第30話 度しがたき砂賊
リスケルは飛龍の背中に跨りながら、足元の景色を眺めた。砂、砂、砂だらけかと思いきや時折集落を眼にする。
人里の近くには決まってオアシスや河川などの水源があり、それを糧に暮らしているようである。ただし、ミッドグレイスの都などとは比べるまでもない。散見される集落は、それぞれが百戸にも満たない程度だ。
(噂どおり、この国は放置されてんだな)
サザサンドは他国の気配が極端に薄い。それは通商路が確立されていない為であり、砂漠をどれほど進んだとしても商隊に出くわす事はない。単純に輸送コストが高すぎるのだ。
(飛龍が馬代わりか。いや、それも厳しそうだ)
初めはドラゴンに見えた乗り物だが、思いの外非力で、2人乗せただけで高度を落としてしまっている。雄々しき龍には程遠い。この生物は翼の生えたオオトカゲというニュアンスの方がしっくりくる。
(爪も小さいし、ガス溜まりのコブも無いから炎も吐けない。グラナイストを襲ったのはコイツじゃないな)
リスケルは、かつて村を襲った惨事を思い返した。大きな爪で引き裂かれた家屋、焼かれた石畳。それらを実行するには、この生物はひ弱過ぎた。
やがて、眼にした中で最大の集落が見えた頃の事。飛龍は首を持ち上げながら速度を落とすと、羽ばたきはじめた。徐々に高度は下がり、流れる景色もゆったりしたものになる。
そうして飛龍の足が砂を噛むと、面体をした男が強く命じた。
「降りろ。逃げようとはするなよ。背後から一突きにして殺してやるからな」
リスケルにすればアクビの出る脅しだったが、ひとまずは従う事にした。残りの飛龍が着地すると、同じようにセシルやギーガンも地面に降り立つ。そして『戦利品』のリスケル達は、後ろ手に縛られたままで連行されていく。
連れていかれたのは、レンガ造りの大きな建物だった。木戸が開かれると背中を押されるので、強制的に屋内へ踏み込んだ。
「お頭、やりましたぜ。とうとう女を捕まえやした!」
先頭の男が叫ぶと、奥からは騒がしい物音が響き、やがて男が転げそうになりながら現れた。シルエットの丸い男は、大きな腹を揺さぶりながら高笑いした。
「おぉ……幼いのに整った顔立ち、華奢で小ぶりな肩。そして何と言っても、えぐれた様に平たい胸。素晴らしい、ワシの好みど真ん中ではないか!」
「やっとですぜ。とうとう理想の少女が手に入りやした!」
「でかしたぞ。わざわざ砂まみれになってまで耐え忍んだ甲斐があったというものだ」
頭領の男は、ジットリとした瞳をセシルに向けた。まさに全身を舐め回すような視線には、さすがの彼女も怖気を隠せなかった。
(リスケル。この無礼者どもを血祭りにしてしまいなさい)
(うーん。もうちょい待ってくれ。なんかオイシイ情報が聞けるかもしれない)
2人が耳打ちする一方で、賊徒は無警戒に話を続けた。
「黒髪の美少女は置いとくとして、残りの2人はどうしやす?」
「デカ乳の方はいらん。あとで別の砂賊にくれてやれ。男の方は見るだけで不愉快だ。切り刻んでスカイリザードの餌にでもすれば良い」
「わかりやした。さぁお前たち、ついてこい」
頭領は最低限の指示を出すと、セシルの方に身体を向けた。前面に押し出した両手を、まるで獲物を狙う肉食植物のように、おぞましく蠢(うごめ)かせつつ。
「ウッヘッヘ。さぁ女の子ちゃん、たっぷり可愛がってやるよ。それはもう、三日三晩かけてなぁ!」
いかがわしい欲求から口元がゆるみ、汚らしいヨダレで唇がテラテラと光った。そして一歩一歩、願望を膨らませつつセシルに迫る。
だがやたらと騒がしい背後に気を取られ、せっかくの気分に水を差してしまう。これには頭領も青筋を立てて怒りだした。
「うっせぇぞテメェら! もっと静かにやれねぇのか……」
怒鳴り声は徐々に尻すぼみになる。眼の前で繰り広げられた光景が信じられなかったからだ。
「よし。これで最後だなっと」
リスケルは周りの賊徒達を全て倒し、更には意識を手放した身体を天井に突き刺した。首から下だけがブラ下がる様は、悪趣味な果実のようにも見えた。
「な、なぜだ。縛られてたんじゃないのか!」
「あぁ、確かに縄がかけられてたよ。意味無いけどな」
リスケルは荒々しく引きちぎった残骸を見せつけ、頭領の足元に投げてやった。
「さてと、茶番はお終いだ。いくつか聞きたい事がある……」
「ハァ? ナメてんじゃねぇぞボケが!」
頭領は指笛を鳴らすと、辺りに足音が響き渡った。包囲完了まで時間は要らない。周囲から駆けつけた賊が入り口を塞いだ格好になる。
