第3話 最強の盾と盾

 松明の灯りだけで照らす室内は、見通しが利かない。それでもリスケルは確かに見た。玉座に収まりきらない巨体がコチラを見下ろす姿を。


「邪神ネイルオス……!」


「よくぞ来た聖者、ニンゲンどもの刺客よ」


 睨み合う2人。ぶつかり合う覇気は最初こそ弾けそうな程であったのに、すぐにしぼんでしまった。どちらも先手を取ろうとせず、ただ突っ立っているだけのせいだ。


 リスケルは一身上の都合から消極的になる。そして向き合うネイルオスも実は大差なく、出迎えのセリフがまとまっていない為、やはり思案顔のまま動こうとしない。


 これが地上の行く末を決める、最終決戦の幕開けであった。


(コイツ、どうして何もしてこないんだ?)


 両者とも考えが煮詰まった頃、似たような事を考え始める。向き合うのは宿敵同士であり、決して馴れ合うような間柄ではない。


「ち、地上の平和を乱すお前を許さないぞ!」


 リスケルがそれらしいセリフを吠えた。一歩だけ前進。


「フフッ。支配者気取りの愚かな種族よ。その傲慢さを胸に抱きつつ、冥府へと旅立つ準備は出来たか」


 ネイルオスも負けじと雰囲気重視の言葉を吐いた。さすがに邪神を名乗るだけの事はあり、語彙力(ごいりょく)はリスケルの上を行く。


「さぁ来い聖者よ。果たして聖剣オレルヤンをどこまで扱えておるか、ワシ自らが確かめてやろう!」


 ようやく戦の機運が持ち上がる。ネイルオスの意思を反映してか、全身を包む魔力のヴェールも暗く輝いた。


「い、行くぞぉーーッ」


 やぶれかぶれでリスケルが突進する。握り拳には『肉体強化』の技を乗せており、相当な威力を発揮するのだが。


「クックック、よもや素手での突貫とはな。そんなものが通用するとでも思ったか」


 ダメージはない。殴りつけている手応えはあるのに、ネイルオスに苦悶の表情は無く、随分と涼し気なものだ。まるで見えない壁にでも阻まれた様な錯覚すら覚える。


「どうした聖者よ。早く剣を……ゴフゥ!」


 拳の乱打がようやくまともな成果を生んだ。それはヴェールからはみ出した顔を殴ったためである。


「おお、ダメージが通ったぞ!」


「よせ。これはちょっと痛いだけだ。どれだけ殴っても死にはせん」


「そんな事、やってみなくちゃ分からない」


「貴様は本当に選ばれし英雄なのか!? 扉の件といい、まるで強盗か何かではないか!」


「他に手段が無いんだから仕方がないだろ」


「ともかくさっさと剣を抜け、話はそれで終いだ」


「さっきから聖剣聖剣うるさいんだよ!」


 リスケルは背中に手を振り上げると、布の縛めを解いて一気に引き抜いた。柄に施された美しい意匠、埋め込まれた由緒正しき宝石などを差し置いて目立つのは、根本から折れた刀身部分だ。見事に刃の部分だけ喪失している状態だった。


 折れたにしても、もう少しやりようは無かったか。かつてはリスケル本人も嘆いたものだが、今現在はネイルオスが嘆く番である。


「き、貴様ァ! 何て事をしてくれたァーー!」


「オレだってここまでやる気は無かったよ!」


「この最大級の愚か者め! 貴様など跡形もなく消し去ってくれようぞ!」


 もはや邪神の負けは有り得ない。ネイルオスは渾身の魔力を手のひらに集めた。得意魔法が炸裂するのである。


「食らえ、デスストーム!」


 漆黒の風がリスケルに襲いかかる。それは亡者の怨念に満ちた暴風であり、生者の魂を冥界へ連れ去ってしまうという恐るべき魔法だった。


 しかしリスケルは無事だ。実に平然としたものである。


「な、なんだとッ!」


「オレには精霊の鎧がある。お前の魔法なんか通用しねぇぞ」


 彼の身につける白銀の鎧が光を放つ。それは即死魔法を無力化するという、世界でも唯一無二の装備であった。


「おのれぇ……ならば別の魔法はどうだ!」


 爆裂魔法を唱えようとし、再び魔力を込めた。だがそれは、こみ上げる胃液によってキャンセルされる。魔法で弾け跳ぶ血肉を想像したからだ。


「む、無理! ワシには無理ィーー!」


「チャンス到来だオラァ!」


 反撃に出たリスケルはとりあえず顔を狙った。身の毛もよだつ風が走る程の拳圧。威力は申し分ないのだが、その一点集中した攻撃はさすがに見え見えで、極めて丁寧に避けられてしまう。10発のうち1つが当たるかどうか、といった所だ。


「今度はワシの番だ!」


 ネイルオスも負けじと即死魔法を浴びせかけた。何度も何度も根気強く唱えまくった。だが、回数を重ねれば良いものでもなく、最初と変わらない結果だけが残る。


 徒手空拳と無効魔法の応酬。それが不毛なやり取りだと気づいたのは、お互いが息を切らし、肩を激しく上下させた頃だ。傍目からすると死闘の果てにも見えるのだが、両者は浅傷ひとつ負ってはいない。


「しぶといヤツめ……」


 リスケルは笑う膝を立て直し、尚も拳を握ろうとした。しかし彼は、おもむろに背を向けるネイルオスに驚かされた。これは誘いや罠か。初めはそう思ったのだが。


「聖者よ、ひとまずは休戦だ。茶でも飲もうではないか」


 思いもしない言葉にリスケルは驚くばかり。その一方でネイルオスの横顔は、どことなく嬉しそうであった。



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