ep.90 さてはお前

「疑ってんのかァ? これでも魔術師の端くれ。格の違いくらいは分かるつもりだ。そこの兄ちゃんには手も足も出ねえよ。逃げられる気もしねえ」


 センリを一瞥いちべつして頭首とうしゅはさらに言葉を続ける。


「こちとら商売でやってる身。死にたくないんでね」


 さすがは賊のおさ。信仰どころか恥も外聞もなく保身のためなら正直に話す。


「だからと言ってこのまま生かしてはおけない」


 悪事を働いたことは元より身内を拉致されて仲間まで殺されている青年団にとってはあだでしかなく彼を生かす理由がない。しかし、そこでセンリが口を挟んだ。


「待て。拉致したやつらは今どこにいる?」

「あいつらは……ちょっと待て」


 頭首は懐から何かを取り出して、床へ滑らすようにして投げた。目の前に転がってきたのは古びた鍵だった。


「隠し扉の先、別棟に閉じ込めてある」

「案内しろ」

「……分かったから殺してくれるなよ」


 気乗りじゃないのは用済みになった途端、殺されることを危惧しているからだろう。


「念のために」


 ルプレタスは用心のために彼を後ろ手に縛ってから目隠しをした。魔術師である以上、油断はできないが、勝ち目のない格上がいる状況で無駄な抵抗はしないはずだと信じていた。


 頭首の指示通り今度は階段を下りていく。彼の前言から察するに拉致した人々が商売道具なのはまず間違いない事実だろう。


 監禁場所を見つけられなかった別部隊と合流して隠し扉のあるところへ。必要な時だけ目隠しを外して案内させた。


 最初の階にあった石柱。建物の支柱と思いきや実はただの置物だった。目隠しを外した頭首が魔術を行使こうしして横へずらす。そうして現れた隠し扉。


「下っ端どもが勝手に開けねえようにしてんだ」


 言っているそばから部外者のルプレタスが鍵を使って扉を開けた。再び目隠しをされた頭首を先頭にして一行は地下へと繋がる階段を下りる。通路を渡って別棟に着くと、そこは半分地下の空間だった。


 個別に仕切られた牢獄と変わらない場所。びた鉄格子の向こうに拉致された人々が収容されていた。


「マルシャ!」


 ヌヴェルが声を上げて先に行った。青年団もまず仲間や身内がいないか探している。


「……ッ!」


 たまたまセンリと目が合った檻の中の男はひどく怯えて片隅にうずくまった。


 ここの住人はみんな肌着姿。部屋は狭く小さな明かり窓が心の拠り所。水飲み場と便所は簡素で実際にちゃんと機能しているかどうかはその臭いからして疑問だった。


「こいつらの用途は?」


 センリが目隠し状態の頭首に聞いた。


「遊ぶこともあるけどよォ、まあ、基本は売り物さ。性別も種族も関係ねえ。容姿のいいやつは娼館しょうかん。魔術師なら薬で一旦空っぽにしてから引き渡し。残り物は適当に売り渡す」


「……下劣げれつね」


 セズナがぼそりと呟いた。ただでさえヒト嫌いの彼女がさらにさげすむ光景。


 性的な虐待を受けたと思われる男女の住人は精神に異常をきたして怯えきっていた。鉄格子越しに近づくだけでも悲鳴を上げ、壁に顔を向けたあと祈るようにしてひたすら謝り続けていた。