「へっ。見たか、オレが一声かけるだけで、これだけの兵隊が集まるんだ」
「ふぅん。あっそ、質問に答える気はないと」
「まだ寝言をホザいてんのか。もういい、ブッ殺しちまえ!」
一分後。
「どうもすみませんでした! 何なりとお聞きくださいませぇ!」
顔を真っ赤に腫らした頭領が、地に伏せながら許しを乞う。頬には3人分の足跡がくっきりと刻み込まれている。
「じゃあいくつか質問するぞ。返答次第では色々と覚悟してもらう」
リスケル達は机に座り、ふんぞり返りながら相手を見下ろした。これではどちらが賊か分からないが、甘い顔の出来る状況ではない。
「まず、お前たちは何者だ?」
「ケチな砂賊でございやす。魔獣を討ったり、護衛なんかで世の中のお役に立っておりやす」
「討伐に護衛? そんな奴らがどうして襲ってきた」
「それが、その、何と言いますか。うちらは10歳以下の貧乳美少女をこよなく愛する者でして。お嬢さんが好みのど真ん中だったんで、ちょいとご足労いただきやした。へ、へへ」
砂賊は細かな集団に分割されている。東隣は「巨乳美少女」を、南は「妙齢で長身の美女」や「年齢不問とにかく太った女」など、それぞれ好みに特色がある。そう喜々として頭領は語った。
だが聞かされた方はたまったものではない。リスケル達は3人そろって、頭痛でも覚えたような仕草を見せた。
「次の質問だ。ドラゴンらしきものに乗ってるんだな」
「いえいえ、あれは下位も下位。空飛ぶトカゲみてぇなもんです」
「それでも魔獣だよな。自由に扱えるだなんて知らなかった」
「えぇ、そりゃそうでしょう。これは秘密の手法ですしね。見かける奴もおらんでしょう。砂漠を突っ切るような馬鹿は少なく、商人や旅人なんかは西側から直接王都を目指すでしょうし」
「えっ。最短ルートがあったのか」
これは調査不足、そしてリスケルの失念が原因だ。彼の両頬に鋭い視線が突き刺さる。しかし今は断罪の時であり、決して物忘れを責められる場面ではないのだ。
そう腹を決めると、リスケルは前だけを見据えた。
「さてと。お前たちの処遇については、どうするかな」
「首を飛ばしなさい。ベコーンと遠くの砂丘まで」
セシルが瞳をギラつかせながら言う。やはりその辺は魔人であるために、容赦がなかった。
「木に縛り付けるのが良いと思う。足元に水筒を置いといて、でも縛られてるから飲めない」
ギーガンは更に残酷な刑罰を申し出た。美声であるのが、一層の酷薄さを感じさせる。
この流れに恐れおののいた頭領は、更に頭を低くし、体面もなく騒ぎ出した。
「どうかご勘弁くだせぇ! アナタ様方には金輪際逆らいませんので!」
「お前さ、謝ったくらいで許される訳ないだろ。今まで犠牲になった女性の事を思えば……」
「いやいや、アッシらはまだ誰にも手をかけておりませんで、へへ。今日が初めての成果だった訳でして、えへへ」
「そんな言い逃れが通用するかよ」
ここでふと、リスケルはこれまでの展開を思い返した。確かに常習者という感じはなかった。
「初犯だったのか。でもなぁ、どうせお前らは足を洗わないだろ。放置するのも後味が悪い」
「とんでもない。もう本当に反省しておりやして、心を入れ替えてございやす」
「そうか。具体的には?」
「10歳と決めたラインを12歳に引き上げようかと……」
「はいギルティ」
リスケルのかかとが振り下ろされると、頭領の首から上は地面にめり込んだ。
「おお。殺りましたのね? ブッ殺しましたのね?」
「人聞きの悪い事を言うな。まだ死んでないぞ、たぶん」
これに懲りたら大人しくなるだろう。祈りにも似た想いを浮かべつつ、リスケルは屋外へとでた。
すると、翼をはためかせる音と共に、辺りには砂埃が舞い上がる。リスケルは眼を細めてそちらを見ると、今度は顔をほころばせた。
「ネイルオス! 待ちかねたぞ!」
「言うな、これでも夜通しで探し回ったのだ。それにしても何の騒ぎだ?」
ネイルオスは人の隙間を通って歩み寄った。首から上を地面に突き刺した人々の間を。
「まぁあれだ。暇つぶしに世直しをしてた」
「ふむ。分からん」
「細かい話は後にしようぜ。まずはオアシスの水で乾杯だ」
そうして合流を果たしたリスケル達は、4人肩を並べながらオアシスのほとりで身を休めた。大自然の恵みが腹の底から癒やしてくれるようで、心ゆくまで清水を飲み漁った。渇きから脱した解放感に身をよじらせながら。
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