ep.7 私は……あなたを……
時刻は正午。天気は快晴。場所は宮殿近くの広場。剣を携えた2人の決闘者が一定の距離を開けて睨み合っていた。
謎の男センリと次期団長候補のガイアに見届け人がエスカ王女と聞いて多くの野次馬が一目見ようと詰めかけた。
「この決闘の見届け人はこの私エスカ・ロー・サンティーレが務めます。両者に最後の確認を。この決闘を有効とするならその赤い紐を腕に巻いて見せてください」
センリとガイアはためらうことなく赤い紐を腕に巻いた。それを見てエスカは真に覚悟を決めた。
「時間は無制限。双方どちらかの死あるいは降参をもって決着とします。降参する場合は武器を捨てて声を上げるか両の手を後ろに回してください」
エスカは降参の合図をあえて強調して伝えたが、最初から降参する気の全くない2人にそれは無意味だった。
「それでは……始めてください。お二人に神のご加護があらんことを」
開始の合図とともに2人は鞘から剣を抜いた。最初に動いたのはガイアだった。
「古より世界に流れし風の精霊よ。我に集い疾風の力を」
ガイアは得意とする風の魔術を行使して疾風を身に纏い、勢いよく石畳を蹴った。およそ人間とは思えない急加速でセンリに迫った。
「で、出たッ! ガイアさんの風魔術ッ!」
「行けッ! 我らが疾風のガイアッ!」
「一気に決めちまえーッ!」
野次馬の前列でガイアの部下たちが声を上げて応援していた。その熱量にのまれて周りの野次馬たちも声を上げ始めた。
急加速で間合いを一気に詰めたガイアは剣先をセンリの喉元に合わせた。そのまま行けば瞬きする間もないほどの早さで幕切れとなる。
はずだったが、センリはそれを剣で受け流した。ガイアは目を見開いて距離をとった。
「我が一太刀を受け流すとはな。認めたくはないが、貴様の実力は本物のようだ」
「口を動かす暇があるなら足を動かしたらどうだ」
「言われなくともッ!」
一瞬で決着するかに思えた決闘。しかしガイアの剣が受け流されたことによって野次馬たちはさらに盛り上がった。
「これはどうだッ!」
ガイアはセンリに向かって高速の斬撃を繰りだした。それはただ振り回しているのではなく一太刀ごとに回避の隙間を削っていく計算された技。思惑通りに誘導されて回避の隙間が狭まっていくが、センリは紙一重で最後までかわして次の瞬間に反撃の回し蹴りをお見舞いした。
「――ぐゥッ!」
ガイアは胸を強打されて後方に飛ばされたが上手く受け身をとってすぐさま攻撃の体勢に転じた。
「やるじゃねえかあの黒髪のやつ」
「あいつ一体何者だよ……」
「おいおい、もしかしてあの男のほうが強いんじゃないのか?」
「ないない。そんなわけねえだろ。だって相手は未来の団長様だぜ」
「一瞬で終わっちゃ相手に悪いからわざとだろ」
ますます盛り上がる野次馬とは対照的に騎士たちは冷や汗をかいていた。なぜなら今までの稽古でガイアの太刀筋を見切れた者などいなかったからだ。
「大丈夫か。このままで……」
「馬鹿野郎ッ! 大丈夫に決まってるだろッ!」
「ガイアさんに限ってそんなことがあるわけ……」
「いや、まさかな……」
「剣の構えもそれを活かす体の姿勢も全然なっていない。相手は剣術に関してはずぶの素人だな。勝機は大いにある」
「そうだな。見た感じ相手は今日初めて剣を握ったようなやつだ。ガイアさんが負けるわけがない」
騎士たちは互いに励まし合い、確約された勝利の応援から勝利を願う祈りに変わった。
「まさかここまでやるとはな。正直驚いた。だがしかしこれまでの私が全力だったと思うなよ。本番はここからだ」
ガイアは身に纏っていた風の一部を剣に付与した。剣に纏わりつくように螺旋状で巡る豪風。刃からごうごうと風切り音が聞こえてきた。
「姫様。この私が必ずあなたを救ってみせます」
その言葉の直後、ガイアは再度石畳を蹴ってセンリに突っ込んだ。さきほどとは比べ物にならない急加速で余所見をしていたセンリは剣で受け流さずに受け止めた。
「まだだッ!」
