ep.12 敬愛なるラボワの民よ
「そんな……ッ!」
「エスカ様。お逃げください、とは言いません。ですからどうかこの場から一度身を退いてください」
「そうしたらオルベール、あなたは……!」
「私はまだ戦えます。それにもうじきモルガ殿も戻ってくるでしょう。エスカ様。この場より離れて少しでも体力を回復してください。全ては勝つために」
「……分かりました。ですが絶対に無茶はしないと誓ってください」
「エスカ様の約束とあらば守らざるを得ません。さあ、お早く。彼奴が来ます」
こう言えばこの場から離脱してくれるだろうというオルベールの思惑通りにエスカはその場から退避した。それで上手くいくはずだった。
「キャッ!!」
エスカの悲鳴にオルベールが振り向いた。エスカの目の前には3体目のミノタウロスが立ち塞がっていた。
「エスカ様ッ!!」
無情にもエスカへと大鉈が振り下ろされる。力を使い果たしたその体ではもう魔術障壁を展開できないだろう。オルベールはエスカのもとへ急ぐがどう見ても間に合わない。絶望の瞬間。もう終わりだとエスカは目を閉じて諦めた。
ミノタウロスの大鉈は振り下ろされて地響きとともに破砕音がした。瓦礫が飛び、土煙が舞う。そこからエスカの声は聞こえない。
「…………」
オルベールはその場に両膝をついた。その顔からは完全に生気が失われていた。
「ーーったく。面倒ごとを増やしやがって」
オルベールはハッとして声のした方を向いた。家屋の屋根の上に誰かが立っている。
「センリ殿……ッ!」
そこに立っていたのはセンリだった。そしてその腕に抱かれていたのは紛れもなくエスカ。
「……センリさん。私を助けてくださったのですか?」
「勘違いするな。散歩の邪魔だっただけだ」
センリはそのまま屋根から飛び降り、オルベールの前でエスカを下ろした。丁度その時エスカを攻撃したミノタウロスが急接近して3人の頭上へと大鉈を振り下ろした。
「……つまんねえな。それしか能がないのか」
センリはそれを指二本で挟んで止めた。続けて手を払うと鉈ごとミノタウロスの体勢が大きく崩れた。その隙を逃さずセンリは大きく跳び上がり、一回転して脳天へ踵落としを決めた。巨体は一瞬にして地面に沈んだ。その衝撃で突風が巻き起こり地表から石や砂が舞い上がった。
センリは舞い上がった石を1つ掴んで着地するや否や今度はその石に魔力を付加して投げた。一直線に飛ぶ石はエスカたちの頭上を通過してそのままもう1体のミノタウロスの頭を撃ち抜いた。一瞬の出来事。自分の身に何が起こったか理解する間もなくミノタウロスは倒れた。
2体のミノタウロスはセンリが体の埃をはたいている間にボロボロと崩れて灰化した。
「……これが、勇者の力……」
苦戦した魔族を軽々と討つ圧倒的な力。それを間近にしてエスカとオルベールは愕然とした。あの決闘で見た時のセンリとはまるで違う姿。勇者の力は2人の予想を遥かに超えていた。
「俺はもう行く。飯の時間になったら呼べ」
硬直している2人をよそにセンリはそれだけ言い残して去った。
「……オルベール。やはり私たちの旅は間違っていなかったのですね」
「はい。彼は紛うことなき、本物です」
2人はセンリの去った方向をじっと見つめていた。
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敵の増援が消滅したことで北に回していた兵たちの多くを南へ回すことができた。そのおかげか残された住民の避難誘導も敵の残存勢力の討伐も順調に進んだ。エスカたちが行なう救援活動も波乱なく続けられていた。それらはセンリが律儀にもミノタウロスのような大型の魔族を倒して回っていたおかげだということを彼らは知らなかった。
勇者の後ろ盾もあって夕刻を迎える時にはもう敵の軍勢は壊滅していた。残党は何らかの合図があったのか揃って敗走した。
すでに兵たちは戦いに勝利したと大いに喜んでいた。それは不安げな避難住民にも伝播していき、やがて都市中にそれは広がった。
都市の代表者としてこの戦いに区切りをつけるためにモルガは一旦城壁内の大広場へと向かった。そこで演説用の塔に入り階段を上がってバルコニーから歓喜する群衆の前に姿を現した。
「敬愛なるラボワの民よ! すでに存じているかもしれぬが、魔族との戦いは我らの勝利で終わった!」
その瞬間、群衆が大きな歓声を上げた。その群衆の中にはエスカやオルベールやセンリの姿はなかった。もちろんモルガのそばにいるわけでもない。モルガは3人を民に紹介しようと考え誘ってはみたが断られた。エスカとオルベールはまだ救援活動を続けたいと戦地に残った。今回の戦の立役者であるセンリは下らないと一蹴して宮殿の自室に戻った。
「しかし! その勝利は尊い多くの犠牲を払って得たものであることを胸に留めておいてほしい! そして! 魔族との戦いは終わったが、これからは復興という名の戦いが始まる! 家屋を失った者、財産を失った者、家族を失った者。彼らへの支援はさることながら行方不明者の捜索もせねばなるまい! だがそれらはとても私だけの力ではどうにもならない! して、ぜひとも協力をお願いしたい! この都市のために! この都市に住む民のために!」
モルガの演説は明日からの戦いに向けて群衆の士気を大きく高めた。
「最後に! 残念ながら今この場にはおらぬが、ぜひ紹介したい方々がいる! まずはこのアガスティア王国の第二王女であらせられるエスカ姫とその護衛を務める騎士オルベール! この方々は今回の戦に尽力し、未だなお戦地で救援活動を続けておられる! そして! 1万もの魔族の軍勢をたった1人で討った勇者の一族の末裔であるセンリ! 彼のおかげで本来ならば死んでいたかもしれない多く者が救われたのだ!」
モルガは感謝の意を表するかのように群衆に対して熱く語った。その姿はかつての小国時代の王を彷彿とさせた。その姿を遠くから見ていたダトーとガストンは2人揃って口惜しげに歯を噛み締めていた。
「今宵! 戦の勝利と追悼の意をこめて、ささやかではあるが私からみなへ酒を振る舞おうぞ!」
モルガは高らかに宣言して身を翻した。バルコニーからその姿が消えた後も群衆のモルガを呼ぶ声はしばらく鳴り止まなかった。
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辺りが暗くなり行方不明者の捜索は一旦打ち切られた。治療所では他の魔術師が役目を引き継いでエスカはオルベールとともに宮殿へと戻った。
まだかまだかと首を長くして帰りを待っていた世話役は帰還したエスカの姿を見て腰を抜かすほど驚いた。裂けてズタボロになった衣服。土や砂で汚れた顔や身体。手や足の所々に擦り傷や切り傷もある。とても一国の王女には見えない。
「ひ、姫様ッ! な、な、なんというお姿をッ!」
「そのことならお気になさらずに。それよりも早くお風呂に入りたいです」
「か、かしこまりました! すぐご案内いたしますッ!」
世話役は慌てた様子でエスカを浴場へと案内した。オルベールとはそこで一旦別れた。
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