ep.15 神様ごっこは楽しかったか?

「無礼であるぞッ! ええい! その者をひっ捕らえろッ!」


 兵の1人が言ったのを皮切りにセンリを捕縛するべく周囲の兵が動いた。


「待て」


 しかし玉座からの一言に兵はみな動きを止めた。


「下がれ。我がゆく」


 兵は下がりクロハは玉座から腰を上げた。そばに置いてあった金の錫杖を手に取り、一歩一歩近づいてきた。台の端まで来るとその足を止めた。


「そなた。この国の者ではないな」

「…………」


 センリは答えない。が、クロハはその沈黙が答えだと解釈した。


「我はこの国の第一王女クロハ・エン・ローズクォーツなり。そなたが何処より来たる者なのか問いはせん。されどここでは我が法であり神である。我が前に平伏せ」

「こんなのが第一王女とは恐れ入る。この国も先は長くないな」


 センリの皮肉めいた物言いにクロハは眉をひそめた。


「今の我は実に気分が良い。平伏して誠心誠意詫びれば、その下卑た物言いは見逃してやろうぞ」

「謝るのはこんな馬鹿な真似をしてるお前のほうだろ」

「……言葉の通じぬ憐れな子羊よ」


 クロハはため息をついて錫杖を掲げた。


「みなの者ここより離れよ! かの者に神の鉄槌が下る!」


 兵の言葉で人々は慌ててその場から退避した。兵たちもまた身に被害が及ばないように大きく下がって事の成り行きを見守る。


「さらばだ。あの世で悔いよ」


 クロハは詠唱を破棄してセンリの頭上に雷の柱を落とした。術者自身も一瞬怯むほどの驚異的な魔力の放出。火花を散らす黄金の滝は轟音を上げながら辺り一帯を焼き尽くしていった。


 魔力の放出が止まった瞬間、クロハは終わったと言わんばかりの顏で身を翻した。


「……おい、もう終わりか?」


 うしろから聞こえた声にクロハは振り返り目を見張った。


 そこには完全無傷のセンリが立っていた。雷が落ちる寸前、全身を覆うようにして魔術障壁を張っていたのだ。しかしそれは彼だからできたことであって、普通の魔術師が同じことをしようものなら障壁ごと焼き尽くされていただろう。


「……到底信じられん。いったい私は何を見ているというのだ……」


 兵の1人が言った。他の兵もそれに似た心境のようだ。


「死にぞこないめ」


 クロハは内心動揺していたがそれを隠すようにして錫杖をセンリに向けた。錫杖の先端より火球が現れ、センリ目がけて射出された。センリは羽虫を払うかの如くそれを手でいとも容易く払った。


「中級魔術の詠唱破棄とはなかなか才があるじゃないか、お姫様」


 センリはクロハに向かって一歩一歩近づいていく。かつてない脅威にクロハはじりじりと後ずさりをした。


「……ッ!」


 クロハは手当たり次第に魔術を放ったが、そのどれもが手すら使わずに弾かれた。


 そしてとうとうクロハの目の前までやってきたセンリ。手を大きく振り上げると勢いよく振るった。


 バチンという乾いた音が辺りに響いた。


「な、何を……」


 クロハは打たれた頬を押さえた。


「神様ごっこは楽しかったか?」

「我を侮辱するとは。ただで済むとは思うな」

「じゃあどうしてくれるんだ?」

「こうするまでだ」


 クロハは指をパチンと鳴らした。その合図で周囲の兵がみな一斉に襲いかかったが、クロハの一撃を難なくかわした男に敵うはずもない。全員が見えない風によって吹き飛ばされた。


