倒しのナマクラかもしれんぞ」
「見定めてやろう、抜いてみろ」
「えぇ! この剣をか?」
「抜けんのか。やはり偽物なのだな!」
「ええと、これは大人の事情っつうか切実な問題があってだな……」
「問答無用! 貴様には要人擬装罪も追加だ。追ってキリツネック様が直々に裁くことになる!」
もはや対話の余地は残されていない。リスケル一行、まさかの逮捕。野宿には慣れ親しんだ彼らも、さすがに牢屋となると初めての体験だ。
こうして人魔併合策3カ国目の交渉劇は、予想外にも獄中よりスタートするのである。
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