第29話 過酷な砂の大地
サザサンド共和国は大陸南西部に広がる、砂漠の国である。
短い雨季以外は一滴すら雨が降らないと言われるほど、渇きが支配する過酷な大地だ。国土の大半は砂漠地帯。獰猛な魔獣と、ささやかな繁栄を築く人族達が、生存を賭けて凌ぎを削る荒れ果てた大地。時に舞い散る血しぶきも、乾いた砂に吸い尽くされていく。
「だぁーー。あっちぃですわ」
深紅の布を頭に被ったセシルが唸る。これは以前、ネイルオスが授けた防寒具のポンチョだ。自動的に熱を発する素材も、この環境下では自殺グッズにしかならない。
「頭クラクラする。雨とか、降らないかな」
ギーガンもセシルと同じように、黒セーターを脱いで日差し避けにしている。ちなみに2人とも下着を持ち合わせていないので、急ごしらえのサラシを巻いている。リスケルのマントを雑に引き千切って作った物だ。
「ネイルオスは何してんだよ、おっせぇな」
ボロのマントを頭上に掲げるリスケルは、晴れ渡る空を恨みがましく見上げた。雲一つない青空が、これほど憎たらしく感じるのも珍しい。
「小僧リスケル。今の暴言を取り消しなさい。ネイルオス様への侮辱は許しませんわよ」
「いや遅すぎんだろ。夏服を取りに帰っただけなのに、どんだけ待たせんだ」
「色々と吟味なさってるのですわ。ワタクシ達に相応しい服か否かを」
「どうだか。紅茶でも飲んでサボってんじゃねぇの」
今現在、ネイルオスは別行動中だ。この酷暑に堪えられるだけの装備を手配するためで、有り難い話ではあるのだが、今度は別の問題に見舞われてしまう。
「リスケル。水を寄越しなさい」
「もうねぇよ。お前がさっきガブ飲みしたので最後だ」
「何ですって!? この砂漠のど真ん中で、水も無しに生きてゆけと? そんなもん3日も持たずに死んでしまいますわよ」
「自業自得だ。しかもお前はネイルオスに氷まで貰ったじゃねぇか」
「その誉れ高きいただきものは、丁重に腹の中へ保管しましたわ」
「物は言いようだなオイ」
ネイルオスの不在は致命的だった。魔法で水や氷を生み出すのも、空から現在位置を確認するのも、彼の存在無くしては不可能である。チームに絶対不可欠なインフラにも等しい邪神様は、今や遠く離れた北端の地に居る。
「それにしても遅いな……マジで」
「見失ってるのかも。たまに、遠くの空を飛んでたっぽい」
「こんだけ見通しの良い砂漠でか? 考えにくいな」
「でも、いちいち地形が変わっちゃうから」
その言葉が呼び水になったのか。ギラギラと燃えていた太陽に陰りが生まれたかと思えば、一瞬のうちに暗闇の世界となった。
「守りなさいリスケル、砂嵐が来ますわよ!」
「わかってる早く屈め!」
丸くなって伏せる2人に、リスケルは上から覆いかぶさった。そこへすかさず突風が打ち付けてくる。乾いた砂を多分に含んだそれは、単なる風とは呼べず、自然発生した攻撃魔法と言っても過言ではない。
「クソッ。今回も強烈だな」
「こら、リスケル! 変なとこ触るのはおやめなさい!」
「不可抗力だよ、まったく……」
「アイタタタッ。離れすぎですわ、シッカリ守りなさい!」
「注文が多いなお前は!」
そんな口喧嘩も、長引く嵐を前にしては鳴りを潜めていく。そして一行から争う気力さえも奪いきった頃、終わりを告げる日差しが降り注いだ。
「キッツ……。今のは長かったな」
「見て。また地形が変わってる」
ギーガンが指差す光景は言葉通りだった。ついさっきまで見えた砂山は消え、その代わりに新たな山がそこかしこに生まれていた。
「嵐のたびに景色が変わんのか……。厄介すぎるだろ」
「これじゃあ陛下も大変。空からじゃ、私達を見つけられない」
「大変なのはコッチだよ……」
サザサンドが誇る砂漠の脅威は、昼だけではない。日が沈み、夜を迎えた頃、彼らは身を持って知る事になる。
「さむ……マジで寒すぎる!」
「どうして昼間は灼熱地獄なのに、夜はこんなに冷え込むんですの」