「マルシャはどこ!?」


 尋ね人を見つけられなかったヌヴェルが焦りとともに戻ってきた。頭首に詰め寄って居所を聞き出そうとしている。


「誰かは知らねえが、ここにいないってことはもう出荷済みってこった」

「そっ、そんなことって! どこにいったの!?」

「さあなァ。その辺の娼館でも探してみたらいいんじゃねえか」


 いちいち顔や名前を覚えているわけがない。そう言わんばかりの態度だった。


「そいつは魔術師か?」


 ふと気になったセンリが聞くとヌヴェルは確かにうなずいた。


「なら当たるのは娼館ではなく、その引き渡し先だな」


 センリ自身は何気なく言ったつもりだった。けれどなぜか頭首は急に黙りこくった。


「どうした? 元気がなくなったように見えるが。……それとも何か心当たりがあるのか? その引き渡し先に」


 直後、ヌヴェルが彼に掴みかかった。


「誰に引き渡したの!?」

「まっ、待てよ。言えねえんだそれはよォ。言ったら死んじまう」

「このままでも死ぬわよ……!」


 ヌヴェルが脅しをかけると頭首は動揺を見せた。その騒ぎを聞きつけて向こうからルプレタスがやってくる。


「何があった?」

「ルプレからもお願い。こいつにマルシャの居場所を吐かせて」

「知ってるのか?」


 ルプレタスがゆっくりと語気を強める。


「…………」


 頭首の呼吸が乱れた。いよいよ追い詰められて返答にもきゅうするという交錯した状況下。


「具体的に言えないのなら、示唆しさするだけでもいい。まずは口を開け」


 センリの言葉に気圧けおされて頭首は息を整えた。そして、


「引き取りに来るんだ。やかたのほうからよ」


 ありふれた『館』という言葉が口から出てきた。応じた彼に対してヌヴェルがさらに肉薄する。


「館? それはどこの?」

「この国のどっかだろ」

「そこは誰のものだ?」


 ルプレタスが尋ねると頭首は首を横に振った。そこまでだ、と言いたげに。


「ここまで来たら言いなさい……!」


 男の太い首を直接その華奢きゃしゃな手で絞めるヌヴェル。よほど大切な人なのか必死の形相ぎょうそうで。


「殺すな。まだ生かしておけ」


 センリは彼女の手首を強く握って行動を制した。直前で狂乱の殺人劇を繰り広げた者とは思えない理性的な言動に周囲は混乱をきたす。


「ふと頭に浮かんだことがある。さてはお前、誰かに呪いをかけられているな」


 そうすると頭首は自身の体を逐一ちくいち確かめながら時間をかけて細く長い息を吐いた。


「やっぱりな。どの類いだ。特定の言動に作用するもののようだが」


 呪いの魔術と一口に言っても種類が豊富で解呪の方法も違ってくる。似ているものに制約の魔術があるがこれはより単純で持続期間も短い。


「…………」苦い顔の頭首。

「質問を変えよう。お前自身、詳しい発動条件は分かっていない」


 その問いについて彼は小さく咳き込んで答えた。高等な術式ならば複数の条件を与えるだけでなく、いつ、どこで、誰が、何を、どのように、まで指定することができるとされている。


 何が引き金になるか不確かな状態で頭首が見当をつけたのは館のあるじやその関係者を裏切る行為だった。たとえば名前や居所に言葉や行動で答えようとすること。


 ルプレタスやヌヴェルは状況を理解したらしく無闇に吐かせることをやめて、まずは住人の救出に取りかかった。


 鉄格子の鍵束は上の階にあるという話だったが、すでに他の青年団員が看守役の残党から奪ってきていた。しかしながらセズナが手早く糸で一気に切断してしまう。いちいち解錠するのは面倒でしょうと言い放って。


 解放された人々は全員教徒で、喜びよりもまず泣きじゃくり、ついに祈りが通じたのだと彼らよりも先に神への感謝を述べていた。中には心的外傷のせいで上手く喋れなくなった者もおり、それがここでの過酷な仕打ちを如実にょじつに示していた。


 そのかたわらでセンリは頭首からいかに情報を引き出すかを考えているようだった。とても話しかけられるような雰囲気ではない。どこか取り残されたような気分のセズナはふと振り返ってみた。するとそこにはポツンと立ち尽くすヌヴェルの姿があった。


「…………」


 結局、大切な人を見つけられなかった彼女は別棟から引き上げる際もずっとうつむき加減だった。心の底からの、やるせない表情のままで。

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