無料でお金が手に入る小屋

ちびまるフォイ

お金の争奪戦

病床の親の世話をしている男は、自分が職を失ったことを打ち明けられずにいた。


「ごほごほっ。すまないねぇ」

「いいんだよ母さん」


お金を得る手段を失った男は職につこうとするものの、

どこへ行っても門前払いで生活は苦しくなる一方。


沈んだ気持ちで裏路地を歩いていると、ボロいプレハブ小屋を見つけた。

小屋の前には手書きの看板が立てかけてある。


『無料でお金あげます』


男は「そんなバカな」と鼻でせせら笑った。

面白半分で小屋に入ると、中には身の丈ほどある機械だけがあった。


押す、と書かれたボタンを指で押し込むと

指紋認証のあとで取り出し口からお金が出てきた。


「……うそだろ!?」


本当にお金が手に入ってしまった。

すかしや手触りをいくら確認しても素人目には本物にしかみえない。


男は銀行にいって偽札かどうかを精密にチェックしてもらったが、銀行員はさも当たり前に答えた。


「こんなのどう見ても本物じゃないですか。どうして偽札だと思ったんですか」


「まじか……」


男はその鐘で親への薬を買って帰った。


「どうして薬がこんなに手にはいったんだい?」


「母さんは気にしなくていいことだよ」


男は翌日もあのお金小屋へと足を運んだ。

入り口のところには怪しむような顔で中を覗き込む人がいる。

男も昨日はこんな姿だったんだろう。


ボタンを押してお金を手に入れた。

もう一度押して見るが、今度は出てこない。


「……ちぇっ。1日1回ってことか」


男がお金を手に入れた様子を見てた外の人は、

入れ違いに小屋に入ってお金を手に入れていた。


男は手に入れたお金で薬を買って帰った。



その翌日も男はお金の小屋へと向かうと、すでに行列ができていた。


「本当にお金がもらえるんだって」

「偽物じゃないよね?」

「友達に聞いたんだけど、本物だたんだって」


誰もが目を「¥」にし、揉み手をしながら自分の番をまっている。

男は自分が到着するまでにお金が尽きないか心配したものの、なんなくお金を手に入れた。


ちょうど自分の後ろでお金が尽きて、

『本日の営業は終了しました』と機械に表示されていた。


男はお金を持っていつもの病院へと向かった。


「先生こんにちは。いつもの薬を買いにきました」


「ああ、わかった」


医者は薬の小瓶を取り出して値段を告げた。

それは昨日よりも倍額で男は驚いた。


「先生なんでこんなに高いんですか!?

 こっちが薬がないとやっていけないのを知ったうえで

 足元見て値段を釣り上げてやろうってはらですか!?」


「人を死の商人あつかいしないでくれ。ちがうんだ。

 どういうわけか、他の薬もたくさん売れてしまってね。

 材料を入手するのもひと苦労で高くなってしまってるんだよ」


「こっちには病床の母がいるんですよ」


「今までこんなことはなかったから驚いているんだよ。

 高い薬もバンバン買われるから、なにかあったのか……」


「まさか……!」


男の思い当たるふしはひとつだけあった。

翌日もあのお金小屋にいくと、昨日以上のひとだかりができていた。


「原因は絶対コレだ……」


お金を手にした人たちがすぐに使ってしまうことで品薄になってしまったのだろう。

小屋の前に密集した人たちはすでに横入りを恐れて行列すらできていない。

なだれ込むように小屋に人たちはボタンを押してお金を取り出していく。


「おいてめぇ! 俺の引き出した金だぞ!」


横取りしようとした人間は小屋をぐるりと囲っている人たちに蹴り殺されていた。

まるでバーゲンセールのような荒々しいお金争奪戦が始まっている。


暴徒にも見える集団を見て男が尻込みしていると、

まもなく機械からは『本日の営業は終了しました』と表示された。


「んだよ、今日の分終了だってさ」

「ケチくさいな」

「もっと用意しておけよ」


お金目当ての人たちは無料でお金を手に入れるのが当然で、

それができなかったことに文句をいいながら去っていった。


男はこの日初めてお金を手に入れられなかった。


「この調子じゃ明日も……」


男はその日家に帰らずに小屋の前で一夜をあかした。

日付が変わった直後、誰よりも早く小屋に入ってお金を引き出した。


「やった! 今度は手に入れた!」


他にもいた深夜待機組はつぎつぎにお金を取り出していく。

日が昇ると、大量の人が押し寄せて小屋は斜めに傾いた。


けれど深夜段階で『本日の営業は終了』になっているのを知るや、

口汚く罵ったり、周囲でケンカなどが始まったりした。


男は巻き込まれないように一刻も早く立ち去った。


「先生、薬のお金が用意できました」


「……そうですか。ではこちらをお支払いください」


「この値段……前よりずっと増えてるじゃないですか!?

 こんな価格じゃとても買えませんよ!」


「すでにこの原材料は争奪戦。オークション状態なんです。

 私どもも人の命を救うためにはお金が必要なんです」


「そんな……もっと……もっとお金を用意しないと……」


男は手元の金を握りしめて、またお金の小屋の前へと戻った。


小屋の前には昨日よりもずっと多くの深夜待機組が目をギラつかせていた。

中には用心棒として裏稼業の人を雇っている人もいる。


「俺は絶対に金を手に入れなくちゃいけないんだ……!」


日付が変わるや、小屋へ一気に人がなだれ込む。

もみくちゃになりながらお金を引き出せるときもあれば、奪われたりすることもある。


男はすでに自分用のお金を引き出すには足りないので、

他の人が引き出したタイミングを狙って横からかっさらっていった。


小屋の中と外で繰り広げられる乱闘レベルの大争奪戦にあけくれた。


なんとかお金を工面した男は病院へ向かった。


「先生……薬を……薬を売ってください……」


「その顔、どうしたんですか!? ボコボコじゃないですか!?」


「お金を持ち出そうとしたときにギャングに捕まって……」


「早く治療しましょう!」


「いいえ……治療すると薬を買うお金がなくなっちゃう……薬を……」


「もうお金なんていいですからこの薬を持ってってください!」


男はタコ殴りにされながらも必死に守り抜いた虎の子の金を使わずして薬を手に入れた。

痛む体を引きずりながら、久方ぶりに家に戻った。


「ただいま。遅くなってごめん、やっと薬を手に入れたよ……」


待っていたのはすっかり冷たくなった母親の姿だった。

病気ではなく自分で命を断っていた。


残された遺書には、男が家を空けがちになった原因を自分への世話疲れだと思い込み、息子の負担を減らそうと命を絶ったことが記されていた。

最後の文にはひたすらに「迷惑かけてごめんね」と謝り続けていた。



男は持っていた薬の小瓶と大量のお金を足元に落とした。

それ以来、お金の小屋に近づくことはなかった。

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