ep.13 愚か者は言われて気づく
綺麗なドレスに着替えてすっきりしたエスカは階段を上がって多目的広場に行った。舞踏会や要人をもてなすためなどに使うこの場所は今日パーティー会場となっていた。立食形式で酒のつまみになるようなオードブルの料理が長いテーブルの上に数多く載っていた。
パーティー会場はすでに多くの人で賑わっていてその中には会議で見た議員の姿も見受けられた。旧王族・旧貴族や議員だけでなく軍関係者や市政に関わる者がそこに一同に会していた。
そこにセンリをいびっていた議員たちの姿は見受けられなかった。肩身が狭くなったのだろう。
エスカが会場入りすると周囲の視線が一気に彼女へと集まった。少しでもお近づきになろうと考え話しかける輩もいるようだ。
「あの、ごめんなさい」
エスカはそんな輩に対して一人一人丁寧に断りセンリを探した。途中で給仕から透明なグラスに入った葡萄水を受け取り、人々の合間を縫うように姿を探したがなかなか見つからない。
残念そうな顔でふとバルコニーに立ち寄ったエスカ。するとそこに手すりを椅子にして葡萄酒を飲んでいるセンリの姿があった。その場所は外から丁度死角になっていて光の当たらない場所だった。
夜の色に染まったセンリの横顔。エスカは居ても立っても居られずに声をかけた。
「あ、センリさん。どうしてこのような場所に」
「……なんだお前か」
月を見上げていたセンリは横を見てふうと息を吐いた。
「気分が優れないのですか?」
「なわけあるか。お前こそなぜここにいる?」
「私はセンリさんを探してここへ……。あの、もし良かったら一緒に飲みませんか? 私はその、お酒が飲めないので葡萄水ですが……」
「勝手にしろ」
拒絶されなかったことにエスカの顏は綻びた。とても嬉しそうだ。
「センリさん。あの時、私やオルベールのことを助けていただいたこと、本当に感謝しています。もしも来てくださっていなければ間違いなく死んでいたでしょう」
「だろうな。そもそもお前はあの場所で何をしていた?」
「それはその、少しでも皆さんの力になれればと傷ついた方々の怪我を治癒したり逃げ遅れた人々の避難誘導をしたりしていました。こうして一歩を踏みだせたのも全てセンリさんが私に言ってくださった言葉のおかげです」
エスカは澄んだ目で真っ直ぐにセンリを見た。センリも同様に視線を向ける。露出したエスカの手には傷が多く見受けられた。よく見れば顔にも小さな傷が。不意に覗いた足には青あざがあった。
「愚か者は言われて気づく」
「……え?」
「だが、己に気づいて挑戦した者を謗る言葉はない。父の教えだ」
「……もしかして、私のことを褒めてくださったのですか?」
「…………」
「ああ、やはりそうなのですね! とても嬉しいです!」
エスカはパッと笑顔を浮かべてセンリに詰め寄った。
「勘違いも甚だしい。近寄るな」
「……この感覚。空っぽだった心が満たされるようです」
これ以上近寄るなという意で伸ばされたセンリの手を両手で包み込むようにして握り、満たされた表情を浮かべるエスカ。これはもう無理だと悟ったセンリは葡萄酒を飲み干して無理やり手を引っこ抜き、手すりから落下して闇夜に消えた。
「……はあ、行ってしまいました。また褒めていただけるようにもっともっと精進しなくては……」
あの気難しいセンリから褒められたという甘美な刺激を味わったエスカは恍惚とした表情で手すりにもたれかかった。
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エスカの意向もあり復興の支援に1週間を費やし、旅支度に3日を費やしてようやく次の目的地へと出発する日がやってきた。丁度その前日に王都より復興のための人材を派遣するという旨の手紙も届いた。おそらくエスカたちとはどこかですれ違うだろう。
「エスカ様。オルベール殿。そしてセンリ殿。このたびのお力添えにこの都市を代表して心より深く感謝いたします。このような形でお見送りするのは誠に心苦しいのですが、次に来訪される際には必ずや復興を遂げた状態で盛大に歓迎することを約束いたします」
「私たちのことならどうかお気になさらないでください。それよりも次にここへ来ることを楽しみにしています。モルガさん、どうかお元気で」
「はい。姫様もどうかお元気で。いってらっしゃいませ」
モルガは深々と頭を下げてエスカたちを見送った。馬車が門をくぐり抜けてこちら側から見えなくなってもなおモルガは深々と頭を下げていた。
走りゆく馬車の荷台には暇そうに寝転ぶセンリとその隣に上機嫌な顔で座るエスカ。それらから少し離れて座禅を組むオルベールがいた。
「モルガさんから聞いて驚きました。1万もの魔族の軍勢をあっという間に消し去ってしまったとか。さすがですね。私も1人でも多くの方を救えるように邁進いたします」
「おい、少し褒められたからって調子に乗るなよ」
「あ、やはり昨日のあれは私を褒めてくださっていたのですね!」
「いい加減にしろ」
センリは面倒臭くなってエスカの首を掴んだ。力を込めて絞めようとしたその瞬間、脳裏に過去の記憶、エスカと重なる女の映像がフラッシュバックした。頭に例えようのない不快な痛みが走り、センリは首からふっと手を放した。エスカは驚いてポカンとしている。
「俺は寝る。邪魔をするな」
センリはエスカから顔を背けるようにして横向き姿勢になった。それをいいことにエスカはすり寄った。たとえ泥の中を這いずり回っても変えないような無垢の微笑みを浮かべて。
「ですから今後何かを成し遂げた時はまた私を褒めていただけると嬉しいです」
「…………」
センリは何も答えなかったがエスカはそれでも満足そうにしていた。その奥でオルベールは静かにそれを見守っていた。
エスカ率いる騎士団がこれから向かう先はクシャナ王国。
本来ならば国境沿いにある谷を越えていくはずだったのだが、先日の土砂崩れにより通行不可になってしまった。そのため国境を越えて迂回する道を選んだ。王国へはエスカの署名付きの手紙をモルガがすでに送っており一時滞在の許可は得ていた。
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5日間の野営を経て関所を通過しようやくクシャナ王国に辿り着いた。
エスカたちは街中をできるだけ騒ぎにならないよう静かに通過した。人々は一体何事かと不思議そうな目で騎士団の行列を見ていた。そんな彼らをよそにぐるりと囲われた高い壁の向こうにある貴族街に入った。ここに今日の宿がある。当然そこは民宿ではなく来賓用として使われているきちんとした場所だ。
「着きましたね」
エスカは荷台から降りて宿を見上げた。3階建ての建物で利用できるようにすでに明かりが灯っている。玄関先には使用人も待機していた。
エスカに続いてセンリやオルベールも宿に入った。騎士たちは必要な物資を荷台から降ろして中に運び入れた。
その夜はエスカもセンリもオルベールも騎士たちも久し振りの柔らかな寝床にぐっすりと眠れたようだ。
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