ep.75 片方でいい

「そこの女と男には集落まで一緒に来てもらう。他は交渉が終わるまでの間、その場から一歩も動くな。こちらも手出しはしない」


 統率者によって指定されたのはエスカとセンリだった。


「ふん。本当かどうか」

「一度ちぎったものは必ず守る。女王の名の下にこのハヴァマが誓う」


 統率者ハヴァマとセンリの視線が再び交差する。


「センリさん。お願いしてもよろしいですか?」

「……分かった」


 責任を取ると言った手前、ここで拒む理由もない。


「センリ殿。どうかお頼み申し上げます」


 同行することができないのでオルベールはエスカのことを任せた。


「万が一はないと思うておるが気をつけよ。特にエスカ」


 クロハに言われてエスカは静かに大きくうなずいた。


「センリさん。行きましょう」


 衆人しゅうじんが見守る中、2人はハヴァマのもとへ歩み寄った。ハヴァマは手にしていた武器を他の者に預けて、冷淡れいたんな表情のまま迎え入れた。


「ついてこい」


 ハヴァマは背を向けて森の奥へ。そのうしろに離れずついていくのはさきほど彼に耳打ちをしていたエルフの女。ヒトのように年齢を推測するのは難しいが、肌のつやからしてまだ若いほうだろう。


 彼女は時折振り返ってはセンリのほうを見ていた。警戒しているというよりは容姿を確認しているといったほうが正確かもしれない。


 絡み合う樹木に阻まれた道なき道を進んでいくと、謎の光明が再び現れた。1つや2つではない。無数に飛び交っている。


 つた植物で形作られたアーチが見えてきた。おそらくはそれが集落の門。くぐって中に入ると、日常生活を送るエルフたちの姿があった。まさか手放しのヒトを連れてくるとは思っておらず彼らは困惑している。


「問題ない。すぐに済む」


 ハヴァマがさりげなく言うだけで彼らは安心して元の生活に戻った。それだけみなに信頼されているということだろう。


 生活様式こそ基本自給自足の原始的なものだが、集落の中には近代都市で見かけるような鋼鉄製の設備も見受けられた。


 エルフの子供たちは招かれざる客をじっと見つめている。果たしてそれは好奇心からかそれとも味の想像をしているのか。どちらにせよセンリやエスカは居心地の悪さを感じていた。


 自然に満ち溢れた幻想的な風景の中を小鳥のささやきを聞きながら歩いて、とある巨樹きょじゅの前までやってきた。その空洞くうどうに建てられた一際大きな家屋。


「待っていろ」


 ハヴァマが先に中へ入っていく。しばらくして戻ってきた彼のそばにはもう1人の男がいた。見るからに年老いていて威厳はあるものの足取りはおぼつかない。


「こちらはヴァフスルー長老だ」


 長老と言えば指導的立場にある者。この集落の中でもとりわけ位の高い人物であることは間違いないだろう。長老がいて女王もいる。階級的にはどちらが上なのかは不明。排他的で部族ごとに暮らすエルフの詳しい社会構造はよく知られていないのだ。


