7-3 僕たちの関係
晴れ渡った空、秋の気配が漂う街を抜け。
僕は新幹線に乗っていた。
『
お父さんが入院しました。一度顔を見に来てあげてください。
母より』
僕の手には、そう書かれたハガキがあった。
裏面には、一軒家らしい京都の住所。
それはきっと、崎山さんの実家だ。
以前、崎山さんは遠方からこちらに来たらしいと言うようなことを言っていた。
普段は標準語なのであまり意識しなかったが、彼女は関西の生まれなのだ。
「今日が連休で良かったな……」
何となく外の景色を眺めながら呟いた。
崎山さんが手にしたハガキ。
あれはきっと、実家から届けられたものだったのだろう。
近況を記したものらしいが、その中に父親が入院したと書かれている。
それで崎山さんは、実家に帰ったんじゃないだろうか。
それにしても崎山さん、京都出身なのか。
京都の人ってもっとつつましいというか、はんなりしているイメージがあったが。
方言も言わないし、言いたいことはズケズケ言うし。
京都のイメージはおよそなかった。
思えば、崎山さんのことはずっと謎だった。
そもそも出会いからして意味不明だった。
突然サキュバスだとか言い出すし。
そもそもサキュバスって何なのか、分からないことも多い。
僕が夏祭りに神木神社で見た夢が事実だとすれば、性を司る女神の子孫だということになるが。
感情があらぶったり、酔っぱらったりすると力が暴走し。
時に悪魔のようなしっぽが飛び出ることもある。
現代社会において、そんな荒唐無稽な話がまかり通るとは考えがたい。
普通には信じられない話だ。
でも、実際に僕はサキュバスと生活をしてきた。
僕と崎山さんは、成り行きで一緒に暮らし始めた関係だ。
でも、いつの間にか彼女は僕にとって特別になっていた。
いないと寂しいし、そばに居るだけで心が満たされる。
そんな相手になっていたのだ。
今は崎山さんと一緒に居たいとそう願っている。
それにしても。
「お父さんが入院したなら、そう言ってくれたら良かったのに……」
連絡もしてくれない。
電話にも出てくれない。
何の音沙汰もなかったのが、ただひたすらに気になる。
僕に愛想をつかしていて、この機会にと本当に出ていったのだとしたらどうしよう。
「今は深く考えるのはやめよう……」
これ以上考えると落ち込んで何も出来なくなる。
せめて、崎山さんから決別の言葉を聞くまでは、この状況に納得したくない。
京都駅で電車を降り、いくつか電車を乗り継いだ。
崎山さんの実家は、ずいぶんとひなびた場所にあるらしい。
地図で調べると、結構滋賀よりなのだと気づいた。
もう数駅行けば、すぐに滋賀に入ってしまう。
京都駅の辺りは大きな建物が目立っていたが、電車を乗り継ぐにつれてひなびた景色に移行した。
京都って確か景観条例があるんだっけ。
建物の高さなどに制限があるらしい。
もっと都会的なイメージがあったから、意外と田舎なのだなと気づく。
ここが崎山さんの生まれ育った場所なのだ。
居酒屋街も特に見当たらない。
崎山さんほどお酒が好きなら、夢見町みたいに居酒屋がある場所を見つけたら飛びつくのも無理はないのかもしれない。
彼女が飲み歩きをするのも、そうした背景があるのだろう。
勝手に色々推察した。
やがて、ようやく彼女の実家近くの駅へとたどり着いた。
降り立って改札を抜け、駅の外へ。
思った以上に駅前は賑わっている印象だ。
歩くと、小さなお店が沢山立ち並ぶ一帯に入る。
スーパーに本屋や小さな商店なども立ち並び、なかなか人の姿も多い。
そこまで来て、ふと足を止めた。
「勢いだけでここまで来たけど、よくよく考えなくても、やってることマズイよな……」
これはストーカー呼ばわりされてもおかしくない事案だ。
今までは「まぁ大丈夫だろう」くらいの感覚だった。
と言うよりは、頭に血が昇って行動していた気がする。
でも実際に崎山さんの家が近づくにつれ、徐々に血の気が引けて冷静になってきた。
彼女からしたら、ちょっと実家に帰っただけなのにわざわざ同居人が追いかけてきたのだ。
流石に怖いだろう。
しかも僕は男。
女友達が来るのとは訳が違う。
「やっぱり帰ったほうが良いかな……」
僕が一人で日和っていると――
「あらぁ、どこ行ったのかしら……」
不意に横から女性の声が聞こえてきた。
どうしたのだろうと目を向けると、恐ろしく美しい女性が立っていた。
あまりの美しさに、思わず息を飲む。
少しだけ崎山さんの面影があった。
いや、まさかね。
美人には共通点も多い。
かなり若い人だ。
20代か、30代前半だろうか。
でもどこか、大人の女性の色香も感じる。
女性の表情は、あからさまに困っていた。
「あの、どうかしたんですか?」
気になって声をかけると、「あら、ごめんなさい」と頭を下げられる。
おっとりとした人だなと言うのが、第一印象だ。
「実は探し物をしていて」
「探し物?」
「そんな大したものじゃないんですけど」
「何でしょう」
「スマホです」
大したものだった。
「落としたんですか? スマホ」
「ええ、駅から出た時はあったんですけど」
「トイレとかで置き忘れたとか?」
「いえ、改札でピッてしてから、まっすぐ歩いてたので」
逆にどうやって無くすのか気になるシチュエーションではある。
「あの、よかったら電話かけましょうか? 上手く行けば見つかるかも」
「お願いしていいですか?」
女性が僕の電話に番号を打ち込む。
するとすぐ近くからブーッと振動音がした。
草むらの中からその音はしている。
「ありましたよ」
「よかったわ見つかって。さっき転けそうになったから、その時手を話してしまったのね……」
なかなかにドジっ子属性のある人だな、などと感じた。
「本当によかったですね。念の為、使わせてもらった電話番号消しておきますね」
すると女性は不思議そうな顔をした。
「あら、どうして?」
「いや……だって知らない人に番号知られるの嫌じゃないですか?」
「確かに。あなた、気遣い出来るのねぇ」
「ははは……」
少し心配になるレベルで間の抜けた人だ。
その時、彼女はふと僕のスマホに目を落とし、何か見つけたように目を見開いた。
「あら、あなたその画像」
「えっ? 画像?」
言われて画面を見てみる。
スマホの待ち受け画面が映っていた。
崎山さんと僕で夏祭りに行った時、夢ちゃんが撮ってくれたものだ。
何だか嬉しくて、ずっと待ち受けにしていた。
「友達と一緒に撮った写真なんです」
「あなた、
「
そこでハガキのことを思い出す。
そう言えば崎山さんの下の名前は
すると女性は「あらあらあら」と嬉しそうに口元を緩めた。
「そう、あなたが。なるほどねぇ」
「えっと、崎山さんのお姉さんですか?」
「いいえ、違います」
「じゃあ、妹さん?」
「いえいえ」
「
「違います」
「お友達」
「とんでもない」
「わかった! 赤の他人だ!」
「そんなわけないでしょう」
「じゃあ誰なんですか……」
「母です」
女性は、穏やかな笑みを浮かべた。
「崎山 蓮の母の、崎山
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