「もう一度聞く。じゃあどうしてくれるんだ?」

「…………。そなたの目的は何ぞ。我に何を求める?」


 クロハは長い沈黙のあと、そっと口を開いた。


「お前の歪んだ承認要求に振り回されたやつらに謝れ」


 図星を突かれてクロハはハッとしたがすぐに元の顏に戻った。


「それはできぬ……!」

「悪いことをしたら謝る。親から教わらなかったのか?」

「我は王族だ。下々の者に頭を下げるくらいならば死を選ぶ」

「強情なやつだ。ならこっちにも考えがある」


 そう言うとセンリはクロハを抱き上げて肩に乗せた。


「な、何をっ!」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」


 有無を言わさずセンリはクロハをどこかへと連れ去った。行き先はどうやら王の住まう城のようだ。


「放せ! 無礼者!」


 センリの警告も空しくクロハは罵声を浴びせながらじたばたとしていた。


 ###


 城が見えてきた。センリにとって城の守りなどあってないようなもの。軽々と城壁を飛び越えて中庭から3階のバルコニーへ。そこから城内に潜入した。


「謁見の間はどこにある?」

「下種に教えるものなどない!」

「ならいい」


 センリは一度立ち止まり意識を集中させて魔力の流れを深く感知した。エスカの魔力と似た性質の者がいる場所を見事に探り当てると集中を切って再び動きだした。


 謁見の間の入り口。センリはそこにいた門番を気絶させて扉を足で開いた。


「センリさん。どうしてここへ」


 謁見の間にはエスカとオルベールがいた。アガスティアの王族として挨拶に出向いたのだろう。


「エスカ姫。かの者はあなたの知り合いですか?」

「はい。彼がさきほどお話していた勇者の一族の末裔です」

「彼がその勇者の……」


 エスカと会話をする玉座に座った金髪紅眼の男。その男こそまさしくこのクシャナの王であった。暴虐な娘とは裏腹に父は穏やかな表情をしていた。


 センリは赤い絨毯の上をずかずかと進んでいざ国王の前に立つと、目の前にクロハを放り投げた。


「ク、クロハ……」


 国王は慌てて駆け寄ったが、手助けは不要と言わんばかりにクロハは自ら立ち上がった。


「娘の不始末。親のお前が方を付けろ」

「そなた。国王に向かってなんという口の利き方を……ッ!」

「お前は口を開くな。そもそもの原因が誰にあるのかを今一度考えろ」


 センリは魔術を行使してクロハの口を塞いだ。クロハはその閉じた口を開こうと必死にじたばたしているがまるで効果が見られない。


「勇者の一族の末裔よ。どうかクロハに乱暴はしないでいただきたい」

「こいつを黙らせるなら放してやる」

「承知した」


 センリは約束通りクロハを解放した。その途端クロハは口を開いた。


「父上! この者の言葉に耳を貸してはなりませぬ!」

「……クロハ。今はどうか静かにしてはくれまいか」

「しかしこの者は悪辣なッ!」

「頼む」

「…………」


 国王の二言目でクロハはようやく黙った。


「さあ、もう話してよいぞ」

「娘のやっていること。親のお前はどこまで知っている?」

「……一部。いや、ほとんど知っている。知っていて今まで見て見ぬふりをしてきた。民には本当に申し訳ないと思っている」

「街の現状は?」

「それも把握している。貴族が富を独占し平民が貧困に喘いでいること。その格差のせいで治安が大きく乱れていること。貴族が平民に乱暴を働いていることも」

「それだけ知っていてなぜ動かない」

「私には力がない。平和を平和に築く力が。己が手を振るえば必ずその手は血に染まり繋いだ手も同じように染まる。終わりのないそれに終止符を打つことができなければまた繰り返す。ただ繰り返すだけでも多くのものを失う。私も失った。大切な妻を」

「要は怖くて一歩が踏み出せなかった腰抜け野郎だったというわけだ」

「貴様ッ! これ以上の侮辱は」

「よいのだ」


 クロハの言葉を遮るようにして国王は言った。


「あなたのおっしゃる通り、私は腰抜けだ。……しかしこうなってしまった以上、もう何もしないわけにはいくまい。ようやく覚悟が決まったぞ。前々より考えていた策を実行に移そう」

「というのは……?」エスカが問う。

「税金の一時的な撤廃と富の再分配だ。その分で実入りの少ない国民の生活支援に回す。劇薬だがもうそれしかない」

「ほ、本気なのですか……?」


 聞いたエスカは驚きのあまり国王に再度問うた。


「本気だ。これくらいやらねば焼け石に水でしかない」

「そんなことをすれば陛下、あなたは……」

「間違いなく私の地位や命は危うくなる。特に貴族側の大反発は必至。平民側も事が起これば今までの鬱憤を支配者階級の私らにぶつけてくるだろう」


 それは実質、王族による革命の扇動。正気の沙汰ではなかった。


「それでもおやりになると?」

「二言はない」

「……そうですか」


 クシャナ国王の決断。この国の民でもないエスカはそれ以上口を挟まないと決めた。


「じゃあ、その前哨戦としてこいつを街の広場に連れていってもいいか? そこでこれまでの行いを謝罪させる」

「クロハを危険に晒さないと約束してくれるのなら構わない。娘のこれまでの行いを鑑みれば勝手な話だということは重々承知している。だがそれでもクロハは私にとっての生きがいであり、唯一残された光なのだ」


 国王がセンリに見せたのは王としての顏ではなく父親としての顏だった。


「考慮しよう」


 センリは目で合図を送って今度はクロハのほうを向いた。


「これで国王の許可はもらった。異論はないな? さあ、行くぞ」


 センリは観念したクロハを強引に抱きかかえて謁見の間を去った。扉が閉まる直前、国王はエスカに声をかけた。「エスカ姫。あなたに大事なお話があります」と。

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