「勇者の一族の末裔か。わしが出会った者は確か違う色だったかな」


 しゃがれた声で話すヴァフスルー。目をすぼめてセンリの顔をじっと眺めている。


「他の勇者に会ったことがあるのか?」

「……幼少の頃の話だ。今となってはあまり覚えておらん」


 センリの問いに彼は首を小さく振った。どこかけている様子。


「しかし何か世話になったことは覚えている。どれ、思い出してみるとしよう」


 ヴァフスルーはそのままきびすを返して再び家屋のほうに。それを見てハヴァマが一言。


「長老」

「よい。許可する」


 背中越しにそう言い残してヴァフスルーはすり足気味に家の中へと戻った。


「なんだ今のは」

「さあ……分かりません」


 何かしらの許可を得たと判断できるが、よそ者の2人には見当がつかない。


「行くぞ」


 そして再び歩き始めたハヴァマと付き添いの女。どこへ行くのかと思えば巨樹の裏手に回り、衛兵とおぼしき仲間と会話をしてから一本道をしばらく進んだ。


 見えてきたのはただの家屋ではなく屋敷。綺麗に整備された敷地に母屋おもやと離れらしきものが建っている。


 来客を待たずして母屋のほうから誰かが出てきた。


「マズル王配。おいででしたか」

「ハヴァマ。これは何事だ」


 綺麗に髭を蓄えた男が視線を投げる。王配おうはいと言えば女王の配偶者。


「全てはフィヨルダ様のために」

「……それで連れてきたわけか、ヒトの子を」


 すぐに事情を察するマズル。気が触れたかと言いたげな目をハヴァマに向けている。すると今まで一言も喋らなかった付き添いの女がここで口を開いた。


「ハヴァマに提案したのは私です」

「お前なのか、セズナ。ヒト嫌いのお前が……」

「どうかお話だけでも。フィヨルダ様のために」


 淡々と話すセズナという若いエルフの女。どうやら彼女も事情持ちのようだ。


「それなりの見込みはあるようだな。話してみろ」


 マズルに言われてハヴァマが話しだす。


「彼らと取引を。この森を自由に行き来させる代わりに、勇者の一族の末裔である彼から身体の一部を譲り受けて、それをフィヨルダ様に差し上げみてはどうかと」


 聞いた瞬間、エスカは目を見開いた。センリは眉をひそめる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 身体の一部を譲り受けるというのは……?」


 エスカの問いに対してハヴァマが振り返った。


「そのままの意味だ。膨大な魔力を持つ彼から身体の一部をいただく。そうだな……その黒い眼。片方でいい」

「そっ、そんな……!」


 思わず声を上げるエスカのそばでセンリが鼻を鳴らす。


「片目くらいくれてやってもいいが、この条件じゃ釣り合わないな」

「ならどうする? 代わりに半数の命を捧げるか」

「冗談。だから交渉に来たんだろう」


 センリもハヴァマもやはり譲歩しない。


「ここにはここの法がある。我らからすれば正当な要求だ」

「過去の事例を知らないことには首を触れないな。吹っかけていないとも言い切れない。当時の資料は残っていないのか?」

「……いちいちそんなものを残しているわけがない」


 ハヴァマが苦虫にがむしを噛み潰した顔で言う。ないと見越した上から目線の発言に苛立ちを隠せない。それを見ていたセズナがセンリに歩み寄る。


「ハヴァマ。やっぱりきちんと説明するべきですよ。そうでないと」

「セズナ」睨みを利かせるハヴァマ。

「分かってる。けど、この千載一遇せんざいいちぐうの機会を逃してしまっては次がいつになるか」

「我らに不利益をもたらすつもりか」

「何が不利益になるかはあなた自身が一番よく分かっているはず。それにあなたよりも私のほうがヒトとの交渉には慣れているから」

「……何をするつもりだ?」


 ハヴァマの投げかけ。セズナはマズルのほうへ向き直った。


「マズル様。フィヨルダ様と面会する機会を私に。彼らを伴って」

「セズナ……!」


 ハヴァマは彼女に詰め寄ってその胸ぐらを掴み上げた。


「その手を放せ、ハヴァマ」


 マズルに言われてハヴァマは不本意ながらも手を放した。


「セズナ。私はお前のことを信頼している。だからこそ今一度問いたい。……本当に信じてもいいんだな?」

「誓って」セズナは瞬きもせずに真っ直ぐな目を向けた。

「そうか。なら、行くがよい」


 マズルはその場から退いて道を譲った。背後にある母屋の扉を一瞥いちべつして。


「私も同行します」


 ハヴァマが言うとマズルは小さくうなずいた。


「くれぐれも静寂につとめてくれ」


 セズナは「はい」と返してセンリたちを母屋の中へいざなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る