ハリボテの町 -4-
翌朝。朝食の席でルブールとルゴーは深く謝罪した。そして屋敷の警備をより厳重にすることを誓った。不思議なことになぜか2人ともエスカをこの町から遠ざけるという提案はしなかった。
「……不覚でした。まさかルブールが誘拐という暴挙に出るとは思いませんでした。あれでも頭は切れるほうです。よほど追い詰められているんでしょう」
ルブールが席を立った食後の席でルゴーは開口一番に言った。
「どうして彼は私を誘拐しようとしたのでしょうか」
「申し訳ありません。それは私にも分からないんです」
「……そうですか」
「ですが彼は意味のないことはしません。何か目論見があったんでしょう」
「ときにルゴー殿。エスカ様の身を案じるあなたがなぜこの町から出ることを提案されなかったのですか?」
オルベールの鋭い問いにルゴーは何かを察した。
「……なるほど。みなさんの中では私も容疑者の1人なんですね」
「ごめんなさい。そんなつもりは……」
「構いません。私を疑わしく思うのは当然ことです。オルベール様。さきほどの問いについてですが、提案しなかった理由はずばりこの町のためです。姫様がいる今がこの町を救う最後の機会。それを逃せばもう次は訪れないと思ったんです」
「つまりエスカ様とこの町を天秤にかけた結果、この町を取ったと」
オルベールは眉根を寄せる。対するルゴーの眼差しは真っ直ぐで微動だにしない。何を賭しても譲れないものがあると言いたげだった。
「ええ。その通りです。私の言動は王族への不敬行為ならびに誘拐行為の幇助にあたるでしょうが、後悔はしていません。罰ならあとでいくらでも受けましょう。煮るなり焼くなりどうぞお好きに」
「ルゴーさん。私はあなたの計画の中では何を担っているのでしょうか?」
「……姫様には協力していただきたいことがあります。ですがこの場でそれをお話しすることはできません。盗み聞きされる可能性がありますから」
「ではどうすれば……」
「もし信じていただけるのであれば私の部屋へ。そこで全てお話します」
ルゴーは席を立って一礼してから去った。
「……うーん。どうしましょう」
「なぜそう迷う。面白そうではないか」
事情をほとんど知らされていないクロハは能天気な発言をした。
「いえ、そういう問題ではなくて……」
エスカはオルベールのほうを向いて助言を求めた。
「私はエスカ様が信じる道をともに歩みます」
しかしオルベールはあくまでエスカの意思を尊重すると言った。
「さっさと決めろ。迷う時間が無駄だ」
「……そうですね。迷うだけ無駄です」
エスカはセンリの言葉に押されて決意し立ち上がった。
食事用の部屋を出て4人はルゴーの部屋に向かった。1階の大広間に差し掛かった辺りでセンリがふと立ち止まった。みんなも合わせて歩みを止める。
「どうしたのですか?」
エスカはセンリの視線の先に目を向けた。大広間の向こう。そこにルブールの巨大な肖像画が飾られていた。現実よりも若く美化されていてもはや別人のようである。
センリはそんな自己陶酔の塊に近づいて見上げた。他もうしろからついてきた。
「なんじゃこの絵は。気色悪いのう……」
クロハは顔をしかめて小さく吐き気を催した。
「これは……ルブール男爵ですよね。何か気になる点でもあったのですか?」
「……いや、何でもない」
センリは肖像画の一点を凝視するだけして何事もなかったかのように後戻りした。3人は不思議そうな顔でそのあとに続いた。
「……来ていただけましたか」
部屋の扉からエスカたちが現れるとルゴーはほっと胸を撫で下ろした。もしものことも考えていたのだろう。
「まずはお茶でもと言いたいところですが、今はとにかく時間が惜しい。さっそくで申し訳ないのですが本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。続けてください」
「ではお言葉に甘えて。まずは今回の計画についてお話ししましょう。そのあとで姫様に用意していただきたいものがあります。可及的速やかに」
ルゴーは前置きをしてから今回の計画について事細かに説明した。
###
「……尾行されてはいないだろうな」
「当然だ。私を誰だと思っている」
時は夜。貧民街のとある廃墟に不審な人影。近づけばそれは全身ローブの2人。片方はルブール。もう片方は依頼を受ける暗殺者の中で顔は見えない。
基本的に暗殺家業の者との取引は一対一。それは報酬について同業者同士で揉めないための暗黙の了解。職業柄、抜け駆けや独り占めをする輩が必ずいるのだ。その時は結果的に報復合戦となり同業者や依頼人を殺してしまうことがある。
所詮、賤業だとはなから信用していないルブールは裏切りを恐れて複数の暗殺者を同時に雇っていた。もし自分を殺せば他の同業者が黙っていない、と牽制しているのだ。
「仕事内容については事前に文で伝えた通りだ。いつも通り手付金を除いて報酬は仕事の完遂を確認してから使いの者に届けさせる。異論はないな?」
「ああ。それで問題ない」
それを聞いてルブールは懐から手付金の入った袋を取りだした。それを相手に手渡して中身を確認させた。
「……確かにいただいた。これで契約は成立だ」
「ではくれぐれも頼んだぞ」
「待て」