剣に付与された豪風は刃となってセンリを襲った。鎌鼬のようにセンリの全身が切り刻まれていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ガイアは雄叫びとともに剣の圧を強めていく。受け止めるセンリはじりじりと後方へ押されていく。
「お前の負けだあああああああああああああああああッ!!」
勝った。ガイアの勝利だ。野次馬や騎士たちがそう思った次の瞬間、
「――ぐあああァッ!」
ガイアは大きく弾き飛ばされた。数秒ほど浮かび地に触れると、石畳を削るかのようにして幾度も回転を繰り返してようやくその体は止まった。
ついさきほどまで声で溢れていた広場は一瞬にして静まり返った。
「……ぐッ、一体何が起こった……」
刹那の出来事に困惑しながらもガイアが重い体を起こすと、そこにはすでに男が立っていた。見下ろす男の目は冷酷だった。
センリはガイアの首を掴んで持ち上げた。
「……参ったと言え」
「だ、誰が言うものか」
人から悪魔へ。そんな変わり様にガイアは驚いたが決して屈さなかった。
「ならこうするまでだ」
「ぐッ、一体何をする気だ……ッ」
突如としてガイアの両腕が動いた。それはガイアの意思に反していて抗うことのできない強制力があった。操り人形のように動かされる両腕は後ろへと回った。
「きッ、貴様ッ!」
意味を理解してガイアは必死に抵抗したが、それは激流の流れに逆らうようなものであり意味をなさなかった。
ガイアの両腕は完全にうしろへと回り、それにいち早く気づいたエスカは大声で言った。
「決闘者ガイアの降参によりこの決闘は決着としますっ! 勝者は決闘者センリっ!」
その瞬間、センリはガイアの首から手を放した。解放され力なくその場に倒れ伏したガイアは圧迫されていた喉元を押さえて大きく咳込んだ。
「俺の勝ちだ。約束通り一つ言うことを聞いてもらう」
「…………」
一体何が言い渡されるのかとガイアはごくりと唾を飲み込んだ。
「今日で騎士を辞めろ」
「……ッ!!」
思わず耳を疑った。それほどガイアにとっては衝撃的な言葉だった。
「それだけだ。じゃあな」
センリは剣と鞘を雑に放り投げて宮殿の方向へ歩きだした。それと入れ替わりで向こうからエスカとオルベールがやってきた。顔面蒼白のガイアを見て2人は慌ててそばまで近づいた。
「ガイア! 大丈夫ですか! しっかりしてください!」
「あ……あ……」
ガイアは虚脱状態でまともに言葉すら話せぬ人形のようになっていた。
名門貴族の長男であるガイアは幼き頃より英才教育を受けて育った。自身も才能に恵まれて他とは一線を画す特別な存在だった。たった一度の挫折もなく常に期待以上の成果を上げてきた。
そんな男が人生の道しるべとして選んだのが騎士であった。王族を守り厳格な騎士道を極めるという崇高な仕事。いつしかそこに人生の意義を見出していたガイアにとって騎士であることを奪われることは人生を奪われるに等しかった。
「……姫、様……。私は……あなたを……救えなかった……。それ、どころか……私は騎士ですら……なくなった……」
悔し涙を浮かべながら噛み締めるように話すガイア。
「私のことはよいのです。それよりも先に傷の手当てを」
エスカは患部に治癒の魔術を使った。自然治癒力を強引に高めて傷を治していく。元々傷自体は浅いので特に問題もなく治療は終了した。
「姫様。騎士の私としての……最後のお願いがあります」
「最後だなんてそんなことを言わないでください」
「……どうか私のことを忘れてください」
ガイアはそう言いながら立ち上がり、空虚な背中を見せながらどこかへと歩いていく。
「ガイア! 待ってください!」
「エスカ様。これ以上、敗者に鞭を打つのはおやめください。今のあなたの存在と言葉は彼にとって毒でしかないのです」
オルベールは後を追おうとするエスカを手で制しながら言った。
「生きてさえいれば、やり直す機会はいくらでもあります。ですからここは静かに見送りましょう。彼の背中が見えなくなるまで」
「……そんな……」
エスカはまたしても何もできなかった自分の無能さを悔いた。
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