6-9 アイドル

 真澄レムの熱愛報道はストーカー事件解決のための狂言だった!

 そのセンセーショナルなニュースは、瞬く間に世間に広がった。


 一連の恋人騒動はストーカー撃退のため。

 報道された男性は事務所側が雇ったボディーガードという設定らしい。


 批判的な意見もあったが、ひとまず無事に解決出来てよかったと言う感じで世論はまとまった。

 僕も多少英雄ヒーローのような扱いをされていたようだ。


 何はともあれ。

 色々と無事に終わってよかったと思う。

 そんな『英雄ヒーロー』となった僕は今。


「遠藤くん、エサよ」


「せめてご飯って言ってくださいよ……」


 リビングのソファで横たわっておかゆを食べていた。


 あの後、すぐに警察が来て男は確保された。

 僕は怪我をしたとして病院に入院したのだが。

 大きな外傷もなく、すぐに自宅療養となったのだ。


 ニュースや真澄レムの事務所の協力もあり。

 何とか会社の理解を得て、僕はしばらく仕事を休むことが出来ている。


 表向きには、怪我をしたためとなっているが……。

 誰も信じないだろうな。

 サキュバスに精気を吸われてまともに動けなくなったなんて。


「あの、崎山さん」


「何」


「『はい、あーん』みたいなのって……」


「死にたい?」


「ダメか……」


 あの時何が起こったのか、よくわかっていない。

 でもたぶん、死にかけたあの男を崎山さんは救おうとした。

 真澄レムが、殺人者にならないために。

 そしてそのために、僕の精気を吸ったのだ。


 ストーカーは真澄レムに襲われた一切を覚えていなかった。


「僕のこの状態、いつまで続くんですかね」


「あと一週間はまともに動けないでしょうね。結構たくさん吸ったから」


「そんなに吸ったんだ……」


「何よ、だからこうして甲斐甲斐しくお世話してるんじゃない」


「甲斐甲斐しい……?」



『はーい、こちら現場の真澄レムです!』



 その時、不意に聞き覚えのある声が響いた。

 テレビに真澄レムが映し出されている。

 アイドルとして元気そうにしている彼女の姿がそこにあった。


「まだ騒動も収まってないのに、もう活動してるなんて……」


したたかね。でも、よかったわ」


「よかった?」


「あの時、あの男を殺していたら。あの子はアイドルに戻れなかったと思うから」


 テレビで笑う真澄レムは溌溂はつらつとしている。

 以前と何ら変わりのない姿に見えた。

 今はまだ騒動の的だが、きっと彼女なら乗り越えられるのだろうと感じさせられる。


 あの時、もし真澄レムがあの男を殺していたら。

 彼女は、こうしてテレビで笑うことなんて出来なかったはずだ。


 世間的に罪には咎められなくとも、こちらに戻ってくることは出来ない。

 人を殺したことを、ずっと背負わねばらななかっただろうから。

 自分自身に嘘はつけないんだ。


 ――この町に来たサキュバスが、不幸であっていいはずなんてないもの。


 崎山さんはそう言っていた。

 その気持ちが、今は分かる気がする。


「だから崎山さんは、僕の精を吸ったんですね」


「逆よ」


「逆?」


「遠藤くんだから、頼めたの。あのとき傍にいたのがあなたじゃなかったら、あの男も、あの子真澄レムも助けられなかった」


「どうしてですか?」


「それは……」


 崎山さんはそっと目を逸らす。


「たとえ搾精のためとはいえ、他の人とキスするなんて……嫌だったもの」


 そう言った崎山さんはいつもの真顔に見えたが。

 明らかに耳だけが真っ赤になっていた。

 平気そうに見えても、照れているらしい。


 何となく、僕と崎山さんは見つめあう。

 顔が近づく。


「崎山さん……」


「遠藤くん……」


 お互いの唇が重なる、その時。


「ふーん、心配して来てみたら随分熱々なんですねぇ、お二人とも」


 ソファの背もたれから顔を出し、情熱的な視線で様子を眺める真澄レムが視界に入った。

 驚きすぎて一気に崎山さんが距離をとる。


「何やってんですかあんた!」


「テレビ! テレビ出てるの誰!?」


 そんな僕たちを見て「ニャハハ」と真澄レムは笑った。


「嫌だなぁ、あれは録画ですよぉ」


「って言うか、何勝手に入って来てんのよ……」


「一応チャイムは鳴らしましたよぉ。話し声がするから中に入ってみれば、いやはやお邪魔でしたかねぇ」


 いたずらっぽい瞳で、真澄レムは口元を押さえる。

 崎山さんは耳を真っ赤にしたまま「別に何でもないわ」と言った。


「こんなチアシードと私がどうにかなるはずないでしょ」


「また食物繊維で例えてる……」


 食物繊維に何か恨みでもあるのか。


 とは言え、せっかく良い感じだったのに。

 僕が内心がっかりしていると、真澄レムは「いやぁ、お二人には本当にご迷惑おかけしました」と手に持っていた紙袋と封筒を机に置いた。


「これ、少ないんですけど今回の謝礼と、あとお礼の品です」


「別にお金のためにやったわけじゃないですが」


「ダメですよぉ! こういうのはキチンとしないと!」


「でも……」


 すると崎山さんが「いいじゃない」と口をはさむ。


「しばらく仕事も行けないんだから。貰った方がいいわよ」


「そうですよぉ。貰っちゃってください」


「そこまで言うなら……」


 すると何か思い出したように、真澄レムはパンッと手を叩いた。


「あとビールも持ってきましたよ! 箱で! ワンケース二十四本ですぅ! 早速飲みましょう!」


「結局あんた、飲みたいだけじゃない!」


「良いから良いから! 崎山さん、ビールお願いします!」


「もう、仕方ないわね……」


 ぶつぶつ言いながら崎山さんは冷蔵庫の方へと歩いていく。

 僕が何となくそれを眺めていると、不意に真澄レムが僕の耳元で囁いた。


「ねぇ、遠藤さん」


「どうしました?」


「私、遠藤さんのこと、本気で追いかけてもいいですか?」


「えっ?」


 予期せぬ言葉に、思わず彼女の顔を見る。

 彼女はニシシと笑っていた。

 アイドルではない真澄レムの、本当の笑顔で。


「今度は正々堂々、崎山さんに挑みます!」


 そして。

 彼女は僕の頬に軽くキスをした。

 予期せぬ行動に、僕は思わず絶句する。


「じゃあ改めて。よろしくお願いしますね、遠藤さん! 崎山さんには負けませんから!」


 こうして。

 僕と崎山さんに、また一人。

 サキュバスの友人が出来たのだった。


「ちょっとあんた、人にビールに取らせておいてなに遠藤くんにちょっかい掛けてんのよ!」


「はひぃ! ばばばば、バレてたんですかぁ!」


「バレバレよ! 跪いて足を舐めなさい! 命令よ!」


「ひぃぃぃ! ごめんなさぁい!」


「……勝つの無理じゃない?」

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