ep.11 ともに戦い生き抜きましょう
「エスカ様。お下がりください。ここは私が」
後方のエスカにそう言ってオルベールは魔物の前に出た。ふっと息を整えた矢先、鞘から引き抜いた剣はその魔物を一刀両断した。裂けた体から黒い濃霧が噴きだし、真っ黒な灰となって崩れ散った。
ここは南門の眼下に広がる平民街。人々は兵の避難誘導に従い、魔物の少ない順路で避難地まで急いでいた。エスカたちは彼らを無事に避難させるために前線まで来ていた。
「気分はどうですか?」
エスカは得意の治癒魔術で負傷した兵たちの怪我を癒していた。
「とても……良くなりました。本当に……ありがとうございます」
さきほどまで息が荒かった兵の息はとても安らかになった。
「姫様。こちらへ」
モルガが手招きをした。エスカは治療した兵を他の兵に任せてそちらへ向かった。オルベールは注意深く周りを確認しながらエスカのもとへ急いだ。
モルガが導いた先にあったのは住民の家だった。すでに避難しているためそこに人の気配はない。
「この場をお借りして負傷した兵の治療所にします。敵の目に晒された中でやるよりは安心かつ安全です」
「良い考えですね。ここならきっと皆さんも安心して治療を受けてくださるでしょうし」
「では私は外に出て周辺を警護します。モルガ殿は?」
「私は引き続き負傷した兵を運搬します。この場所はお二方にお任せします。それでは」
少しでも時間が惜しいとモルガはそれだけ言うと外へ出て、数人の兵を引き連れてまた戦場へと戻っていった。
残されたエスカとオルベールはそれぞれの役割を果たすべく行動を開始した。
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魔族は疲弊することがないので人間は圧倒的に不利。そのため次々と患者がエスカのもとへと運ばれてきた。警護を引き受けたオルベールと兵たちは近づく魔族を次々と薙ぎ倒していくが、終わりは見えない。少しではあるがさすがに疲れも見えてきた。
「オルベール殿ッ! 右方より巨大な魔族がッ!」
兵の声でそちらを振り向いたオルベール。そこには無骨で大きな鉈を振り下ろす巨体の魔族がいた。
「グゥゥゥゥッッ!」
その大きな鉈をオルベールは剣で受け止めた。しかしその威力は凄まじくギチギチと音を立てて足が悲鳴を上げた。
「こいつは私が相手するッ! 誰かエスカ様にこのことをッ!」
それを聞いて兵の1人が治療所に向かい、他の兵は加勢に入った。
「ぐああああああああああああッ!」
「ぐうううううううううううううッ!」
「……かはッ……」
だが巨体の魔族の次の一振りで加勢に入った兵は全滅した。ある兵は真っ二つに、ある兵は大きく裂かれて大量出血し、ある兵は吹き飛ばされて壁にぶつかり気絶した。
オルベールは目の前の敵と再び相見えた。
巨体の魔族。ミノタウロス。人型でありながら牛頭の怪物。オルベール2人分くらいの大きさはあるだろうか。はち切れんばかりの筋肉を有し、非常に凶暴であることが顔からも滲み出ていた。
それでも歴戦の猛者オルベールは瞳の色を濁さず、相手より先に動いた。
「ハアッ!」
オルベールは助走をつけて腕に飛び乗り、そのまま頭のほうへ行って、素早く剣を右目に突き刺した。直後、激しく暴れて振り落とそうとするミノタウロスにオルベールは角を握って対抗した。
「まだまだァッ!」
紙人形のように振り回されながらもオルベールは左目も潰してからわざと吹き飛ばされた。上手く着地して三度目の対峙となった。
丁度その時、何も知らないモルガが戻ってきた。モルガは状況をすぐに理解した。
「オルベール殿ッ! 兵を運び次第すぐに加勢するッ! しばし待たれよッ!」
ただオルベールに伝えたつもりが、それが仇となった。
「大声を出してはいかんッ!」
オルベールは振り返り叫んだ。だがもうその時には遅かった。ミノタウロスは潰された視覚の代わりに聴覚を研ぎ澄ましていたのだ。モルガの声によって居場所を把握したミノタウロスは大きな鉈を振り回しながらモルガのほうへ突撃した。
迫りくる巨体にモルガとその兵たちは立ちすくんでいた。
「間に合わぬかッ!」
