8-4 彼女の思い出
電車に乗って変える部長たちを改札まで見送る。
「それじゃあ私はここでぇ」
「ありがとうね、南穂くん。僕は逆方面だから。遠藤くんもしっかりやりなよ」
「はぁ、お疲れ様でした」
「遠藤さんはぁ帰らないんですかぁ?」
「ええ。ちょっとブラついていこうかなと」
「じゃあお疲れ様でしたぁ。メリークリスマぁス
二人の姿が見えなくなって、僕は深くため息を吐いた。
何だか疲れたな。
本当は一緒に帰っても良かったのだが、何だか一人になりたい気分だったのであえて残ることにしたのだ。
ブラついていく、と言ってしまったので少し散歩する。
駅を出て少し歩いたところに繁華街があった。
普段仕事の時はここまで来ないから物珍しさを感じる。
たくさんのカップルが笑顔で歩いているのを眺めながら、何気なく道を歩いた。
いたるところにクリスマスイブの装飾がされており、イルミネーションも美しく映えている。
「プレゼントか」
って言っても、崎山さんはどんなものを喜ぶんだろう。
考えてみれば今まで彼女が何を好きなのかとか全然聞いたことがない。
過去のことは知ることが出来たけど、それだけが彼女の全てではないのだ。
僕は思っている上に崎山さんのことを何も知らないらしい。
この半年以上、ずっと一緒にいて近くで見てきたのに。
僕は全然彼女に向き合えていなかったのかも知れない。
「そりゃ呆れられるよな」
イブに似つかわしくない重い溜息がこぼれ出る。
どんどん気持ちがネガティブになってきた。これはよくない。
すると、不意にどこからか視線を感じた。
不思議に思いキョロキョロと見渡すと、ジュエリーショップが目に入る。
店先に見覚えのある人物のポスターが張ってあり、目があった。
アイドルであり我が家のお隣さんの真澄レムだ。
視線の正体はこのポスターらしい。
このポスターは……以前見たことがある。
たしかあれはそう。
崎山さんと買い物に行った時だ。
※
「見て、遠藤くん。メスブタの写真があるわ」
「メスブタって……真澄さんじゃないですか」
12月の頭頃……崎山さんの実家から戻ってきて数日経った週末のことだ。
家で宅飲みをしようと言うことになり、駅前のスーパーで適当にツマミを買ったのだ。
帰り道にたまたまポスターを見つけ、崎山さんがいつもの毒舌を吐いた。
知り合いをメスブタ呼ばわりするのはやめて欲しいと思いながら目を向ける。
ポスターが張られていたのは、街中にあるジュエリーショップだった。
小規模な店の店頭に、確かに真澄レムのポスターが貼られていた。
ポスターに映り込む真澄レムは、いつものだらしない表情ではなくどこか大人っぽさを出していて。
オシャレなデザインの指輪を身に着け、カメラにそっと手を差し出していた。
「ふーん……『美しい女性にふさわしい輝きを』ですって。普段ビール飲みまくってぐでんぐでんのクセに生意気ね」
「まぁ否定は出来ませんけど」
崎山さんはじっと店頭のポスターを睨みつける。
「今流行ってわよね、このブランド」
「へぇ」
全然知らなかった。
「崎山さんがジュエリーのブランドをチェックしてるなんて意外ですね。アクセサリとかつけるんですか? 装飾品とかつけるイメージないですけど」
「まぁ、あんまり普段つけないわね。実際持ってないし。私がオシャレするように見える?」
「ラフな格好してるイメージしかないですね……」
考えてみればいつもデニムとトレーナーとかで最低限の服しか着ていない気がする。
無頓着という訳ではないのだろうが、着飾るタイプでもないのだろう。
ただ、彼女ほどの美人がちゃんと服装に気を使えばさぞかし見栄えすることは想像に固くなかった。
「アクセサリーねぇ」
崎山さんは何となしに呟くと、チラリとこちらを見る。
「好きな人からもらったアクセサリだったら、つけてもいいかもしれないわね」
※
あの時は意味深なセリフにドキッとしてあまりよい返事が出来なかった。
改めて、あの彼女の言葉の意味について考えてみる。
もし、崎山さんが僕のことを好きなのだとしたら。
僕は、何か身に付けられるアクセサリを渡してあげたいと思う。
でももしこれが僕の勝手な勘違いだとすれば。
好きでもない男から装飾品を渡されることなど迷惑でしかないだろう。
その懸念が、僕の行動を鈍らせていた。
――相手に日頃の感謝や想いを伝えるチャンスだ。
部長の言葉が不意に思い浮かんだ。
「お礼か……」
この一年間、崎山さんにはたくさん助けてもらった。
こうして今も、崎山さんと一緒に過ごせるのは嬉しいし、これからも一緒にいてほしい。
何かを誤魔化したり隠したりせず、ただ正直にそう伝えればいいじゃないか。
そうすればきっと、彼女も……いや。
彼女だったら分かってくれる。
そんな気がした。
店の中に入る。
僕以外に客はおらず、すぐに女性の店員が僕に「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれた。
僕はあらかじめスマホで撮っておいた表のポスターの画像を映し出す。
「すいません。表に貼ってあった真澄レムの指輪が欲しいんですけど」
「サイズはどうしましょう?」
「サイズ……?」
言われてハッとする。
間抜けなことに僕は崎山さんの指輪のサイズも知らなかった。
当然サイズが違うと指輪をハメることは出来ない。
すると僕の表情を見て察したのか、店員がそっと奥からもう一つアクセサリを取り出してくれた。
「もし指輪のサイズが分からなければ、代わりにブレスレットはどうですか?」
見覚えのあるブレスレットだった。
ブランドロゴが刻まれたシンプルなシルバーのリングで、それ故に使い勝手が良さそうだ。
「真澄レムが宣伝している同ブランドのブレスレットですよ。ほら、さっきの画像でもつけてます」
言われて見ると、確かに撮影した真澄レムのポスターの腕にシルバーのリングがついていた。
指輪の宣伝ポスターだと思っていたから全然気づかなかった。
「こちら、男女問わず人気あるんですよ。先日も女性の方が同居人のプレゼントにって買っていかれたんです」
「確かに、悪くないかも」
デザインも良いし、つけても邪魔にならないだろう。
崎山さんのシンプルな服装にも似合う気がした。
「じゃあ、これを下さい」
「お買い上げありがとうございます」
僕が言うと、店員は笑顔で手際よく商品を包んでくれた包む。
「彼女さんへのプレゼントですか? 喜んでくれると良いですね」
「あー……それについて、ちょっとお尋ねしたいんですけど」
「何でしょう?」
「彼氏でもない人からいきなりこれ渡されたらどう思います?」
「えっ?」
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