ハリボテの町 -3-
採掘場の見学を終えて屋敷に帰ったエスカ一行。気まずい空気の中で夕食を食べたエスカは自分の部屋に戻り明かりも点けずにベッドへ横になった。
「……私にできること」
一国の王女でもあの貧民街を一瞬で変えてしまうような奇跡の力はない。できることはほとんど人並なのだ。地道に改善を続けるとしてもその前にルブール男爵という大きな壁が立ちはだかる。先日も言葉巧みに丸め込まれてしまった。
「何かしらの突破口があれば……」
考えれば考えるほど眠くなくなり気づけば日を跨いでいた。さすがにこのままでは明日に差し支えるとエスカは無理やり目を閉じた。
それからしばらくして廊下のほうからドタドタと物音が聞こえてきた。ルブール曰く屋敷の侵入者対策は万全で何の心配もないという話だったので不測の事態は考えにくい。
「……何でしょう」
でもやっぱり気になってエスカはベッドから下りた。そうしたら今度は窓のほうから違う物音が聞こえてきた。ふっとそちらを振り向くとそこには。
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少しだけ時間を巻き戻す。こちらはエスカの部屋の前。
オルベールは護衛のために扉の横で待機していた。正座に近いいつでも抜剣できる姿勢で目を閉じている。それは単に寝ているわけではない。浅い眠りを細かく繰り返すことにより体力を温存し睡眠欲の解消をおこなっていた。
「……む」
もうすぐ日を跨ぐという時。オルベールは何か気配を感じて目を開けた。そのまま静かに立ち上がり腰の剣柄に利き手を置いた。廊下は薄暗く左右どちらへ目を向けても先が見えない闇。その奥から気配を感じるが音は何も聞こえてこない。
その時だった。廊下の左右奥から突如として何者かが飛びだしてきた。目立たない黒に身を包んだ彼らは暗殺者。オルベールを挟み撃ちにしようと廊下を駆ける。
「挟撃か」
オルベールは落ち着き払って敵の攻撃を待つ。暗殺者たちは仕込んだナイフで同時に急所を狙った。オルベールは瞬時に1人の背後へ回り込み、心臓の位置を突き刺した。それでまず1人が絶命。背中を蹴って剣を引き抜いたオルベールは素早く動いて切っ先をもう1人の喉もとに突きつけた。
「誰の差し金だ。答えよ」
「……答えなくとも分かるだろ」
暗殺者は手先から猛毒の仕込み針を飛ばした。
「甘いッ」
オルベールは籠手で針を防ぎながら片手で敵の喉もとを斬り裂いた。敵は傷口から血を噴出しながら棒のように倒れて事切れた。
浴びた返り血を手で豪快に拭ってオルベールは主君の安全を確保しようと扉に手をかけた。ちょうどその時、部屋の中から悲鳴が上がった。
「エスカ様ッ!」
声を荒げて勢いよく入室すると、暗殺者と向かい合うエスカがそこにいた。敵はもう1人いたのだ。開け放たれた窓を見るに敵はそこから侵入した模様。
「おっと、それ以上近づくな。こいつがどうなってもいいのか」
「抜かせ」
「お前が俺をやるよりも俺がこいつをやるほうが早い」
暗殺者はナイフの刃先をエスカに向けた。確かに暗殺者からエスカまでの距離のほうがずっと近い。速さに大きな差がなければ間違いなく暗殺者のほうが先に目標へ辿り着く。
エスカ自身も腕利きの者にここまで近づかれてはまともに動けず並大抵の詠唱も間に合わない。それでも今この場で使える魔術を頭の中で検索する。
「武器を捨てろ。話はそれからだ」
「…………」
オルベールは窓を見やり無言で剣を落とした。それを見てエスカは声を上げた。
「オルベール!」
「いい子だ。俺たちは別にそこのお姫様を殺しにきたわけじゃない。誘拐してちょっと怖い目にあってもらうだけだ」
「だからとてエスカ様を貴様に渡すわけにはいかん」
「じゃあどうするって言うんだ。お前はそこから動けないし武器も持っていない」
「こうするまでだ」
オルベールが言った直後、何者かがうしろから暗殺者の胸を突き破った。
「ぐふッ……」
血を吐いて小刻みに震える顔で振り返ると、そこには漆黒の髪と瞳を持つ男がいた。
「お、お前は……」
暗殺者は口から大量の血を吐いてその場に倒れた。完全に息の根を止めるべくオルベールは慣れた様子で素早く心臓を一差しした。
「助かりました。感謝します」
オルベールは剣を収めて礼を言った。
「――ったく。睡眠妨害もいいところだ」
暗殺者に致命傷を与えたのはいつの間にかいたセンリだった。大きなあくびをしながら手についた血を払った。
「セ、センリさん、いつの間に」
旅のおかげで色々と慣れているエスカでも今の出来事にはかなりの衝撃と恐怖を受けているようだった。
「おっさんが武器を捨てる前からだな」
「はい。目配せをしたら任せろと返ってきましたので、私は躊躇せずに武器を捨てることができました」
「そんなことはどうでもいい。こいつらはいったい何なんだ」
「目的は誘拐だと言っていましたが刺客であることに間違いはないでしょう」
「なぜこいつを狙う?」
「確かなことは分かりません。ですが雇ったのはこの町の有力者でしょう。おそらくはルブール男爵あるいはルゴー殿」
「ル、ルゴーさんはそんなことはしないと思います」
ルゴーにも疑惑がかかりエスカは横から口を挟んだ。
「同感です。しかし敵は部下を配置した外からではなく中からやってきました。どこかに潜んでいたのでしょう。それを踏まえると黒幕はそのどちらか。とにかく可及的速やかにこの町を離れるべきでしょう。朝にでもここを発ちます」
「それは困ります! このままあの貧民街の人々を見捨てるわけにはいきません!」
「ですが我々としてはエスカ様の身の安全が最優先ですので」
「子供たちもいるのです! どうかあと数日だけでも……!」
エスカはオルベールに強く訴えた。オルベールは困り果てて口を閉ざしていた。
「何を悩む。要はこいつが安全なら滞在しても問題ないってことだろ」
「……センリ殿。確かに全力でお守りすればそれは可能です。しかし万が一のことがないとは言い切れませんので」
「万が一は起こり得ない。なぜなら俺がここにいるからだ」
「……それはエスカ様を確かに守っていただけると捉えてもよろしいのですか?」
「俺はもう少しこの町に用がある。その間はあんたの部下が馬鹿面晒して寝ていたとしても問題ないだろう」
「……分かりました」
オルベールはうなずいてから今度はエスカのほうを向いた。
「エスカ様。2日間です。それで区切りをつけましょう」
「ありがとう。オルベール」
エスカは礼を言ったあと、センリのもとに行った。
「センリさん。あなたのおかげです。本当にありがとう。心から感謝します」
「勘違いするな。お前のためじゃない。もう少しこの町に滞在する理由があっただけだ」
センリはそう言い残して2階の窓から身を落とした。エスカは窓に駆け寄ったがその姿はすでに消えていた。
オルベールは安全確保のためにエスカをクロハの部屋へ連れていった。エスカは起きる気配がないクロハの隣に寝転んで、オルベールはベッドのそばで寝ずの番をした。
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