ep.64 俺はゆく

 感謝祭の当日は晴天に恵まれた。前日からのどんちゃん騒ぎですでに疲れ果てて道端に寝転がっている者がいる中、今日から祭りに参加した人々はずらりと並ぶ店や大道芸を大いに楽しんでいた。


 予定されている祭事行列はもうまもなく。神の依代を模した飾り物や巫女の入った籠、王侯貴族に加えて国に認められた雑技集団が城から神殿まで街中を通っていく一大催しだ。


 一行が通る大通りにはすでに人々が詰めかけている。出遅れた者たちはうしろへと追いやられて身長次第ではまともに見ることができない。


「まだかー。遅いなー」


 そんな集団の後方で待っていたのはサンパツだった。腕を組んでしきりに辺りを見回している。ちょうど付近から小気味良い足音が聞こえてきた。


「すまぬ。遅れてしもうた」


 彼の前に姿を現したのは寝癖の付いたクロハ。大事な日にもかかわらずしっかりと寝坊したようだ。


「センリと違ってあんたはずいぶんとのんびりしてるな」

「そう褒めるでない。……というのは冗談で、どうやらこの温暖な気候に呑まれてしまっておるようじゃ」


 すっかり牙を抜かれた気抜けのクロハを見てサンパツは不安に思う。センリの代理とはいえこれで大丈夫なのかと。


「それで、俺はどうすればいいんだ?」

「そなたはどっしり構えておけばよい。全て我に任せておけ」


 クロハはサンパツの肩をポンポンと叩いて安心させようとするが、


「……大丈夫かなあ……」


 上辺だけに見えて余計不安を煽る結果となった。


 そこからさらに遅れてもう1人、仲間がやってきた。


「遅れてすまん。最後の精神統一をしていた」


 合流したのはルキだった。呑気なクロハとは対照的にかなり緊張した面持ちだった。


「紹介しよう。こやつはルキ。以前はただの飲んだくれだったが、今はこうしてシャキッとしておる。頼りなく見えるが、魔術の腕には自信があるようじゃ」


 念のため先代巫女の幼馴染ということは伏せてクロハはサンパツに話した。


「話には聞いていたが、まさか本当に小僧とはな。ザッと見た感じは弱々しいが、ちゃんと顔を見てみれば、できる男の目をしておる。まあ、よろしく頼むぞ」


 ルキはそう言って握手を求めた。サンパツは遠慮がちに応じる。


「こ、こっちこそ、よろしくお願いします。……あれ? 昔どこかで会ったことありますか?」

「いいや、会ったことはないはずだが。……ふむ。待てよ、なんだこの奇妙な感覚は。なぜだか他人とは思えない、この……」

「俺も同じ気持ちです。よく分からないけど……」


 ルキとサンパツは初対面とは思えない昔から知っているような不思議な連帯感に良い意味で戸惑っていた。


 ###


 一方で別の場所にいるセンリとエスカ。そのすぐそばには赤子を背負ったサンパツの妻と香草店の店主がいた。どうやら露店の準備をしている様子。この日だけではとても捌ききれない数の在庫が積まれている。


 そこへぞろぞろとやってきたのは西地区の住民。


「さて、私はこれで。次の場所へ確認に行ってきます。ここはお任せしました」


 店主が微笑みかけるとサンパツの妻は、


「任せてください」


 力強くうなずいて返事した。


 店主が立ち去り、西地区の住民が店の周りに集結する。


「みんな、来てくれてありがとう。今日は忙しくなるけど一緒に頑張ろう」


 家族と同じ感覚で親しげに話しかけるサンパツの妻。


 この日、彼らは露店の手伝いに来たのだ。まともな手当てもないのにセンリやサンパツのためならと快く参加してくれた。中には以前から手伝っていた者もいる。


「順番に渡していくからね。どんどん配っていこう。呼び込みの人はそろそろ行っても大丈夫だよ」


 サンパツの妻が指示を出していく。並んだ人々が受け取るのは香草茶や香草酒で、それに合う菓子や肴が添えられている。


「よかったらどうぞー」


 たまたま近づいてきた人に茶も酒も手渡していく。お代ももらわずに。


 実は全て無償で提供するのだ。手伝いにきた人々は呼び込み役と配付役、補充役に分かれて従事する。


 移民顔や貧民の装いが露店を構えていてもほとんど素通りで買ってくれる人は滅多にいない。しかし無料なら半信半疑ではあるものの受け取ってくれる。最初は手こずったが、品質は確かなので、その噂が口伝えに広がっていく。


