ep.24 この世界は決して
古書堂を出たあと、エスカの提案で3人は公設の自由市場へ向かうことになった。
王都の自由市場は各都市各国から毎日多くの人々が訪れる。商人にとっては自慢の良品や珍品を武器に戦いを挑む場。民にとっては安価で物を購入するなり見たこともない品を拝むなり目と心を楽しませる絶好の場だ。
天気が良いおかげで市場はいつもより盛況だった。軒を連ねた露店の前で足を止めては商品を眺める客の姿が多く見受けられた。露店の商人たちは国に場所代として手数料を支払っているので客寄せに熱心だった。
「自由市場とはこういう場所であったか。我の国では見たことがないのう」
「自由のない国に自由市場なんてあるわけがないだろ」
「……ぬう。主は手厳しいのう」
センリの一刺しにクロハは口をへの字にした。
「まあまあ、お二人とも。せっかくですから楽しみましょう。お気に召す掘り出し物もあるかもしれません」
ローブを目深に被ったエスカは2人の間に入り背中を押して先に進むよう促した。
「おっ! そこの美しい赤のドレスを着たお嬢さんっ!」
「……我のことか?」
「そうっ! そこの可愛いお嬢さんっ! こっちこっち!」
クロハは客引きの男に捕まり露店のほうへ。エスカとセンリはその後に続いた。
「ここにある全ての品は職人による手作りっ! 一つ一つ丹精込めて作られた至高の一品だっ! これを付ければ誰もが振り向くっ! 意中の相手も振り向くっ! 恐ろしい魔族だって振り向くっ! 今ならなんとどれでも銀貨5枚っ! さあさあ、買った買ったっ!」
男が売っていたのはネックレス、ブレスレットやペンダントなどの装飾品。派手な服を着たクロハが装飾品にも興味があると睨んで声をかけたのだろう。
「……銀貨5枚」センリは呆れて呟く。
クロハはその中から1つを手に取って熟視した。どこから見ても妥協の跡はなく精巧な出来だった。素材もちゃんと値段に沿った物を使っているようだ。
「ほう。どうやら品は確かな物のようじゃな」
「当然でいっ! 大切なお客様に粗悪な品を売ったとなりゃ私の商人魂はボロボロ、国から罰金食らって涙もボロボロでいっ!」
「よう舌が回る。我の服に合う物を見繕ってくれぬか」
「承知っ! しかしそのドレス近くでよく見りゃ絢爛豪華で全く隙がねえっ! これは難しいっ! 難しいぞっ!」
「当然であろう。これは王室御用達の職人による手作りぞ」
「お、王室っ?」
「じょ、冗談ですのでお気になさらず」
素っ頓狂な声を上げた男に対してエスカは透かさず否定した。
「冗談とはこりゃ参った! お嬢さんも舌が堪能だっ! ん? そうだっ! こんなおじさんが選ぶよりもお嬢さんのうしろにいる、その格好いい兄ちゃんに選んでもらいなっ!」
男はセンリの姿に気づいて指を差した。
「……ほう。それはとても良い提案じゃ。主よ、我のためにこの中から1つ見繕ってはくれぬか?」
「断る」
「そう言わずに頼む。主はただ指を差すだけでよい」
クロハはセンリの腕を強引に引っ張って商品の前まで連れてきた。
「……それでいいだろ」
センリは目に留まったネックレスを指差した。それは赤と黒を基調とした粋な意匠で作りも非常に凝っていた。
「おおっ! この首飾りを選ぶとはさすがっ! お目が高いっ! この首飾りに付いた赤と黒の石、実はこれ北はマルゴ地方、南はラルフール地方で採れた2種類の鉱石を研磨して合わせたものだっ! それはまるで遠い地で生まれた男女が偶然出会い恋に落ちたかのような奇跡っ!」
男は両腕で自らを抱きしめて口を尖らせた。
「口上はもういい。お前もさっさと買え」
「銀貨5枚であったな。これでよいか?」
クロハは銀貨5枚を男の手に落とした。男は商売上の癖でしっかりと数えてからクロハにそのネックレスを手渡した。
「毎度ありっ! また来てくだせえっ!」
「うむ。機会があればな」
「…………」
金貨が。銀貨が。貧しい民が何日も食いつなげるだけの金が目の前で粗末に飛び交い、上辺以外の何の考慮もなく簡単に消費される。そのことにセンリはやるせなさを感じていた。
「……この世界は決して」
平等じゃない。言いかけたその言葉を飲み込んで貧しい暮らしをしていた青年は露店をあとにする。
その青年のあとに豊かな暮らしをしている2人の王女が遅れないようについていく。
「主が我のために選んだこのネックレス。大事にするぞ」
クロハはさっそくネックレスと身に付けて嬉しそうにはにかんだ。
「…………」
それを見ていたエスカは不服そうな顔をしていた。
それから3人は気の向くままに市場を見て回った。エスカは民芸品の手鏡を1つ購入してクロハはあれ以降何も買わなかった。センリはそもそも金がないので見るだけだった。
「のう。エスカ。我は歩き疲れたぞ」
「そうですね。そろそろ休憩しましょうか。向こうに公園があります」
クロハの一声で3人は休憩のために公園に寄った。
公園はしんと静かで市場の盛り上がりとは対照的だった。やはり同じことを考えるのか市場から休憩のために流れてきた人たちもいた。
3人は空いていた木陰の腰掛けに座った。丁度全員が座れる長さの腰掛けで背もたれも付いていた。
センリは大きく背伸びをし、クロハは小さくあくびをした。
「あの、少し待っていてください」
そう言ってエスカはどこかへと歩き去った。
その場に残された2人。視線の先には噴水広場で楽しげに遊ぶ子供たちがいた。噴水で水遊びをする子や走り回る子、革製の球を投げたり蹴ったりする子もいた。
「……主よ、子供は好きか?」
「嫌いだが面倒は見たことがある」
「ほう。それは意外。どのような経緯で面倒を見たのだ?」
「書物と食事、住む場所の見返りとして仕方なく面倒を見ていただけだ」
「そうか。主は義理堅いのだな」
「借りは作らない主義だ」
「くふふ。そう照れんでもよいではないか」
にやにやしながら肩をつつくクロハ。センリは眉間にしわを寄せた。
「……で、お前自身はどうなんだ?」
「我か? 我は子供が嫌いではないが、苦手ではある。純真無垢であるが故に慈悲深くなり得ることもあれば残酷にもなり得ることもある。その極端な二面性に我は幼き頃より翻弄されてきたのだ」
「猪突猛進な馬鹿には相容れない存在だろうな」
「……翻弄される立場が嫌で翻弄する立場になったが、主のせいで結局元に戻ってしもうた。でもこれで良かったのかもしれぬ」
その時クロハの足もとに球が転がってきた。それに伴って男児がこちらへ走ってきた。
「ごめんなさい。その球、僕たちので」
「よい。みなで仲良く遊べ」
クロハは拾い上げた球を男児に返した。すると男児は「うん!」と大きく頷いて再び仲間のもとへ走っていった。
「……いつか我の国もこうした穏やかな日々を過ごせるようになると良いが」
そうしてクロハは故郷の父に思いを馳せた。
「…………」
一方でセンリは手垢にまみれたくすんだ色の銅貨を指先で転がしながら物思いにふけっていた。
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