ep.91 あいつらには感謝してるよ

 解放された人々を連れて青年団は賊の本拠地を後にした。広場を通る際に彼らは仲間の亡骸なきがらを担いで、殺したやからにも最低限の祈りを捧げた。


 それからは団が所有する秘密の集会所に行って、再び頭首とうしゅへの尋問が始まった。彼は目隠しをされたまま椅子に拘束されている。


「なんだ。拷問でもおっ始めるつもりかァ?」

「尋問よ」とヌヴェル。

「この格好じゃあ、今から拷問始めますって感じだろ。ならその前に一服くらいさせてくれよ、頼むからさァ」

「よく喋るやつだ。全部済んだら好きなだけ吸わせてやる」


 ルプレタスが彼からパイプを抜き取った。年代物でよく手入れされている。


「ねえ、その館の場所をもっと絞れないかな。国内ってだけじゃ広すぎるよ」

「そうだけど。でも思い切ると危ない気がする」


 ヌヴェルと相談するルプレタス。彼はしばらく考え込んで頭首へ向き直った。


「じゃあ、こういうのは。お前は……町のような広い場所よりも村や集落のような小規模の場所が好みか?」


 要は肯定と否定を好き嫌いに差し替える、若い彼らしいやり方。意図を理解して頭首はおそるおそる視線を左右に動かした。否定の意。特に何も起こらない。


「よかった。この調子で次へ行こう」


 一応これで国内の小規模な場所は除外された。


「あ、あの……」


 ふと青年団の女が横から口を出した。その場にいた全員が振り向く。


「先に呪いを解くっていうのはどうなんでしょうか……?」

「間違ってはない。が、用意周到な術者なら解呪の兆候を発動条件に含めていてもおかしくはない。それはこいつ自身も分かっているはずだ」


 そう言ってセンリは頭首を見やった。


「……ああァ。だからそれはもう諦めてるってわけだ。そもそもかけられたのが何なのか分からねえしな」


 つまり解かれる直前で殺す裏技的な如何にもいやらしいやり方。魔術師同士なら赤子と大人くらい力量に差がなければ成立しないが、もしそこまで条件にされた場合、たとえば特定の手順で術者を殺すか、あるいは血を入手するくらいしか方法がない。


「あ、ごめんなさい……」

「君だけじゃない。私もそのことが頭から抜けていた。教えてくれてありがとう」


 気にしないでくれ、とルプレタスは優しく彼女に声をかけた。そのあとでセンリが尋問を再開する。


「続けるぞ。人物について聞きたい。その関係者に近しいやつはどうだ? 実行者側にはいない、繋がりのある第三者だ」


 すなわち呪いの名簿には載っていない結びつきのある人物。彼らの親類や知人のような。


「ちょっと待ってくれよォ……」


 頭首は考えだした。むざむざ引き金を引きたくはない。そうしてふと誰かの顔が頭に浮かんだのか、愉快ゆかいげにニヤついた。


「ああ、おあつらえ向きのやつがいたなァ。お前たちにぴったりなやつがよォ」

「誰だ。早く言え」ルプレタスが急かす。

「なんて名前だったか……。今は教会やってるあの女だ。……確か、トロレだったか」

「トロ、レ……?」

「え、あの……?」


 ルプレタスもヌヴェルも困惑。どうしてその名前が出てくるのかと。青年団の知るトロレと言えばあの初老の女くらいしか心当たりがない。


「ハハッ。やっぱり驚いてやがるな。見えなくても分かる」

「あの人とはどういう関係だ?」


 ルプレタスを筆頭に彼女と親交のある団員は困惑した態度を見せる。


「それは言えねえな。罠に引っかかるかもしれないだろ。ただ一つ答えるとすれば、俺とあいつは『同士』ってことさ」


 全員が疑いの目を向けたが、どうやら嘘を言っているわけではないようだ。


「まさかあの人に限って……」


 裏切っていたなんてことはないはずだ、とルプレタスは思いわずらう。


「これだけ聞かせて。彼女は悪いことをしていたの?」


 ヌヴェルが腫れ物に触るように確認を取った。これがしゃくに触ったようで頭首は急に不機嫌な態度になる。


「あのさァ、お前たちはいつもそうだ。すぐに善悪の二択で片づけようとする。知らねえんだよ。この世界の本当の姿ってやつを」


 何かを見てきた男の言葉。事実として場数を踏んできた青年団でも知らないことはまだ数多く存在する。男が意味するのはまだ彼らが光の当たる表層に立っているということ。


「信じたくはない。可能性の話だが、まさか彼女はフォルセットのような武装勢力とも関わりがあるのか?」


 疑心暗鬼になりつつあるルプレタスが仮定の話に触れた。兄の事件に関連があるのではないかとまで疑っている。それを聞いて頭首はなぜか小さく笑みをこぼした。


「……フォルセット。ついにその名前のお出ましか。あいつらには感謝してるよ」

「感謝……?」ルプレタスは思わず前のめりに。

「どういうことよ……?」ヌヴェルが小首を傾げた。


 他の全員も怪訝な表情して次の発言を待っている。


「…………」


 けれどもそれは永遠に訪れなかった。異変を感じたセンリがすぐさま駆け寄ると、なんと彼はすでに死んでいた。脈を確かめて治癒魔術を使ってみたもののとうに手遅れ。


「……呪いが発動した。だがなぜだ」


 追って頭部がだらりと垂れ下がった。目隠しが外される。まぶたは上がったままで生気を失っていた。


 唐突に貴重な手がかりを失って辺りが騒然とする。直前で怪しい言動はなかった。しいて挙げるとすればフォルセットへの言及。


「まさかフォルセットに反応したのか……?」

「そんな馬鹿な。そもそもこいつらはフォルセットを模倣、利用していたわけだろ。なら日常的に使っていたとしてもおかしくはない。だから何気なく口からこぼれた」


 ルプレタスは自身の発言が原因だと思っている。センリは一度否定したが、やはり何かが引っかかっている様子。


「複合的な条件でしょうか。他に成立させる要因があった」


 うしろにいたセズナが意見を出す。ずっと頭巾を被ったままだが、周囲は彼女がヒトではないことに薄々気づいていた。


「……そうか」センリは考え込む。


 呪いといっても決して万能じゃない。人が使う以上、抜け穴があったり、ふとした誤りだって起こり得る。自分たちのために働かせていたのならなおさら雁字搦がんじがらめにするわけにもいかなかったはず。


 業務に支障をきたさない程度の自由を残し、それらを踏まえた上で術者は特定の状況も想定していた。とすれば、これまでの流れに答えがある。センリは一つ一つ思い返して彼なりに推理をした。そうして浮かび上がったのは、


「フォルセットに、捕らえらえる状況か……?」


 周りが思わず頭をひねる仮説だった。言った本人もしっくり来ていないようだ。


「フォルセットの名をかたるような真似をしていれば、本物からにらまれても不思議ではないですけど。仮にそうだったとして、呪いをかけた側はなぜそんな条件をわざわざ?」

「そうね。文字通り素直に受け取るなら、彼らには少しも情報を与えたくなかった、みたいになるわ。呪いを使ってまで。すごく用心してる」


 ルプレタスやヌヴェルは他の団員とともにもう一度最初から考える。


 頭首は完全に拘束された状態で尋問を受けていた。本人は拷問が始まると思っていたようだが。そして死の直前、フォルセットについても言及した。このことで条件が揃ったのなら、はてさて奇妙なことになる。


 つまり、呪いをかけた術者側が想定していたことになるのだ。名指しで、彼がフォルセットに拘束された時は、引き渡し先に関する尋問や拷問を受けるだろうということを。


「これじゃあまるで抗争みたいじゃないか」

「抗争……?」


 ルプレタスの呟きにセンリが反応した。


「ふん。いい着眼点だ。もしかしたら館とフォルセットは実際には敵対しているのかもしれない。何かしらの理由で」


「なるほどね。それなら言えることがあるわ。私たちは失敗したけど、フォルセットが尋問や拷問をし慣れているなら、呪いの隙を巧妙に突いてもっと情報を集めていたと思うわ。館の人たちはそれを案じたってわけかしら」


 ヌヴェルの話に他の団員は一理あると納得してうなずいている。


「とにかくまだ調査が必要だな」


 次から次へと仮定の話は尽きないが、センリがとりあえず一旦この場を締めくくった。


 解散したあとで、センリはルプレタスからあの男のパイプを託された。


「センリさん。私たちの代わりに会ってきてもらえませんか」


 それは彼の同士に話を聞いてきてもらいたいという信用前提の申し出。親交の深い者にとっては聞きづらいのだろう。本人の口から聞きたくない気持ちもあるに違いない。


「いいだろう。だがその前にお前のした約束を果たす」

「約束……?」間が抜けた顔のルプレタス。


 センリはおもむろにパイプを触って、火皿に残された乾燥葉に魔術で火をつけた。そうして吸い口を死んだ頭首の口にあてがった。


「全部済んだら好きなだけ吸わせてやる、と言っただろ」

「ああ、そうでした……」


 ルプレタスが小さく彼に祈りを捧げる。そばのヌヴェルも同じように。


 生前ほど豪勢にはいかずとも、パイプから立ち昇る白煙は最後の役割を終えた臭いがした。

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