6-7 本当の気持ち
「はー楽しかったぁ。遊んだ遊んだぁ」
すっかり暗くなったころ、僕たちはようやく帰路につく。
結局観覧車に乗った後も、真澄レムは何事もなかったかのように接してくれた。
お陰で気まずくならなくて済んだ反面、罪悪感も芽生えている。
いや、確かに本気のデートをしようとは言ったが。
キスはさすがに出過ぎたマネというか、やり過ぎだろう。
そうだ、あの場ではするべきではなかったのだ。そうだそうだ。
誰に言い訳するでもなく、自分に言い聞かせる。
……違う。
本当はあの時、僕はキス出来なかったんじゃない。
したくなかったのだ。
崎山さんを裏切りたくなかった。
大人でなくとも、その場の雰囲気にほだされて過ちを犯すなんていうのは珍しくないわけで。
真澄レムもあの時はその場の雰囲気に飲まれていたのかもしれない、などと考えるのは自分勝手すぎるだろうか。
本音はわからないが、いずれにせよ、僕は彼女の気持ちを意図的に拒否した。
恥をかかせたのである。
どうするのが正解だったのだろうか。
そんなもの、誰にも分からない。
真澄レムはとても素敵な人だ。
だけど僕はもう気づいてしまった。
自分が本当は誰が好きなのかを。
今までは概念的だった感覚を、明確に自覚した。
サキュバスだからじゃない。
僕はいつの間にか、女性としての崎山さんに惹かれていた。
最低な話だけれど、それを今日、強く実感してしまった。
この時の僕はまだわかっていなかった。
サキュバスが、やはり僕らとは似て非なる存在だということを。
◯
電車に乗ってようやく最寄駅へ帰ってくる。
「遠藤さん、崎山さんもおなかへってるでしょうし、何か買って帰って三人で食べません?」
「……ですね」
その前に崎山さんにどう言い訳したものか。
恋人ごっこをしているだけであそこまで怒っていたのだ。
無断でデートしてきたなんて言ったら、さぞかし怒るだろう。
いや、事実なんだから言い訳をする必要はないか。
素直に頭を下げよう。
今宵僕はサンドバッグになる。
そう考えていると、不意に前で笑顔を浮かべていた真澄レムの表情が陰った。
何かに怯えたように、顔面が蒼白になる。
「どうかしました?」
「いや、今、何か見覚えのある人影がいた気がして……」
「人影?」
言われて視線を追いかけてみる。
会社帰りらしい疲れた顔の人たちは数あれど、皆、僕たちには無関心だ。
「それっぽい人はいないですけど、勘違いじゃないですか?」
「そうかもです、かね……」
そう言った彼女の表情は、なおも強張ったままだった。
結局その後は何事もなく普通に帰宅できた。
僕と真澄レムは崎山さんに散々ブチギレられた後に、許してもらうことができた。
「何もしてないって信じるわ。どうせそこの難消化性デキストリンがヘタれだったんでしょ」
「また食物繊維で例えてる……。って言うか、信じてくれるんですね」
「信じて欲しくないわけ?」
「いや、そうじゃないですけど」
「サキュバスはね、性に関して鼻が利くのよ。エッチなことしてたら一発でわかるの」
「そうなんだ……」
彼女はそう言ってクンクンと鼻を動かした後、
「ま、手くらいは許してあげとくわ」
と言った。
どこまでバレてるんだ。
恐ろしい人である。
考えてみれば、僕らは付き合ってすらいない、ただの同棲だ。
本来なら、特に許される筋合いもないはずなのだけれど。
今はなんだか、崎山さんの焼きもちが嬉しく感じる。
……女の子とデートしてきたばかりで最低だが。
そんな僕の気持ちもつゆ知らず、崎山さんは僕の後ろの真澄レムに目を向けた。
「それよりあなた、大丈夫なの?」
「えっ……」
崎山さんに言われ、真澄レムはギクリとする。
「何か良くないのに見つかったんじゃないの」
真澄レムは一瞬だけ不安そうな顔を浮かべた後。
すぐにいつもの笑顔を浮かべて見せた。
「やだなぁ、大丈夫ですよぉ! 崎山さんは心配性なんですからぁ」
完璧な笑顔。
だから分かる。
作り笑いだと。
見抜かれているのに気づいたのか、彼女はすぐに作り笑いを止め、真剣な顔になった。
「……あの人がいたんです。私を追いかけてたストーカー」
「えっ、本当ですか!?」
思わず声を出す。
あの時の駅前で、彼女がおびえたような顔をした理由がようやくわかった。
真澄レムは静かに頷く。
「確証はないですけど、たぶん、最寄駅に居ました……。私もサキュバスですから。臭いで解かるんです」
「バレたってことね」
崎山さんはそっとため息をつく。
そこで僕はふと疑問に思う。
「引っ越したのにどうやって追ってきたんでしょうね」
「悪質な興信所でも使ったんじゃない。前の住所特定出来るなら、すぐに割れるわよ」
「そうなんだ……」
崎山さんはやれやれと肩を鳴らす。
「じゃあ、悪質なストーカーを追いやるのに、人肌脱いであげようかしら」
「出来るんですか!?」
僕と真澄レムは驚いて思わず声を出す。
崎山さんは頷いた。
「ターゲットが近くに居るなら、場所の特定と誘き出すのは訳ないわよ。遠藤くん、真澄レム、ついてらっしゃい。あなた達の恋人ごっこ、今日で終わりにするわよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます