第11話 人の街は

 極寒の国スノザンナは大陸屈指の寒冷地帯である。国土は広く、他国の倍近くは有するのだが、その大部分が永久凍土に覆われている。そういった背景から農耕や牧畜は南部、軍事訓練は北部で行うのが常だ。


 リスケル達は今、国軍のうろつく北部を疾走中だ。もちろん周囲への警戒と迂回を万全にした為、鉢合わせるという面白い展開はなく、国都を目指して順調に歩を進めた。


「そろそろ街が見えて良い頃だけどな」


 手持ち無沙汰な彼は、雪化粧の森をハシゴする様に進んだ。白く染まる針葉樹林を蹴って飛び、細い葉を揺らしては白日の元に晒す。特別楽しくはない。だが単に走るのも飽きていた。


 この季節の森も深くはない。空を見上げれば、青々とした空に、そこを飛ぶネイルオス達の姿も見える。足が6本生えて見えるのは、両脇にセシルとギーガンを抱えているためだ。


「足手まといにならなきゃ良いんだけどな……」


 ぼやきと共に見守っていると、ネイルオスが降下を始めた。やがて前方の森に着地したのをみるとリスケルも向かった。


「どうした。何かあったのか?」


「遠くに街が見えた。この姿のままでは、ここいらが限界だろう」


「まぁたしかにな。誰かに見られたら大騒ぎだろうさ」


 セシルとギーガンは問題なくとも、ネイルオスは見るからに魔族だ。しかも大柄と来ている。街に近寄りでもすれば軍が出動する事態になりかねない。


「じゃあどうする。どっかで留守番でもしてるか?」


「いや、人族の街や暮らしに興味がある。この眼で見てみたい」


「気持ちは分かるけどさ。どうしろってんだ」


「こうするのだ」


 ネイルオスは地面に向けて魔力を放つと、地面をえぐり、土を巻き上げた。降り注ぐ土砂で汚れるかと思われたが、それら一つ一つが意思を宿したように形を生み出していく。


「どうだ。これで問題なかろう」


「すげぇな、どっから見ても人間だぞ。大柄で目立つけど」


「体格をごまかすのは難しいものだ。貴様こそどうなのだ、有名人なのだろう?」


「聖剣さえ隠してりゃ多分平気だぞ」


「そうある事を願おう」


 ネイルオスが行くのならと、セシル達も同行すると言い、結局は4人全員が国都を目指す事になった。そのまま一行は城門を抜けて城下町に足を踏み入れた。


「ほう、これが人族の都か。大きいな」


 城門裏手は警備隊詰め所が並び、そこを過ぎれば大通りだ。道の左右には石造りの商店が軒を連ね、それなりに活気が有る。そこから路地裏の方に眼を向けたなら、数千にも及ぶ民家がひしめきあっている。万を超える人口であるのは間違いなかった。


「スノザンナじゃ1番栄えてる街だな。城壁の内側は富裕層が多く、外側には大勢の貧困層が暮らしてる。来た道とは反対側のエリアだな」


「そうなのか。やはり人族とは数が桁違いに多いのだな」


「これでもグラナイストなんかに比べたら半分も無いぞ」


「ただ驚かされるばかりだ」


 それから大通りを進もうとしたのだが、セシルは地面に眼を向けた。道を造る石材は幾何学的模様に組まれており、雪に埋もれていないどころか、乾ききっていた。家屋や路肩に積もる様子と比べたなら、違う国のように見えた。


「ネイルオス様、こちらをご覧くださいませ」


「ふむ、これは確かに興味深いな」


「どうしたんだよ2人とも。何か落ちてたのか?」


「違う。貴様は疑問に感じぬのか? 豪雪地帯なのに、通りには雪が無いのだぞ」


「街の皆が雪かきを頑張ってんじゃねぇの」


「そんな理由ではない。これを見よ」


 ネイルオスは地面に埋まった赤い小石を指差した。


「これは精霊石だ。火の力に特化させたものだな」


「ふぅん。じゃあ、魔法の力を使ってるって事か」


「それだけではない。この模様にも工夫が盛り込まれておる」


 石材が織りなす模様は、ひし形の黒石を中央で切り分け、横にずらした様な形をしていた。それが道の端から端まで延々と並ぶのだ。


 これは単なるデザインではない。道の中央に点々と埋められた炎の精霊石が、放射状に熱を発し、タイルを伝って外へ出ようとする。しかし白い辺の部分には微弱な魔力が籠められており、熱の放出を邪魔してしまう。逃げ場を失った熱は向かい側の三角形へと移動し、それからも辺の反射を繰り返して元の場所から遠ざかっていく。


 その仕組みを、ネイルオス達は即座に看破してみせたのだ。


「つまりだ。そうして地面に熱を這わせる事で、雪が堆積するのを防いでいるのだ。精霊石を取り替えれば、半永久的に積もりはしないだろう」


「更には窪みも良く計算されておりますの。溶けた雪は水となり、そこを伝って排水路へと流れていくのですわ」


「ゆえに道は乾いているのだ。理解したかリスケルよ?」


「分かんねぇ。もっと簡単に説明しろって」


「まぁ、あれだ。人族の創意工夫は侮れん、という話だ」


「だったら始めからそう言えよな」


「もう少し学ぶ姿勢を持て」


「良いんだよ、そういうのはエミリアに任せてんだ。つうか城へ行くんだから大人しくしてろよな」


 リスケルを先頭にして大通りを行く。すれ違う住民は、ネイルオスの大きさに驚きつつも、騒ぎ出す気配は見せない。割と順調な侵入作戦だったのだが、辺りに漂う香(かぐわ)しい匂いが待ったをかけた。


