ハリボテの町 -2-

 子供たちとの楽しい時間を終えて街の現状を見て回ったエスカたちは屋敷に戻った。想像を超える現状にエスカは自分に何ができるのかと頭を悩ませた。そして、


「夜分遅くに失礼します」


 夕食のあとに1人でルブールの書斎を訪れた。


「おお。これはこれは姫様。わざわざここへ足をお運びになるとはいったいどのようなご用件でしょうか」

「ルブール男爵。私は今日この町の本当の姿を知りました。そのことについてあなたの考えを伺いたいのです」


 そう。エスカは直談判しにここへやってきたのだ。


「……ご覧になったのですね。この町の裏側を」


 ルブールはため息をついて天井を見上げた。


「早急な改善を求めます。あの劣悪な環境では明日を生きることすら難しいでしょう」

「ご指摘の通りこの町の裏側は劣悪な環境です。しかし我々にはどうすることもできないのです」

「どうして?」

「改善する余裕がないのです。この町は鉱業で成り立ち、鉱業で潤っています。それは即ち鉱業を失えば他には何もないということ。環境改善に収益を回してもし鉱業に悪影響が出るようなことがあれば町ごと総崩れになりかねません」

「その収益について具体的な数字を出すことはできますか?」

「具体的な数字を申し上げることはできませんが、収益のほとんどは投資に回しております。それも主軸となる鉱業をより安定させるためのもの」

「表通りに回す資金を削ることはできないのですか?」

「残念ながらそれはできません。表通りはお客様を迎える大切な場所。見栄えを良くしておかねば離れてしまいます」


 予想通りルブールはよく舌が回る男だった。


「見栄えだけで本当に良いのでしょうか」

「見栄えを良くすることはとても大事です。特に商売となれば尚更。それをするかしないかで雲泥の差が生まれます。表通りを整備せずにあの劣悪な環境を丸出しにしていたとしましょう。おそらく人はこの町にやってきません」

「……見栄えの重要性については理解しました。ですが収益金の使い道をきちんと精査して無駄を削減すれば改善のための費用が捻出できるはずです」

「それができればどんなに良いか……。姫様のご想像よりもこの町の財政状況は切迫しているのです。仮に余剰金が出たとしてもそれは万が一に備えて貯蓄するでしょう」


 ルブールは首を振りわざとらしく悲しみの表情を浮かべた。


「姫様のおっしゃることは全てごもっともです。ですがどうかご理解していただきたい。この現状が今この町にできる精一杯なのです」

「…………」


 そこまで言われるともうエスカは何も言い返せない。悔しげな表情で「良い案が浮かび次第また来ます」と言って書斎を後にした。


 ###


 エスカが去ったあと、書斎では。


「あんの小娘が! 王女だからといい気になりおって! これだから苦労を知らぬ上流階級は……!」


 ルブールが机を叩いて憤慨していた。


「……しかし、あの小娘の報告次第では王都から監査が入るやもしれぬ。それだけは絶対に避けねばならん。何としてでもその前に……手を打つ」


 ルブールは暗い窓の外を見ながら邪悪な笑みを浮かべた。


 ###


 翌日。ルゴーは朝食の席で約束した通り採掘場へ案内すると告げた。屋敷の外にはすでに馬車が用意してあり、食後エスカはオルベールを連れてその馬車に乗った。御者が魔術師ではないので道中はゆっくり。馬車は表通りを真っ直ぐ進み、途中から脇道に逸れて走った。


 案内された採掘場は手で地面をくり抜いたかのような形状をしていた。下へ向かう通路が壁に沿って交互に存在し、底では坑夫たちがつるはしを手にせっせと働いていた。


 エスカたちは作業風景を見下ろしながら通路を歩いて第二坑道前にやってきた。そこは昨日出会った子供たちの親が働いている場所だった。


 ぽっかりと開いた坑道の前で彼らは休憩していた。一仕事終えた顔で全身土や泥にまみれている。ルゴーに気づくと彼らは笑顔で手を振った。


「みなさんお元気そうで何よりです。調子のほどはいかがですか?」

「おうっ! ばっちりよっ! 少し腰が痛いこと以外はなっ!」


 ガハハと坑夫の1人は豪快に笑った。それに釣られて周りも楽しげに笑った。


「ところでルゴーさん。そのうしろの人らは?」

「おいおい、えらいべっぴんさんじゃねえか。どうしたんだよ」

「ちょっと待て。俺にも見せろ」

「俺にも俺にも」


 坑夫たちはこぞって身を乗り出した。美しい少女を前にみな口をあんぐりと開けて見惚れていた。


「あの、エスカと申します」


 エスカが丁寧にお辞儀をすると坑夫たちは急によそよそしい態度になった。


「はははっ、これは面白いですね。大の大人が照れてどうするんですか」


 筋骨隆々の男たちが思春期の少年に戻ったようでルゴーは思わず笑ってしまった。


「う、うるせえっ! こんなべっぴんさん見ちまったらそうなるだろうがよっ!」

「ああ。なんか神々しくて近づけねえ」

「俺の嫁もあんなだったらなあ……」

「おいおい、そんなこと言っていいのかよ。言いつけとくぞ」

「あ、それは駄目だ駄目だ。やっぱり俺にとっては嫁が一番。でもあれを一目見ちまうとどうしてもなあ……」

「みなさん、お気持ちは分かりますがどうか落ち着いてください。今日は遊びに来たのではないんです。この町の現状を変えるために来たんです」


 ルゴーは真剣な顔でゆっくりと言い聞かせてその場を静めた。場が静かになるとエスカは一歩前に出て口を開いた。


「私は昨日この町の現状をルゴーさんとともに見て回りました。そこはさきほどのみなさんの笑顔が信じられないほどに悲惨な場所でした。私はみなさんのお役に立ちたい。そのために色々とお話を聞かせてください。どんなに些細なことでも構いません」


 エスカの話を聞いて坑夫たちは顔を見合わせた。


「話すって言ってもなあ、原因は1つしかねえよな」

「ああ。それ以外にねえ」

「みんな考えることは一緒ってこった」

「あの、その原因とは? もしよろしければ私に」


 さらに一歩を踏みだして問うエスカ。坑夫たちは呆れた顔をした。


「そんなのルブールの野郎に決まってんだろ。この町を変えるにはあいつをまずどうにかしねえと。それはそこの兄ちゃんが1番よく分かってるはずだ」

「ええ。よく分かっていますとも。この胸の内が黒く焼け焦げるほどには」


 ルゴーは表情を変えぬまま両の手をきつく握り締めた。


「……では、質問を変えます。ルブール男爵について何か知っていることがあれば教えてください」


 聞かれて坑夫たちは顔を見合わせる。


「そうだなあ。飛びっきり腕の立つ暗殺者を雇ってるって話はよく聞くな」

「あ、それ俺も聞いたことあるぜ。なんでも自分に盾突くやつがいたら依頼料を払って殺してもらうらしい。実際あいつに近づいて行方不明になったやつらもたくさんいる」

「あとこれは俺たちの間じゃあ周知の事実だが、あいつは俺らの給料を限界まで減らして余った分を自分の懐に入れてやがる」

「ああ。おかげさまでこっちはクソみてえな生活を強いられてる。金で飼い慣らされた表通りの馬鹿野郎どもにもうんざりだ。あいつら俺たちを同じ人間だと思っちゃいねえ」

「阿漕なやり方しやがって。あいつはみんなから掠め取った金をいったい何に使ってるんだ」

「あいつの性格上たんまり貯め込んでるんだろうが、噂じゃ愛人を囲ってるって話だ。それも1人や2人どころじゃねえ」

「……まあ、それは少し羨ましいけどな。あいつ結婚もしてねえからやりたい放題だし」


 次から次へと出てくる愚痴や黒い噂。仮にも育ての親だというのにルゴーは全く動じなかった。


「彼がどういう人間なのか分かっていただけましたか?」

「……ええ。よく分かりました。ですがあなたにとって男爵は一応育ての親なのでは?」

「もちろんここまで育ててくれたことに関しては感謝しています。しかし彼は私を都合の良い道具としか思っていませんよ。生かしているのも万が一に備えて。もしも自分の身に何か起これば私を身代わりとして差しだすでしょう。彼と同じ一族の血を引いているわけですから」

「そんなことって……」

「もうそろそろ休憩が終わる頃です。私たちは先へ進みましょう」

「エスカ様。行きましょう。ここにいては彼らの邪魔になります故」

「……はい」


 オルベールに優しく背中を押されてエスカは先に進んだ。心にもやもやとしたものを抱えながら。

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