6-6 ニアミス
次の日曜日。
僕は真澄レムと遊園地に来ていた。
今回は今までのパフォーマンス染みたごっこ遊びとは違う。
朝早くから家を出て、誰にも気づかれないよう、慎重に慎重を重ねてここにきた。
ガチガチのデートである。
「なんだか緊張しちゃいますね」
電車の端の方に座り、真澄レムはおかしそうな笑みを浮かべた。
芸能活動でまともな恋愛もしていない真澄レムに、疑似恋愛を楽しんでもらう。
それが今回のデートのコンセプトだ。
だからこそ、もしこれが表に出れば、今度こそ言い訳は利かなくなる。
彼女はアイドルとして戻れる場所を失うわけだ。
「その時はその時ですよぉ、遠藤さん! 今は、今日という日を楽しみましょう!」
「……ですね」
そうだ、遠藤進。
真澄レムとこうしてデートをするなんて生涯に一回あるかないかなのだ。
確かに今日のデートのことは崎山さんにも話していない。
しかしながらこれは浮気ではないのである。
そもそも僕と崎山さんは付き合っておらず、あとこのデートはあくまで真澄レムの思い出作りなのであり、やましい気持ちとかいや確かにそりゃあ後ろめたさとか背徳感はありまするがしかしながらそれは。
「遠藤さん」
「はい?」
声を掛けられ我に返る。
まるでこちらの心を読んだかのように真澄レムはニコリと笑うと、僕の手をギュッと握りしめた。
「今日を楽しみましょう!」
「……ですね!」
遊園地にたどり着くと、真澄レムの瞳は輝いた。
「遠藤さん! 早く早く早く! 回りましょう!」
「落ち着いて」
僕らは遊園地を回る。
ジェットコースター、メリーゴーランド、コーヒーカップ、お化け屋敷、バイキング。
事前に緻密なルート設計をしていたので、アトラクションにはほとんど詰まることなる乗ることが出来た。
「遠藤さん、見てくださいよぉ! このスポット、今放送されてるあのドラマの名場面の場所ですよぉ! あ、あっちはあの深夜アニメでモデルになった場所! やや! あそこは女優の鮫島キィちゃんがおススメしてたスポットですぅ!」
「落ち着いて」
思えば、崎山さんともこんな風にがっつり遊びのデートをしたことはなかったかもしれない。
それを、ずっとテレビで見ていた真澄レムとすることになるなど、数日前からすれば考えもしなかっただろう。
「ジェットコースターに乗った時の遠藤さんの果て顔、何回思い出しても笑っちゃいますね。やばい、私、今日ずっと笑いっぱなしでお腹痛い!」
まるで、何かの夢を見ているようだった。
サキュバスが見せるような、甘い夢を。
「あー、遊んだ遊んだ」
しばらくアトラクションを回り、ようやく一息つく。
思えばずっとぶっ通しで歩いていた。
「ちょっと疲れましたね。一息入れますか」
「ですねぇ」
「じゃあ僕、飲み物買ってきますよ。ここで座って待っててください。コーラで良いですか?」
「あ、はぁい!」
真澄レムを近くのカフェテリアのテラス席に残し、二人分の飲み物を買う。
「結構混んでたな……」
ちょうどおやつ時ということもあり、割と時間を喰われてしまった。
足早に真澄レムの元へと向かう。
と、ふいに目の前でちょっとした人だかりが出来てることに気が付いた。
胸騒ぎがして、人ごみの中に体を潜り込ませる。
「真澄レムじゃん! ヤベー! マジで可愛い!」
「今日は何かの撮影ですか?」
「サインしてください! サイン!」
案の定だった。
真澄レムを取り囲むように人が集まり、ちょっとした騒動になっている。
騒ぎの中心にいる真澄レムは、笑顔を浮かべていながらも、明らかに焦っていた。
それもそのはずだ。
今日僕たちがここにいることは、完全なオフレコだ。
普段のパフォーマンスとは違う、ガチのデート。
プライベートで……しかも男と本気デートをしていたとバレれば。
一貫の終わりだ。
真澄レムを取り囲む人は多く、彼女だけでは抜け出すのは難しい。
ここは、僕が何とかせねばならない。
僕は近くのテーブルに飲み物を置くと。
意を決して真澄レムの元まで行き、その手首をつかんだ。
「レムさん、何ボサッとしてるんですか! スタッフのみんな探してますよ!」
「えっ? えっ?」
真澄レムが驚愕の表情を僕に向ける。
そんな彼女に、僕は目で合図した。
話を合わせろ、と。
「もう休憩時間は終わりです! ほら、さっさと撮影戻ってください!」
「あっ……ごめんなさい?」
「すいません、どいてください! 通ります!」
強引に真澄レムを引っ張って人ごみを抜ける。
背後から「真澄さん! 撮影頑張ってください!」とファンの声が聞こえてきた。
真澄レムは「アハハ、ありがとうございますー」と手を振る。
人ごみを抜け、なるべくその場から離れる。
どこか身を隠せる場所はないかと思っていると、たまたま順番が空いた観覧車が目に入った。
そのまま二人で中に入る。
観覧車が上の方に昇るまで息をひそめ。
ようやく安全を確信して、二人してそっと息をついた。
「ああ……びっくりしたぁ」
僕のすぐ隣に、真澄レムが座る。
「遠藤さん、急に撮影とか言い出すんですもん。ビックリしちゃいましたよぉ」
「すいません。あの場でごまかすならアレかなって思って……」
「まぁ、お陰で助かりました。あのお芝居が無かったら危なかったですねぇ」
真澄レムはタハハと笑ってから、僕の顔を上目遣いで見つめる。
「遠藤さん、ありがとうございます」
その表情があまりにも可愛くて。
思わず視線が泳いで「あた、あたあた当たり前のことをしただけですから」と情けない声が出た。
我ながらこう言う時でも決められないらしい。
そんな僕を見て真澄レムがクスクス笑った。
ゴウンゴウンと機械音が響き、観覧車はどんどん昇っていく。
やがて遊園地を一望出来るまでの高さにまで届き、真澄レムが「わぁ」と声を上げた。
「めちゃくちゃキレイですねぇ、遠藤さん」
その時、強い風が吹いて観覧車がガタリと揺れる。
バランスを崩した真澄レムを見て、思わず反射的に手を伸ばした。
支えるように彼女の体を抱きかかえる。
「真澄さん、急に立つと危ないですよ」
「すいません……」
彼女は振り返り、そして僕たちはハッとる。
気が付けば、いつの間にかずいぶん近くに居た。
鼻と鼻がぶつかりそうなほどの距離で、思わず二人とも動きが止まる。
真澄レムの大きな瞳の僕が映っていた。
彼女の艶やかな薄ピンク色の唇が目に入り。
そこから漏れる静かな吐息が、僕の頬にぶつかる。
完全にキスする直前の、恋人の距離だった。
真澄レムの頬が瞬間的に朱色に染まり。
僕も心臓の鼓動が、痛いくらいに高鳴っているのを感じる。
しばらく見つめあったまま沈黙した後。
不意に、彼女は言った。
「このまま……しちゃいます?」
と。
「し、しちゃうって、何を」
「その、色々」
「い、色々!?」
いやいやいや。
駄目だろうそれは。
いやしかし、ここは行くべきではないか?
女子にここまで言わせたなら、恥をかかしてはならないのでは。
真澄レムが目を瞑る。
震える手で、彼女の頬にそっと手を当てそうになった時。
不意に、脳裏に崎山さんの顔が思い浮かんだ。
ダメだ……。
そう思い、僕は彼女の肩をゆっくり引きはがす。
引きはがされた真澄レムは、キョトンとした顔で僕を見つめた後。
何かを察したように、少しだけ、悲しそうな笑みを浮かべた。
「……すいません」
僕は頭を下げる。
僕は今日、ここに来ることを誰にも言わずにいた。
でもたぶん、崎山さんだけは気づいている。
気づいた上で、わざと黙認してくれているのだ。
真澄レムの本心も。
そんな真澄レムに付き合っている僕の性分も。
崎山さんは、色んなことを理解し、察してくれている。
僕は、そんな崎山さんを裏切りたくはなかった。
「崎山さんが、うらやましいですね」
真澄レムは、呟くようにそう言って、いつもの笑みを浮かべた。
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