ハリボテの町 -1-

 クシャナ王国を出てから早2か月。王都への旅路も残りわずか。騎士団の面々ももう少しで到着だと士気を上げた。


 補給のために訪れたここはクリューグと言う大きな町。明確な支配者を持たず自由気ままに暮らす村や町と違ってここは領主が統治している。この町の領主は元々この地に住んでいた豪族で今もなお実権の全てを握っていた。


 この地で採掘される鉱石は良質で年に一度王都へ献上されていた。その見返りとして領主は男爵の爵位を与えられた。


 挨拶に訪れたエスカたちは男爵の立派な屋敷でもてなしを受けていた。到着が予定よりも遅く窓の外はすでに暗くなっていた。


「さあさあ、どうぞ召し上がってください」


 男爵は媚びた態度でテーブルに並べられたご馳走を勧める。


「ではルブール男爵。お先にいただきます」


 エスカは一言断ってから用意された食事に手をつけた。食事の席についていたのはルブール、エスカ、クロハ、センリの4人だ。エスカに続いて他の3人も食べ始めた。オルベールは同席を断り扉のそばで食事風景をじっと見守っていた。


 食事が終わるとルブールは部屋を用意して使用人に案内させた。エスカ、クロハ、センリの3人は用意された部屋にそれぞれ入った。オルベールは護衛のためにエスカの部屋の前で腰を下ろした。


 その日は何事もなく夜が明けた。朝になるとエスカたちは朝食の席に招かれた。食後にルブールからある男を紹介された。


「これは私の甥で名をルゴーと申します。両親を早くに亡くして私が引き取ったのです」

「お初にお目にかかります。エスカ王女。先の紹介の通り、私はルゴーと申します。以後お見知りおきを」


 ルゴーはその場に膝をついて敬意を表した。


「そこまでなさらなくても結構です。顔を上げてください」


 ルゴーは立ち上がって一礼した。その顔から歳はおそらく30手前だろう。


「ご滞在の間は彼に何なりとお申しつけください。細かなことでも結構ですので」

「分かりました。よろしくお願いしますね。ルゴーさん」

「はい。ご所望とあらば何なりと。最善を尽くさせていただきます」

「して、姫様。午後の予定は何かおありでしょうか? もしよろしければこの地で採れる鉱石について」

「私が町をご案内いたしましょう」


 途中で言葉を遮られてルブールは眉をひそめた。


「ルゴー。姫様は長旅で疲れておられる。屋敷で静養していただくほうが良い。外へ連れだすなど以ての外だ」

「私は大丈夫ですよ。それに丁度外へ出て気分転換をしたいと思っていたところですし」

「ではご案内いたします。どうぞこちらへ」


 ルゴーは扉を開けてお先にどうぞと促した。エスカとオルベールは彼に案内されて町へ出かけた。クロハとセンリはお留守番のようだ。


「…………」


 ルブールというと眉間にしわを寄せて今にも面白くないと言いそうな顔をしていた。


 屋敷を出て少し歩けばそこはもう表通りに面した繁華街だった。昨晩は夜の闇ではっきりと見えなかったが今は鮮明に見ることができる。王都には当然劣るが人通りは多く行商人も見受けられた。


「とても賑わっていますね」

「ええ。ここがこの町で最も賑わう通りですから。この地で採れる上質な鉱石を求めて各地から多くの人々が訪れます」

「それほど魅力的な鉱石なのでしょうね。私はまだ見たことがありませんが実際にどんなものか一度見てみたいものです」

「もしよろしければ後日採掘場へご案内いたしましょうか。そこでは研磨される前の貴重な原石を目にすることができます」

「まあ! ぜひお願いしたいです」

「では後日、姫様をそこへお連れいたします。もちろんオルベール様も」

「ルゴー殿。1つお聞きしたいことが」

「何でしょう?」


 不意に飛んできたオルベールの声にルゴーは首を傾げた。


「さきほどから我々を尾行しているあの者は何者なのでしょうか」

「えっ……」


 エスカは驚いて振り返った。しかし人通りが多くて誰が尾行者か分からなかった。


「お気づきでしたか。あれは私の監視役です」

「監視役、とは?」

「そのままの意味です。私は素行不良ですからね。悪いことをしないように見張っているんでしょう」

「ルゴーさんが素行不良……? そうは見えませんが……」


 エスカはルゴーの横顔を見ながら信じられないという表情を浮かべた。


「姫様。人は見かけによらぬものです。いくら外見が立派でも裏側までそうだとは限りません」

「……なるほど。視点が変われば見方も変わる、ということですか」


 オルベールは言葉から何かを察して納得した。


「これからお二方にこの町の本当の姿をお見せいたします」

「本当の姿ですか……?」

「はい。姫様にはぜひともこの町の現状を知っていただきたい。ですがこれはあくまで私の我がまま。もし綺麗な場所をご所望でしたらそちらへご案内いたします」

「いえ。その必要はありません。あなたの見せたいものへ私たちを案内してください」


 エスカは真っ直ぐな目で見つめるルゴーと視線を合わせた。


「分かりました。ではこちらへ」


 ルゴーは再び背を向けて2人をある場所へ案内した。賑やかな表通りの途中にひっそりと存在する路地。そこを抜けた先に衝撃の光景が広がっていた。


「こ、これはいったい……」

「姫様。これがこの町の本当の姿です」


 エスカの目の前には想像を絶するような貧困街が存在していた。


 簡易な素材で作られたあばら家と何ら変わらない家が所狭しと立ち並び、壁が剥がれようが屋根に穴が開こうが扉が壊れようがそのまま放置されていた。道幅は狭く所々水浸しで生活ごみが散らかっていた。鼻にツンとくる悪臭が漂い、不衛生な場所を好む蝿が辺りを飛んでいた。


「表通り以外はほぼ全てこのような状態です」

「……これは、あまりにも酷い」


 エスカは王都の貧民街でたびたび無償の奉仕活動をしていたがここまで酷い光景は見たことがなかった。


「私の生まれ育った環境よりも劣悪ですね。これは……」


 貧困街で生まれ育ったあのオルベールも目の前の光景に愕然としていた。


「実態を知る者がこの町のことを何と呼んでいるかご存知ですか?」


 ルゴーの問いにエスカは首を左右に振った。


「張りぼての町です。どうです? 相応しいでしょう」

「張りぼて、ですか。確かにその通りですね。表はあんなに綺麗なのに裏へ一歩足を踏み入れるとそれが虚像だったことに気づいてしまう」

「よろしければ少しだけ歩いてみませんか? ここは私がよく通う場所なので危険はないはずです」

「ええ。ぜひ」

「その温かいお心に感謝いたします。では私から離れないようについてきてください」


 ルゴーは深く頭を下げたあと、先導役となって2人を案内した。


 悪臭漂う中を歩いていると、ぼろ家の前で遊んでいた子供たちがわっと一斉に近づいてきた。彼らはあっという間にルゴーを取り囲んで純粋な目で見上げた。


「ルゴー兄ちゃんだっ!」

「今日も来てくれたんだっ!」

「ずっと待ってたんだよっ!」

「ねえねえ、今日のあれはっ!」

「おいみんな、ルゴー兄ちゃんが困ってるだろ!」

「遊んで遊んでっ!」

「昨日これ覚えたんだよっ!」


 子供たちは嬉しそうな顔でルゴーへ一斉に話しかけた。


「こらこら、一斉に喋らないでくれ。私の耳は2つしか付いてないんだから」


 ルゴーは自分の耳をぎゅっと引っ張っておどけて見せた。それに子供たちはげらげらと大笑いした。


「今日はこんなものしか持ってこられなかったが、満足してもらえるかな」


 ルゴーは懐から革袋を取りだして中身を子供たちに手渡した。それは色取り取りの砂糖菓子だった。子供たちは喜んで口に運び笑顔を見せた。


「今日はみんなに紹介したい人たちがいるんだ」


 ルゴーが体をどけると子供たちの視界にエスカとオルベールが現れた。


「わあ、綺麗な人……」

「お姫様みたい」

「うしろのおじさんは騎士みたいな恰好だね」

「でもあのおじさん、なんかちょっと怖い……」

「ふふっ。私はエスカと申します。みなさんのお名前は?」


 エスカはしゃがんで子供たち1人1人に名前を聞いた。そのうしろでオルベールは少し悲しそうにしていた。子供に怖いと言われたせいだろう。

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