ep.8 追放したのはお前たちだろうが
今宵は満月。自然界に存在し魔術の源でもある魔素が最も活性化する時。それに伴って魔素を体内に取り込む全ての生きとし生けるものが普段よりも生命力を増す。
城塞都市ラボワの周囲でもその動きが見てとれた。森に暮らす動物や植物がいつもよりも活き活きとしている。その中で異質な空気を放っている何かがいた。それは黒色の全身鎧を着こなした者。素肌が一切見えないので性別はおろか人であるかさえも分からない。
その者の後ろには闇に蠢く魔族の軍勢が身を潜めていた。
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決闘明けの早朝。まだ朝日が淡い光の頃。ラボワ全域にけたたましい音が鳴り響いた。
「センリさんっ!」
バタンと勢いよく扉を開けてセンリの部屋に入ってきたのはエスカだった。慌てた様子で美しい銀の髪は寝癖だらけ。服も着崩れた寝間着のままだ。
「……うるせえな」
センリは耳を塞いで外と内の騒音を聞こえなくした。
「大変ですっ! 起きてくださいっ!」
しかしエスカに体を何度も何度も揺すられてセンリは渋々体を起こした。
「朝から何の用だ。大したことじゃなかったらぶっ飛ばすぞ」
「魔族がッ! 魔族が攻めてきたのですッ!」
「どこにだ」
「ここです! このラボワにです!」
センリはふと窓のほうへ目をやった。
「あのやかましい音はそのせいだったのか」
今現在ラボワ全域で鳴り響いているのは鐘の音。襲撃を告げる警報の音だった。
「来てくださいっ!」
「お、おいっ!」
エスカは強引にセンリの手を引っ張ってどこかへと連れていった。
連れていかれた先は宮殿内にある会議室だった。この都市の中でも地位の高い顔が多く並んでおり、その中にはオルベールの顏もあった。
「連れてまいりました」
エスカの声で会議室中の視線がセンリに集まった。
「……ほう。彼が例の」
「聞いていたよりも若く見えるな」
「いかに陛下の思し召しといえどもさすがにこれは……」
「我々は言伝のみで実際に彼の力を見たことはない。みなが疑わしく思う気持ちも分かるが今は事態が事態だ」
高い地位にある彼らはセンリを品定めするかのようにして見ていた。
「こいつらは誰だ?」
「ここにお集まりの方々はこのラボワを運営する議会の方々です」
頭をボリボリとかくセンリの問いにエスカは笑顔で答えた。その様子に1人の議員が信じられないと頭を抱えた。
「姫様に向かってなんという口の聞き方だ。礼儀もまるでなっていない。本当に彼が伝説の一族の末裔なのかね。そこらの野生児を捕まえてきただけではあるまいな」
「やめたまえ、ガストン議員」
「私はただ思ったことを言ったまでだ。言わないだけで他にも同じことを思っているやつはいるはずだ」
ガストンと呼ばれた年配の男はぐるりと目配せをした。目の合った議員のほとんどが目を逸らした。部屋の空気は途端に悪くなった。
「議長である私が議会を代表して謝罪する。申し訳ない」
さきほどガストンを止めた男がそう言って頭を下げた。その男は自らを議長と名乗ったが他のどの議員よりも若かった。歳は20代半ばだろう。
「勝手に議会を代表してほしくはありませんねえ。名前だけの議長に」
「ダトー議員……。では謝罪するべきではなかったと?」
「そうは言っていませんが。ただこの雰囲気からも感じるでしょう? この場にいる者のほとんどが彼に対して不信感あるいは不快感を抱いている」
「お言葉ですが、このような状況で素性の詮索や言動の是非を問いただすのは如何なものかと。今大事なのは彼が我々に協力してくれるという事実のみ。我々には民の命という何よりも優先すべきことがあるはずです」
「協力ねえ……。モルガ議長。あなたは本当に鈍いお人だ」
「ダトー議員。言いたいことがあるのならはっきりと言っていただきたい」
モルガ議長は小馬鹿にするような目を向けるダトー議員を睨んだ。
「かつてこの世界を脅かした魔族の王が実は勇者のなれの果てだったという話。あなたは知っていますか? 知っていますよね。ですから我々はこう考えているのですよ。勇者の一族の血を引くという彼がここへ魔族を呼び寄せたのでは、とね」
「そんな馬鹿げた妄想を……」
「彼らがここへ来たのは昨日。そして襲撃にあったのは今日。それも数百年もの間この周囲では見かけることがなかった魔族から。これを聞いてもあなたはただの妄想だと決めつけますか?」
「しかしそれで」
「違いますっ! センリさんは絶対にそんなことをしませんっ!」
モルガの言葉を遮ってエスカが声を荒げた。
「おやおや姫様。急にどうなさったのですか」
「センリさんはそのようなことをするような人ではありません。それはこの私が保証いたします。ですから彼を犯人扱いするような発言は撤回してください」
「お気に触ったのなら申し訳ありません。投獄するなりしていただいても構いません。ですが私はあくまで事実に基づいた推測を述べていただけに過ぎません」
言葉とは裏腹にダトーは全く反省しておらず皮肉めいていた。
「私はダトー議員に賛同だ。姫様には大変申し訳ないが、あまりにも怪しすぎる。これ以上何かをされる前に今すぐにでも拘束すべきだ」
流れを元に戻すかのようにガストンはダトーへ助け船を出した。
「下らない茶番なら帰るぞ」
やれやれと言わんばかりの顏でセンリは部屋へ戻ろうとした。
「おい、逃げるのか。昔みたいにまたそうやって逃げるのか」
「なんだと……?」
「聞こえなかったのならもう一度言ってやる。お前の一族はまたそうやって都合が悪くなると逃げるのか」
「……何が逃げるのかだ。追放したのはお前たちだろうが……ッ!」
血走った目のセンリは右手を前に出した。瞬間、ガストンの体が宙に浮いた。首を絞めるように手を握るとガストンの首も徐々に絞まっていく。
「ぐ……が、がが……」
「や、やめてくださいっ!」
途中でエスカがセンリに体当たりをした。2人は床に倒れ込み、魔術は中断されてガストンは解放された。
「ゴホッ、ゴホッ……オエッ」
窒息寸前だったガストンはむせながら何度も咳込んだ。
「皆さん、ご覧になりましたか? これが彼の本性です。投獄せよとまでは言いませんが隔離はすべきでしょう?」
この機に乗じてダトーは他の議員に向かって問いかけた。どっちつかずで様子を窺っていた他の議員たちはその男の空気に呑まれた。
このままでは不味いと判断してオルベールは2人を脇に抱えて速やかに部屋から連れだした。その後を追ってモルガも部屋を出た。
「私の部下に伝えたまえ。黒髪の男を見つけ次第捕らえよ、と」
ダトーは従者に耳打ちした。従者はこくりと頷いて部屋を出た。
「ガストン議員。お体のほうは?」
「大丈夫だ。危うく死にかけたが。やはり勇者の一族は凶暴だったな。教典に書いてある通りではないか」
「そうですね。この数百年で完全に浄化されたものと思っていましたが……。災厄を呼ぶあの血は必ずどうにかせねばなりません。……我ら敬虔なドゥルージ教徒としては」
ダトーとガストンは静かに目を合わせて口端を吊り上げた。
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