ep.65 お前は……
「アルテ様がっ!」
「アルテ様ーッ!」
「さらわれたぞッ!」
「な、何事だッ! おいッ!」
「魔術障壁はッ! 何が起こってるッ!?」
不足の事態に慌てる護衛団の面々。
「馬鹿どもがッ! あの者を追えッ!」
すぐさま団長のカルメンが指示を出す。魔術を使える者は空を駆け、そうでない者は地を駆ける。
その間に屋根の上へ着地したセンリは同じくローブに身を包んだ協力者に王女を引き渡した。
「今度はしくじるなよ、飲んだくれ」
「約束しよう。命に替えても守り抜く」
そう言ってルキが頭巾の影から顔を覗かせる。
「我も全力を尽くそうぞ」
うしろに控えていたクロハも目を覗かせてうなずいた。
「…………」
王女は何も言わずセンリの手をぎゅっと握ったあとに背を向けた。もう振り返らないと決意してその身柄をルキたちに預けた。
後戻りしたセンリの前に追っ手が現れる。しかし彼にとっては素人も同然。幻惑の魔術を行使するや否や彼らは同士討ちを始めた。
「いたぞッ!」
「お前たち、どけッ!」
「姫様はどこだッ!?」
魔術を使えない下からの追っ手は仕組まれた人だかりにより身動きが取れずにいた。
混乱により警備が手薄になったところで現場に舞い戻るセンリ。人々は再び悲鳴を上げて次に起こる何かに戦々恐々としている。
その騒ぎを聞いていた籠の中の巫女はどうにか内側からこじ開けて身を乗り出した。
「みっ、巫女様っ!」
「危険ですっ! 隠れていてくださいっ!」
籠の中に押し戻そうとする衛兵たちを逆に押しのけて外へ出てくる巫女。人々の視線が一挙に集まりどよめきが起こった。
「――お膳立てとは気が利くじゃないか」
巫女自ら外に出てきてくれたので、センリは実力行使に打って出ず上空から飛び降りて彼女を軽々とさらっていった。目にも止まらぬ速さに衛兵たちはただの一歩も動くことができなかった。
巫女を抱えたまま屋根から屋根へと飛び移っていると、黒い影とともにあの仮面の男が姿を現した。
「どこへゆく?」
「歴史の咎を破壊しに」
「気づいたとて遅い。もう誰にも止められぬ」
仮面がフッと笑った。
「それはどうか……」
センリは途中で言葉を切った。ネフライからもらったあの耳飾りが反応しているのだ。それが意味するところは。
「お前は……あの七賢者の末裔か」
仮面の裏が驚きに歪む。看破されるとは夢にも思っていなかったようだ。
「……残念だが運命の再会を祝う暇はない。返してもらうぞ、その巫女を。まだやってもらうことがある」
「孵化への手筈はすでに整ってるはずだが」
「……そこまで知っているのか。なら話は早い。巫女には歴代と同じく生き餌になってもらう。それが最後の役目だ」
「やれるもんならやってみな」
「言われずとも」
仮面の男は姿勢を低く構えた。背中から黒い蒸気が噴出し、おぼろげに人の腕を象って宙に揺らめく。
センリは巫女を下ろして身軽になった。
両者睨み合って寸刻。同時に動いた。
「――火の精霊よ。我を
黒い蒸気混じりの炎が男の全身を覆った。
「――水の精霊よ。
センリは呼び出した清らかな水を体に纏って対抗。
相性的には有利。しかしながら地理的に全力を引き出せない不利な魔術系統。それでもあえて使うあたりに心の余裕が垣間見える。
仮面の踏み込み。輪郭の景色が蜃気楼の如く滲む。伸縮自在の炎腕がセンリのほうへ放たれた後、その背後に隠れた黒影の腕が迂回して巫女のもとへ。
「無粋なやつだな」
漆黒の足踏み。片足で屋根を打ち鳴らすと巫女を囲う水の膜が出現。触れた黒い影は蒸発して散り散りになった。
「無粋も粋の内だ」
仮面の男は走りながら影付きの炎弾を連射する。威力は十分に見えるが、センリが纏う水の守りが侵入を許さない。ジュッと音を立てて次々蒸発していく。
効果がないと判断して仮面は次の攻撃へと切り替える。足先から急停止、砕けた屋根の破片が舞い上がり、体勢を一気に揺り戻してから両の掌を前へ。
「喰らえ」
火炎放射。反動で後ずさりするほどの猛炎が影を巻き込んで空を一直線に貫く。
「――ッ」
迎え撃つセンリは漆黒に煌めく手で一閃。魔術を構成する魔素が瓦解して火炎放射そのものが霧散した。
「破壊の力。だが常に使えるわけじゃない」
「俺のことよく知ってるじゃないか。さすがは元七賢者の末裔」
元という煽りに大きく反応した仮面。突き刺さるものがあったのか苛立ちが見える。
「破壊・使役・封印。異なる世界から喚ばれた者たちはそれぞれが特色を持っていた。だがこの世界に何かを創り出すような力は与えられていなかった。なぜだか分かるか?」
「…………」
「お前たちは所詮、異分子。この世界の未来を創っていくのは我々だからだ。用済みになって追放されたのも要は自然の摂理だろう」
「なら七賢者の末裔があんなものに頼るまで落ちぶれたのも自然の摂理というわけだな」
煽ったつもりが煽り返されて仮面が小刻みに震える。その裏は怒りに満ちていた。
「痴れ者風情が我が一族を語るな。どんな思いでこの日まで耐え忍んできたかも知らぬくせに……!」
「知ったことか。塵みたいな昔話がしたいならその辺の獣にでも食わせとけ」
「――ッ!」
それが引き金となり仮面の男は激情した。
「悔いながら燃え尽きろ。魂の芯まで……!」
感情の露呈。纏う炎が激しさを増して近づくもの触れるもの全てを燃やす。負の感情に喜びを示すように黒い影が炎流の中を泳ぎ回っている。
来る、と予感した次の瞬間には、巨木の幹と見間違う大きさの燃え盛る激流が一挙に放たれていた。
「――ッ」
防いだとしてもその間に足場が崩壊すると感じたセンリは一時後退。軽やかな身のこなしで巫女を肩に担いで別の屋根へ飛び移った。
「逃がすものかッ!」
憤怒の放出は止まることを知らない。次々と別の屋根に飛び移っていくセンリたちを捉えて追跡する。
もうすぐ追いつくというところでセンリは片手を差し向けた。さきほどよりも強い破壊の力を使おうとしたその時、轟音とともに噴き出した間欠泉が勢いそのまま向きを変えて横を通り過ぎた。
「なにィッ!?」
炎の激流を温泉湯の柱が押し返す。それにはさすがのセンリも驚いていた。
「くッ……ぐうッ……」
一流の魔術師でも叶わぬ膨大な量の放出に仮面の炎が徐々に押し負けていく。
「いっ、たい、なに、がッ……!」
予想外の展開に戸惑う仮面。黒い影も温水の柱に取りついて勢いを弱めようとするが、飛び込んだ矢先に蒸発していく。
「……声が聞こえる」
巫女が喋った。そしてほのかに光るその体。振り向いたセンリは何かを悟った。
「そうだったんだな。お前が本当の……」
言い終える前に間欠泉が炎を押し切り、男を打って流した。滝に似た水の塊が降り注いで周囲は水浸し。流された男はどうにか屋根の縁に手をかけて衝突を防いだ。
センリがその場に巫女を下ろす。同時にずぶ濡れで這い上がってくる男。その仮面は外れていた。視線が交差する。
「――あんたは、ユザンっ!」巫女が叫ぶ。
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