真昼の様子からは一変して極寒となった。手元に温度計でもあったなら、氷点下まで落ち込んだ事を知っただろう。気温差は50度にまで迫る程で、日差し避けの衣服を着込んでも震えが来る。
(早く来てくれ、ネイルオス)
大自然の猛威に振り回された一行は、邪神への祈りを捧げつつ、浅い眠りを繰り返した。
あくる朝。日が昇ると共に肌はジリジリと焼け、体温も跳ね上がっていく。日差しを遮る雲はなく、リスゲルたちは昨日と同じように軽装となった。
「あぁ、水が飲みたいですわ……」
渇きが喉に痛みを与える。だがそれでも尚、願望を口に出してしまうくらい、別の苦痛が勝る。
「ギーガン、お腹ぺこぺこ。ご飯たべたい」
そんなうわ言も虚しく響くだけだ。付近にオアシスなど無く、口に出来そうなものも見当たらない。動き回る体力すら残されておらず、自力での生存は不可能となっていた。
「セシル。見て、リスケルが何かやってる」
「ふん。ほっときなさい。どうせ暑さに頭でもやられたんですわ」
そんな窮地に、リスケルは1人きりで大木の前に突っ立っていた。
その木には葉が生えていない。風に飛ばされたか、枯れ落ちたかのいずれかだ。幹が固くザラついているのは、過酷な日差しから生き延びる為の進化であった。彼が注視したのは長く伸びたツタ。何周にも渡って幹に絡みつく様は面妖で、何やら圧迫感すら漂わせる。
(なんか見覚えあるな、これ)
不確かな記憶を頼りに、ツタへと手を伸ばした。彼は幼少期、何度も飢饉に脅かされたので、酷い時は眼につくもの何でも口にした。その経験が、追い詰められて会得したサバイバル術がそっと囁く。
これは食えるぞ、と。
「どうだろ。マジでいけんのかな……」
リスケルはツタを手に取ると、力任せに引きちぎった。すると断面からはポタリポタリと樹液がこぼれ、砂地を微かに濡らしてゆく。
「おぉ、これはもしかすると!」
ツタの固い外皮を剥けば、芯は柔らかだった。一口かじってみる。すると口の中にはいっぱいの水分が押し寄せ、渇いた身体を手荒く癒やした。まるでかじる水だ。しかもほのかに甘いとあって、空腹すらも満たすようだった。
「おい、お前らも食ってみろよ。美味いぞ」
「ご飯、食べたい……」
ギーガンは震える手でツタを受け取ると、同じようにかじった。力なく噛み締めたのだが、すぐに顔は生気を取り戻して綻びだす。
「甘い、ジューシィ、ギーガン好き!」
「そうかそうか。ほら、セシルも食え」
「これ……本当に食べられるんですの?」
「ギーガンの顔を見りゃ分かんだろ」
「うぅ……。まさか邪神軍の大参謀ともあろう者が、その辺の木を食べるハメになるだなんて……」
セシルがプライドと渇きを天秤にかけ、激しく揺さぶられていると、その背中は一迅の風に包まれた。砂嵐ではない。風と同時に黒い影も過る。
「これはもしや、ネイルオス様!?」
「マジで。やっと帰ってきたのか!」
弾けるように空を見上げたリスケル達は、すぐに顔を曇らせた。空を自在に飛び回るのが飛龍であったからだ。それはひとしきり旋回を繰り返すと、徐々に高度を下げながらこちらに迫ってきた。
「なんだあれ。野生のドラゴンか?」
「背中に誰か乗ってますわよ」
「本当だ……。でも、ドラゴンを操るなんて聞いたこともねぇんだが」
やがて飛龍はリスケル達の前に降り立った。龍の背に乗る人物は、全身をくまなく布で覆い尽くしており、隙間から覗く眼だけでは表情が見てとれない。
敵か味方か。判断に迷っていると、その人物は指笛を鳴らした。すると、どこからともなく飛龍が現れ、またたく間にリスケル達を囲んだ。少なく見積もっても10騎以上は居る。
(歓迎してる……ようには見えねぇな)
リスケルは立ち位置から判断したが、それは正しかった。龍に跨る人々は剣を抜き放ち、強い語気で警告した。
「大人しくしろ。死にたくなければな」
一応は絶体絶命の状況だが、リスケルは特に心を動かさなかった。何ら危機感を抱かず、とりあえず手元のツタをシャクリと噛んだ。
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