「これは何かしら。鼻腔が幸福を覚えましたの」


「酒場だろうな。今の時間帯だと飯屋か」


「ニンゲンどもの餌場(えば)ですのね。一体どんなものを食べているのやら」


「気になんの?」


「べ、べつに。ワタクシはさほど。でもギーガンがどうしてもと騒ぐので」


「ギーガン、まだお腹空いてない。ご飯もいらない」


「遠慮は無用ですのよ。支払いならリスケルの小僧に一任しておりますから」


「おい勝手に決めんな」


「では参りましょう。香りの正体を突き止めますのよ」


「……ったく、しょうがねぇな」


 リスケルは財布の重みを確かめつつ、革張りの扉を開けた。中はそこそこの広さ。5組の先客が向ける視線は受け流し、テーブル席に腰を降ろした。すぐに恰幅の良い女が声をかけてくる。店を独りで切り盛りする女将だ。


「いらっしゃい。何にするんだい?」


「良い匂いがしたからソレを食べたい。4人前だ」


「ボールドシチューだね。骨つき肉と厚切りの野菜をトマトベースで煮込んだものだよ。寒い日にはもってこいってね」


「じゃあそれで。いくら?」


「しめて320ディナだよ」


「意外と高いな……まぁ良いけど」


「まいどあり! お兄さん格好いいから、パンもサービスで付けてあげる」


 女将は大げさなウィンクをその場に残すと、キッチンの方へ小走りになった。仕込みは全て終わっているため、それほど待たずに食卓は賑う。各人の眼の前には小分けされた料理が並び、見慣れぬ華やぎに魔族の3人などは釘付けだ。


「ほぉ、これが人族の食事か……」


「こんなもの初めて見ますわ。ねぇギーガン」


「びっくりした。ギーガン、食べてみたい」


 底の深い陶器にはフチ限界にまでスープが満たされており、肉塊や玉ねぎなどが静かに揺れる。またサービスでつけてくれた小麦パンも焼き立てで、スライスチーズの上に茹でたカニのほぐし身まで乗せられており、フラリと訪れた割には豪勢な献立となった。


 明らかにサービスの枠を超えている。リスケルはおもむろにキッチンの方を見たのだが、濃厚な投げキッスが返されるだけ。どうリアクションしたものか分からず、とりあえず曖昧な笑みだけを浮かべた。


「ともかく食おう。食ったらすぐ城へ行くからな」


 リスケルは木のスプーンに肉を乗せ、頬張った。ネイルオス達もその動きを真似る。


 そうして彼らの口内に広がったのは祝福だ。油と酸味の混じり合ったスープが、濃い塩気とともに巡り、冷え切った舌を強めに温めていく。肉は噛まずとも解ける程に柔らか。最後にゆっくりと鼻へ伝わる野草の香りが心地よく、食を進める手が止まらなくなる。


「旨いなこれ。マジで」


「レシピは店によって違うからね。この味を出せるのはウチ、白原の菜花亭だけだよ」


「だってさ。どうよお前ら?」


「これは驚いた……人族とは、こんな良き物を口にしてるのか」


「ギーガン、これ好き。気に入った」


 感想を口にしないセシルはというと、誰よりも夢中になっていた。爛々と見開いた瞳は遊びに熱中する子猫のよう。急いでシチューを頬張っては、ハフハフと白い息を吐き、すぐに次の一口を求めだす。


 そうして真っ先に食べ終わったセシルは、高々とした声をあげた。


「素晴らしい腕前ですわ。コックとして邪神軍に取り立ててもよろしくってよ!」


「このバカ! 周りを見ろ!」


 客の、女将の困惑する視線が突き刺さる。それが鋭くなるまで時間はかからないだろう。


「今、邪神軍って……?」


 ハッキリと動揺が広がっている。マズイ、どうにかごまかさないと。リスケルは必死に頭を働かせ、とっさの閃きを口に出した。


「違うぞ。この子は『酷な借金苦の取り立ても忘れるくらい良い』って言いたかったんだ」


「邪神軍……借金苦……。あらやだアタシったら。耳でも遠くなったかしら?」


「紛らわしい言い方だったと思うよ、女将さん」


「お嬢ちゃん、若いのに苦労してんだねぇ。でも希望を捨てちゃいけないよ。不運だった分、あとでガッツリ幸せが舞い込んでくるからね!」


 どうにか誤魔化せたと、リスケル達は胸を撫でおろす。しかし問題のセシルはというと、別に気にした風ではなく、カニの乗ったパンに噛りついていた。この野郎とリスケルが睨むのも無理からぬ事。


「さて、腹も膨れたし。そろそろ王宮に行くぞ」


「リスケルの小僧、あれは何事ですの? このクソ寒い中を裸でうろついてますのよ!」


「待てよセシル。走るなって!」


 好奇心を爆発させたセシルは次なる店に向かった。そこはいわゆるサウナで、白い湯気が店内から漏れ出ている。テラス席で利用客が下着姿になり、くつろぐ姿が通りからでも見えた。


「いらっしゃい、サウナに入ってツルスベもち肌。美人になれるって評判だよー」


「美人ですってよギーガン。行きましょう」


「おぉ……ギーガンもっと美人になる。今よりずっと強くなる!」


「おい、待てよお前ら!」


 リスケルの静止も聞かず、セシル達は店の中に入っていった。果たして今日のうちに王宮へと行けるんだろうか。太陽はやや西の空に傾こうとしている。


 そして利用料は1人50ディナ。とりあえずリスケルは2人分だけ支払い、セシル達の帰りを待つことにした。寒空の下、ネイルオスと肩を並べながら。 


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