第27話 ひとつの結末

 うららかな日差しの差し込む森の中、そよ風に梢は揺れ、青々とした草花を優しく撫でていく。出立の日としては最良の陽気だろう。見送りは少人数。主だった者のみという、実にささやかなものだった。


「もう行かれるのですか。寂しくなりますね」


 裸馬にまたがるフィーネが伏目がちに言った。


「まぁな。オレ達は大陸中の問題を解決しなきゃならんからな。なんだっけ、人魔来迎だっけ?」


「人魔併合だ。いい加減覚えぬか」


「うっせぇ。ネイルオスがわざわざ小難しい名前付けるからだ。覚えにくくて仕方ないっつの」


「どうせ簡易な名にしたところで、貴様は忘れるのだろう」


「まぁ否定はしない」


「少しくらいは申し訳無さそうにせよ」


 小さな笑いが起こり、そして止む。リスケルはそんな区切りを見ると素朴な疑問を口にした。


「姫さん、いや女王様よ。これからどうするんだ?」


「手始めに国民の暮らしを立て直します。城に積み上げた財と食料を均等に配分し、無実の罪で囚われた人達も解放しようかと」


「あぁ、そっちじゃなくてさ。お前らの話だよ。せっかく再会できたんだから一緒に暮らせば良いのに」


 リスケルの視線がフアングとフィーネの間を上下する。


「それはもちろん、共に暮らせれば最高です。しかし、今はお互いの民を導かねばなりません。辛抱の時と言えるでしょう」


「オレだってフィーネの傍に居たい。でもうちらは拠点を変えたばかりだ。色々と仕事が山積みなんだよ」


「それに、もうかつての私とは違います。城に閉じ込められる事はないのです。会おうと思えば、いつだって飛び出していけますもの」


 フィーネの真っ直ぐな笑みは、今更ながらリスケルを驚かせた。窓辺で抜け殻のように生きていた頃とは完全に別人だった。


 立場が人を変えるというやつか。ついでに種族まで鞍替えした彼女の事は、もう心配は要らないだろう。


「そういやエマは出世したんだって? おめでとう」


 リスケルが話題を振ると、エマはフィーネの背後から顔を覗かせた。だが祝いの言葉には口を尖らせる。


「そう言われたんですけど、てっきりコックとして認められたと思ったんですけど。話をきいてみれば魔族との交渉人なんですって」


「何を怒ってんだよ。適任じゃねぇか」


「だって、料理がしたいんですもん。ヤバネイロの素晴らしさを国家ぐるみで広められると思ったのに……」


「ダメよエマ。そういう事は非番の日になさい。そして自分の名で頑張るのよ」


「うう……冷酷すぎですよぉ」


「まぁあれだ。あんま無茶しないようにな」


 そこで隣に顔を向けると、モーシンと視線が重なった。彼は下馬したままで、最大級の拝礼をとった。


「しばしのお別れでございますな、聖者殿。ご武運をお祈り申し上げますぞ」


「なんか悪かったな。アンタには損だけさせた気がするよ」


「いえいえ、私にとって貴重な体験となりました。己の至らなさ、無力さを痛感しましたので」


「これからどうする気だ?」


「ひとまず祖国に帰り、それとなく父を諭します。新生ミッドグレイスとの国交から、魔族との融和策まで」


「そっか。頑張ってくれよ、期待してるからな」


「お任せあれ。使命を得た私は無敵ですぞ」


「それだけの気概があるのなら、少しは色恋も学ぶべきね。愛愛愛と連呼するだけでは、人の心を動かせませんわ」


「これは手厳しい……余暇には読書もたしなむ事にしましょう」


 また小さく笑いが起きる。そして達成感にも似た快感を噛みしめると、やがて出立しようとする空気になる。


 そんな最中、フアングがリスケルに歩み寄った。無言のままで差し出される右手。それを見たリスケルは、同じく右手を出して握ろうとした。


 だが次の瞬間、フアングの手は引っ込み、代わりに握りこぶしが突き出される。その拳打を頬に掠めたリスケルは、すかさず拳で反撃をした。それも、同じく相手のアゴ先を擦るだけに終わる。


「気張れよリスケル。皆の未来がかかってんだ、しくじるんじゃねぇぞ」


「お前こそしっかりやれ。嫁さん泣かして夫婦喧嘩になっても、助けてやらねぇからな」


「へっ。テメェの手なんざ要らねぇ。次来た時は眼ん玉ひんむいて驚きやがれ。何も感も大成功させてやる」


 拳を交えたままで不敵な笑みを交換する2人。それからリスケルは素早く振り返り、声をあげた。


「よぅし。そんじゃあ行くとするか!」


 意気揚々と歩いていくリスケル達。一大事業を成し遂げたからか、それとも過ごす時間が長いためか、人魔混成とは思えない一体感がある。ミッドグレイスでの事件は、確かに人族と魔族の距離を縮めたのだった。


 お達者で。そんなフィーネの声が天に届いたのか。雲の切れ間からは眩いまでの日差しが降り注ぎ、まるで彼らの行く末を祝福するかのようである。


 そんな万全な出立だったのだが、一体感は長続きしなかった。彼らが次に向かったのはサザサンド。行けども行けども砂丘が広がる秘境であり、強烈な日差しと渇きが支配する不毛の地である。


「小僧リスケル。水を寄越しなさい」


「あっ、セシルてめぇ! 返せよ!」


「お断りですの。年長者は労るものですわ、あぁ美味しい」


「都合の良い時だけ実年齢を持ち出すなよ!」


 彼らの前途は、もしかすると多難かもしれない。たった一度の共同作業で仇敵と和解できるなら、誰も苦労はしないのである。

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