「ちょっと不安でしたが、これなら大丈夫そうですね」


 傍らで見ていたエスカがほっと胸を撫で下ろした。


 これは西地区に住む者たちの印象を向上させるという目的のもとにエスカひいてはアガスティアが秘密裏に出資している露店行事だった。この日のために西地区の協力者が街中を駆け回って物資をかき集めた。


「まさかセンリさんがこんな素敵なものを提案してくださるなんて。とても嬉しいです。しかし私の立場上、表立っては話せませんけど」

「あくまで先行投資だ。他にも重要な意味がある」


 当然ただ彼らの印象を良くするためだけにするのではない。計画の一部であり今後のことを見据えた上での判断だった。


「そろそろだな」


 その言葉が示すように近くがざわつき始めた。どうやら祭事行列が動きだしたようだ。


 つまりセンリたちが今いる場所は出発地点の北地区。そこから東側へぐるりと回って南地区に向かうのだ。安全面を考慮して西地区は通らないことになっている。


「俺はゆく」

「はい。向こうで落ち合いましょう」


 エスカはそう返して全身を覆い隠す黒色のローブを手渡した。センリはそれを受け取ると振り向きざまにバッと広げて袖に腕を通した。


 黒衣の男が動きだす。全てを破壊し、全てを始めるために。


 ###


 蛇のように曲がりくねり遠くまで伸びる祭事行列。始まりの北地区を通過して今度は東地区にやってきた。


 先頭には国王が、周囲を見渡す高台付きの大きな馬車に乗っている。馬力が足りずお抱えの魔術師がうしろから支援しているようだが。


 その後で巫女の入った大きな籠が荷台の上で小さく揺れている。周りには堅固な警備体制が敷かれていて近づくことはおろか声をかけることすらためらってしまうような雰囲気だった。


 続く高台付きの馬車の上で王女が手を振っている。ぎこちないその笑みは普段人前に姿を現すことがないからだろうか。それともこれから起こることを予期して緊張しているからだろうか。


 雑技集団が華麗な演技をしながら人々を賑わす。ところが急な曲がり角に差し掛かったところで事件が起きた。


 先頭を見たいという見物人で溢れかえり行列が通るはずの場所へはみ出した。


「おい! 向こうに行きたいだけなんだ!」

「ちょっと通してくれ!」

「タダの酒が飲めるんだってよ!」


 加えて通りを横切ろうとする集団により局所的にごった返す。彼らの目的は向こう側にある無償提供の露店。センリたちが仕掛けた店の別店舗となる。


 頃合いを見計らったかのような誘導。人混みでそれ以上先に進めなくなってしまい、祭事行列は完全に止まってしまった。関係者も見物人も困り顔で苛立っている。


 畳みかけるようにしてどこからか美しい音色が聞こえてきた。それを辿っていくと曲がり角にある家の屋上に行き着いた。


 サンパツが指笛を鳴らしているのだ。


 その場にいる全員が息を止めんばかりの衝撃で魅惑の音色に聴き惚れている。国王も、王女も、護衛団すらも。それに呼応したのか遠くで間欠泉が空高く吹き上がった。


 警備と神事の関係者が我に返る。


 それよりも先に黒衣の男が動いた。顔も体も隠したまま行列に飛び込んだセンリは周囲の兵を発した魔力の波によって卒倒させ、巫女ではなく王女のほうを抱えて連れ去った。

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