オルベールが嘆く。無骨で大きな鉈はモルガたちの頭上に振り下ろされた。その衝撃で辺りの瓦礫が吹き飛び、土煙が舞った。
土煙が晴れてそこには見るも無残な死体があった。あるはずだった。
「モルガさんッ! 大丈夫ですかッ!」
だがしかし、エスカが寸前のところで助けに入っていた。魔術障壁を展開してミノタウロスの一撃を防いでいた。
「……姫様」
自分が死んだと思っていたモルガは目の前の光景に驚いていた。
「モルガさんッ! 立てるのなら彼を連れて早く安全な場所へッ!」
そう言っている間にもミノタウロスは第二撃を振り下ろした。
「くうッ! 早くッ! そう長くは持ちませんッ!」
モルガは唇を噛み締めながら頷いて負傷した兵の運搬を再開した。
「エスカ様ッ! ご無事ですかッ!」
オルベールは背後からミノタウロスの股を潜り抜けてエスカの前に立った。
「ええ、なんとか。オルベール、あなたは?」
「ご覧の通り大丈夫です。私がここを引き受けますのでエスカ様は安全な場所へ早くお逃げください」
「いいえ。それはできません。ここで退けば治療所の方々が巻き込まれてしまいます」
「ですが」
「すでに覚悟はできていますし、ここで死ぬつもりもありません。オルベール。ともに戦い生き抜きましょう」
「…………」
今まで見たことのないエスカの勇ましい顔。それを見てオルベールは彼女の中で起こり始めた変化に気づいた。
「……ッ! エスカ様。ともに彼奴を討ち滅ぼしましょうぞ」
オルベールはミノタウロスの攻撃を受け止めて言った。その背後でエスカは大きく「はい!」と答えた。
「エスカ様。これから私は彼奴の背に飛び乗り後頸部に剣を突き刺します。そこを目がけてありったけの魔術を放ってください。詠唱の時間は稼ぎます」
「分かりました!」
オルベールは剣を地面にあてがい走りだした。キンキンキンと鳴る金属音にミノタウロスは反応して顔を動かした。剣の鞘を放り投げて壁に叩きつけると大きな音が鳴り、ミノタウロスがそちらを向いた隙に背に飛び乗った。
「……流れし悠久の雲。迸るほどに凝縮されし黄金の槌……」
エスカは魔術障壁を解いて詠唱していた。すでに最終章まで行き着いていてあとは合図があればいつでも行使できる状態となっていた。
「ハァァァァッッ!」
背に飛び乗ったオルベールはミノタウロスの後頸部に勢いよく剣を突き刺し、念押しで柄に蹴りを入れて離脱した。剣はさらに深く突き刺さりミノタウロスは大暴れし始めた。
「エスカ様ッ! あとは任せましたッ!」
「…………」
激しく動く巨体。その後頸部に刺さった剣に狙いを定めて集中するエスカ。変則的な動きから単調になり、体の軸がぶれなかったそのわずか数秒を逃さなかった。
「粉砕せよ、雷の鎚ッ!」
エスカはありったけの魔力をこめて魔術を放った。ミノタウロスの頭上から黄金色の雷が落ちてオルベールの剣に当たった。あまりの威力に周囲に突風が起きた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
激しい閃光とともにミノタウロスは断末魔の叫びを上げた。持っていた鉈を手放して苦しげに身をよじっている。
ほどなくしてミノタウロスは完全に沈黙した。全身黒こげになり膝立ちの状態だ。オルベールが小石を投げて衝撃を与えると、ボロボロと体が崩れ始めてとうとうただの灰の山となった。
「エスカ様。もう大丈夫です」
オルベールは灰の中から剣を拾い上げてエスカの元に行った。
「終わったのですね」
エスカはほっと胸を撫で下ろした。気が抜けたのかその場にへたり込んだ。
「エスカ様。よくぞここまで。その勇気と力に、この私感服いたしました」
「……ありがとう」
エスカは差しだされた手をとって立ち上がった。
「治療所へ行きましょう」
エスカは頷いてオルベールとともに治療所へ向かった。その矢先の出来事だった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
突如として謎の咆哮が周囲に響いた。エスカたちが振り向くとそこにはなんともう1体のミノタウロスがいた。仲間の断末魔を聞いて駆けつけたのだろう。
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