7-4 気まずい再会
崎山さんの家はかなり大きな和風のお屋敷だった
周囲を塀で覆われ、立派な和風門が設置されている。
京都らしい、由緒ある家……と言う印象だった。
それなりに年月が感じられる外観から見ても。
崎山さんはここで生まれ育ったらしいと分かる。
「さぁさぁ、上がってくださいな」
「はぁ……」
咲さんに言われるがまま、流されるがまま家に上がらされる。
「本当に良いのかな……」
迷いながらも玄関で靴を脱ぎ、居間へ。
ギシリギシリと廊下の床板がきしんだ。
家族の許可を得たとは言え、何となく上がることには抵抗があった。
これってやってることストーカーと変わらないのでは。
と言うか僕はストーカーなのでは……。
自己肯定感が薄れていく。
それにしても。
崎山さんはこんなしっかりした家柄の娘なのに、あんな巨大な荷物担いで見知らぬ男の家に押し掛けたのか。
信じられない気持ちでいっぱいだ。
元々だいぶ破天荒な人だとは思っていたが、想像を超えてきた。
「えっと、他のご家族の方は……?」
「今いるのは私だけね。夫と二人で暮らしているの」
「お子さんは……蓮さん一人だけなんですか?」
「ええ」
「やっぱりそうなんだ……」
普段の生活からして暴虐武人なあたり、いかにも典型的な一人っ子という感じだ。
……などと言ったら全国の一人っ子の人たちに怒られそうではあるが。
僕が呟くと咲さんは小首を傾げた。
「やっぱりって、どうしてそう思ったの?」
「いや、何というか……蓮さんは自由人な感じがあるので」
「あら。他の人と暮らしていてもそんな感じなのねぇ」
その言葉にギクリとする。
「ということは、僕と崎山さんが同棲していることは……」
「知ってますよ、当然」
飄々とした顔で彼女は答えた。
果てしなく気まずい。
「崎山さん――蓮さん、話してたんですか?」
「居候してるとは聞いてたけど、男の人の家とは言ってないわね」
「じゃあどうして?」
彼女は鼻を指差す。
「匂いで分かるの。勘みたいなものかしら」
匂い、と聞いて崎山さんが思い浮かぶ。
崎山さんも、何かと匂いで物を判別していた。
この人もサキュバスなんだよな。
崎山さんが夢見町に来たのは、この人がきっかけだったはずだ。
夢見町に行ったサキュバスは幸せになれる。
母親から聞いたその逸話を信じて、崎山さんは夢見町に来た。
「一応住所は教えてもらっていたのだけれど。帰ってきたと思ったら、全然知らない男の人の香りをプンプンさせてるんだから驚いちゃった」
崎山さんもそうだが、母娘してかなり鼻が利くのだと分かる。
「や……本当にやましい関係じゃないです。ただの同居人で、お付き合いとかは全然」
「あらぁ、私はてっきりもう相手を見つけたと。我が娘ながらやるじゃないって思っていたけど、やっぱりダメねぇ。奥手だからいつまで経っても彼氏がいなくて」
「そうなんですか?」
「えぇ。昔から何度か告白はされていたみたいなのだけれど、いっつも断ってばかりで。あの歳にしてはずいぶん
「へぇ……」
思わず前のめりになっていたらしい。
不思議そうな顔で見つめられて、僕はハッと意識を戻した。
何か話題を逸らさねば。
「そう言えば崎山――えっと、蓮さんは?」
「いまお父さんのお見舞いに行ってるんです」
ハガキのことを思い出す。
確か、父親が病院に入院したんだったか。
「容体は大丈夫なんですか?」
「全然大丈夫ですよ。だって――」
彼女が何か言いかけたその時。
「信じられないわあのおっさん。まさかズッコケて骨折したなんて」
聞き覚えのある声と共に、玄関の扉が開く音がした。
ドスドスと怒りを孕んだ足音共に、リビングに崎山さんが姿を表す。
僕を視認した崎山さんは、一瞬だけ目を見開くと。
やがて状況を察したように、口の端を吊り上げた。
「もう一人信じられないやつがいたわね……」
「ど、どうも……」
射抜かれるような視線の崎山さんに、何とか手を振る。
「お母さん、警察。不法侵入よ。ここにストーカーが居るわ」
「家に押し掛けた人がそれを言いますか。ストーカーじゃないです。一応」
「おかえり、蓮」
僕らの応酬を、咲さんが一声で黙らせる。
「遠藤さんはあなたを心配してわざわざ会いに来てくれたの。そんな言い方したらダメでしょう」
「だからって何で家に上げるのよ」
「成り行きよ。駅前で偶然助けてもらって。とても誠実な人だったわ。お父さんとそっくり」
「お父さんのどこに誠実さがあんのよ……」
げんなりした様子の崎山さんは、顔をしかめると。
ジト目で僕の方を睨んできた。
「……仕事は?」
「有給取りました……」
「どうやってここを知ったの?」
「実家の住所が書いたハガキがあったので、それを頼りに」
僕は鞄から、例のハガキを取り出す。
それを見て崎山さんは眉間を指で押さえた。
「ミスったわ。持って帰っとけば良かった。何で来たのよ」
「何の説明もなしにあんな置き手紙されたら心配するでしょ」
「だからって普通実家に押しかけてくる?」
「仕方ないじゃないですか。連絡もつかないし」
「色々バタバタしてたのよ……」
ドッと力が抜けたのか、崎山さんはL字型に配置されたソファに座った。
僕も少しだけ距離を取って座る。
「相談なしで帰ったのは悪かったわ。だからって、普通家に来ないでしょ」
「出ていったのかと思って。だから、せめて話し合いたかったんですよ」
「出ていく訳ないじゃない……」
何故か崎山さんは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
呆れている様子だったが、僕は彼女の言葉に内心安堵する。
どうやら僕に嫌気がさしたわけではないらしい。
とは言え、今回の件で嫌気がさしてもおかしくない訳だが。
何となく気まずい沈黙が漂うと。
不意に、咲さんがパンッと手を叩いた。
「まぁ、せっかく来てくれたんだから。まずは一緒にご飯でも食べましょう」
「あのねえ、お母さん。遠藤くん遠方から来てるのよ?」
「泊まれば良いじゃない」
とんでもないこと言い出した。
僕と崎山さんはギョッとするが、咲さんは子供のように無邪気だ。
「ねっ? 良いでしょう? 遠藤さん」
「はぁ。大丈夫ですけど」
「ちょっと遠藤くん!」
「良いじゃない、蓮。遠路はるばる来ていただいたんだから、おもてなしくらいしなきゃ。
そう言う咲さんは、一人でキャッキャッとはしゃいで台所の方へ歩いて行く。
僕と崎山さんは、何となく顔を見合わせた。
「あれ、楽しんでますよね?」
「そう言う性格なのよ……」
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