6-4 仮想恋人

「なんだこれ」


 次の日、僕たちはテレビを見て呆然としていた。

 画面には『真澄レム、熱愛発覚!』と書かれたテロップと共に、写真が映し出されている。

 片方は真澄レム、もう片方は目線こそされていたが――


「どう見ても僕だ……」


 清廉潔白、過去に一度たりとて男性関係の噂がなかった真澄レム。

 その真澄レムに突然恋人の存在が発覚したのだ。

 テレビがその話題一色になるのも無理はない。


「これ、昨日しじみ買った時のやつだ」


「パパラッチってどこにでもいるのね」


 二人して呆然としながら話していると、インターホンが鳴る。

 真澄レムだった。


「テレビの報道見て、慌ててきたんですよぉ」


 そう言った真澄レムは、テレビにデカデカと載っている僕らの写真をみる。


「あちゃー、やっちゃいましたね。なかなか良く撮れてる」


「言ってる場合じゃないでしょ。どうすんのこれ」


「あはは……どうしましょうねぇ」


「私に聞かないでよ」


 崎山さんは呆れ顔だ。


「これ、僕……今日会社行かない方がいいですよね」


「まだ引っ越したばっかなんで、住所はバレてないと思いますけど。でも近辺までは分かってるでしょうから、もしマスコミに掴まったら一日解放されませんよぉ」


「真澄さんもまずいですよね? 下手したらアイドル廃業になりかねないでしょ」


「事務所に言えば何とかなるかなぁ。実際問題、私と遠藤さんはただのお隣さん同士ですし、やましいことも特に無いですから。こう……頑張れば、みたいな」


「ノープランってことね」


 崎山さんが呆れたようにため息をつき、真澄レムがごまかすように頭を掻く。


 ただ、真澄レムはさほど焦っているように見えなかった。

 芸能人である以上、ちょっとした写真をさもスクープであるかのように脚色されるのは慣れているのだろうか。


 確かに僕と真澄レムが出会ったのは昨日。

 そして僕が崎山さんと同棲していることから、身の潔白を証明するのは難しくないように思えた。

 まぁ、世の中好き勝手言う人は少なくないので、どう転ぶかはわからないが。


 どうしたものか。

 考えていると、急に何か思いついたように真澄レムは「そうだ」と手を叩く。


「これ、利用しちゃいましょう!」


「利用?」


 僕と崎山さんは同時に首を傾げた。


「ストーカーですよ! 昨日お話した私のストーカーを、この事件を使っておびき出すんです! 遠藤さんと私で、恋人のふりをして!」


「僕と真澄さんで……?」


 真澄レムの話はこうだ。


 僕と真澄レムは恋人のふりをして一緒に行動し、ストーカーを刺激する。

 刺激されたストーカーは、何らかのアクションを起こすだろう。

 その現場を抑えようというわけだ。


 うまく行けばストーカーを確保。

 監視カメラなどで器物損壊や脅迫の証拠をつかんでもこちらの物。

 警察も動かすことが出来るという。


「そんなに上手くいきますかね」


「もちろん、遠藤さんがご協力してくだされば、ですけどぉ……」


 そう言う真澄レムは、探るような上目遣いで僕を見てくる。


「事務所には話を通します。私、このストーカーには本当に何年も前から迷惑してて。協力してもらえませんか?」


「でもこれ、危なくありません?」


 刺されたり、誘拐されたり。

 下手したら僕たちに何らかの危害が及ぶ可能性がある。

 そして恋人のふりをする以上、成果がなければ、僕らが恋人じゃないと証明するのが格段に難しくなるだろう。


 二人で何度も街を歩くことになるだろうし、その現場をわざとマスコミに抑えさせるわけで。

 その上で演技だったなどと言っても、苦しい言い訳をしているようにしか見えない。


 圧倒的にリスクが高いように思えた。


「崎山さんはどう思います?」


 反対意見を期待して崎山さんに声をかけてみる。

 すると、「別にいいんじゃない」と崎山さんはいつもの淡白な顔で言った。


「一応私もこの子真澄レムも、普通の人間じゃなくてサキュバスだから。その気になれば襲ってきた相手の意識を奪うことくらいは難しくないわよ」


「え、そうなんですか?」


 崎山さんの言葉を確認するため真澄レムを見てみる。

 真澄レムはいたずら小僧みたいにニカッと笑ってピースしていた。


「じゃあ、崎山さんがそう言うなら、やってみますか」


 なんだか心にモヤつく物を感じる。


 客観的に見れば、あの真澄レムと仮とは言え恋人同士になれるのだ。

 嬉しくないはずがない。

 はずがないのだが……。


 僕はそれより、崎山さんの反応に傷ついていた。

 こうも反応が淡白だと、僕に興味がないと言われているようで辛い。

 自分の心の中に、空虚さと寂しさが湧き上がるのだ。


 そんな僕の心情にも気づかず、真澄レムは「決まりですねぇ!」と僕の腕を掴んだ。

 思わぬ行動に「んぶっ!」と声が出る。


「ななな、何やってんですか!」


「そりゃあ予行練習ですよぅ!」


 焦り散らかして崎山さんを見てぎょっとする。

 普段ほとんど表情を動かさない崎山さんが、険しい顔で顔を真っ赤にしていた。

 目つきが仁王像のようだ。


「さ、崎山さん……怒ってます?」


「別に怒ってないわよ!」


 どう見ても怒っている。


「と言うか真澄レム! もう少し遠慮なさい! フリなんだからくっつく必要無いでしょ!」


「いえいえ崎山さん、これくらい出来なきゃ、恋人のフリで世間を騙すのは無理ですよぉ」


「んぐぐぐぐぐ……!」


「そんなわけでよろしくお願いしまぁす、遠藤さん」


 崎山さんは真っ赤な顔で目尻を釣り上げている。

 そこで気がついた。


 そうか。

 崎山さんは気にしていなかったんじゃない。

 恋人のフリだけで、本当にイチャつく必要はないと思っていたのだ。

 想定していなかったんだろう。


 と言うことは、つまり……。


「ちょっと遠藤くん! 何ニヤニヤしてんのよ! ホントやらしいわね!」


「いや、ちょっと別件で……」


 脈が無いわけでもないのかもしれない。


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