暗殺者は用事を済ませて去ろうとするルブールを引き止めた。
「どうした? 今さら契約を破棄するとは言わせんぞ」
「違う。お前にはこれを書いてもらう」
暗殺者が胸もとから取りだしたのは1枚の羊皮紙。それには今回の目標と仕事内容ならびに報酬の支払いを約束するという文言があった。
「なんだこれは……」
「少し前に依頼を完遂したにも関わらず口約束だからと報酬を支払わない依頼人がいた。そいつは殺してやったが結局金は手に入らなかった。それ以降、私は依頼人にこれを書かせることにしている」
「断る。そういうものは書かないことにしている」
「一度目は失敗したんだろう? 相手がお姫様ならなおさら次は困難な状況になる。いつ町を発つかも分からない。いいのか? 時間も人員も惜しいだろうに」
「……耳早いやつめ。余計なことまで」
暗殺者はペンと羊皮紙をルブールに押しつけた。ルブールは唸ったあとに渋々と承諾しそれに直筆で署名した。
「絶対に偽るなよ」
「分かっている。……これでいいか?」
「……ああ。確かに受け取った」
暗殺者はしっかりと確認してから羊皮紙を胸もとにしまった。
###
昨晩の襲撃により屋敷の警戒を厳重にしていたが、この晩エスカたちの前に刺客が現れることはなかった。そうして何事もなく朝を迎えた。
この日、本人たっての希望でエスカはルゴーを案内役にしてオルベールやセンリとともに再び貧民街へと出向いた。初めて訪れるセンリだが、あの光景を目の当たりにしても衝撃を受けている様子はまるでなかった。
ここは先日とは違う地区で子供と老人が比較的多い場所だった。エスカはそこに住む人々と言葉を交わして切実な願いを聞いた。子供たちに人気のルゴーは彼らと遊んでいてセンリはそれに嫌々付き合わされていた。オルベールは近寄ると子供たちに怖がられるので彼らから少し離れた場所にいた。
「そろそろ次の地区へ移りましょうか。あまり長居しては迷惑になります」
「そうですね。次の地区へ行きましょう」
今の地区に別れを告げて4人は次の地区へ移動を始めた。
不衛生な汚らしい道を歩いている時、センリとオルベールは同時に足を止めた。
「あんたも気づいたか」
「ええ。そう言うセンリ殿も」
何者かの殺意を感じて2人は構えた。あのエスカでさえ嫌な気配を感じていた。
「来るぞ」
「御意」
次の刹那、物陰から一斉に敵が飛びだしてきた。白昼堂々の襲撃。それは貧民街という場所だからなのか必ず仕留めるという自信の表れなのか。彼らはみなローブを身に纏い暗器を仕込んでいた。
目に見える敵の数は5。2人はオルベールのほうへ。残りはセンリのほうへ向かった。敵は協力しているように見えるがそれは違う。誰が先に獲物を狩るか競い合っているだけだ。その間にルゴーはエスカの手を引いて安全な位置へと素早く避難した。
「フンッ!」
飛びかかってきた敵をオルベールは正面から斬り裂いた。もう1人の敵は斬られた味方を隠れ蓑にしてナイフを数本投擲した。オルベールはそのほとんどを剣で叩き落し、難しい軌道のものは紙一重で避けた。
「センリ殿ッ!」
オルベールは地面に落ちた敵のナイフを拾ってうしろへ投げた。
センリは背を向けたままそれを受け取り、刃を反転させて正面右方から迫る敵の喉もとを斬り裂いた。出血して倒れようとするその敵を容赦なく横へ蹴り飛ばしてもう1人の敵にぶち当てた。
その間に上から迫る影あり。3人目の刺客は上空から数百もの猛毒針を一度に放った。逃げ場のない針の雨。センリはその場から一歩も動かずに手をかざした。すると針の雨は頭上でピタリと止まった。
「なんだとッ!」
宙に浮いた状態で止まる針の雨を見て敵は驚愕した。そのまま地面に着地するや否やセンリは針の向きを変えて持ち主に返した。
「ぐああああああああああああああッ!!」
数百の猛毒針に全身を突き刺された持ち主は絶叫し自らの毒によって息絶えた。
生き残ったもう1人の敵は攻撃目標をエスカとルゴーに変えた。しかし不運なことにその近くにはオルベールがいた。死角から一気に迫り一瞬でその首を飛ばした。
残るは1人。圧倒的な力の差に恐怖を覚えてその者は戦いに背を向けた。
「逃がすか」
センリはナイフに魔力を込めて投げた。それはオルベールの髪を掠めて逃げる敵の首を貫き通し、雷撃を加えた。落雷のような衝撃と光が迸った一瞬。次にその姿を捉えた時はもう全身が黒焦げになっていた。
「……終わったん、でしょうか?」
ルゴーが物陰から顔を出すとなぜかセンリとオルベールが互いに近づいていた。何が起こるのかと不安げに見守るルゴーとエスカ。
手を伸ばせば届く距離まで近づいた時、
「終わりだ」
「終わりですね」
センリとオルベールは同時に言った。そしてセンリは足もとに手を向け、オルベールは剣を振り上げた。その時だった。突如として地中から誰かが飛びだした。
「ま、待ってくれッ! い、命だけはッ!」
それは息を潜めて機を窺っていた6人目の暗殺者だった。魔術を行使して地中に隠れていたようだ。
「黙れ」
「問答無用」
情けはない。センリは掌から圧縮した火炎弾を飛ばしオルベールは剣を振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます