第五話 夢見町、夏祭りの怪

5-1 夏祭りの噂

 会社の帰り道。

 ふと目にした駅構内にある地域のイベント関連のビラが集まるコーナーにて。


「あれ?」


 僕はそれを目にした。


「あー、これって以前崎山さんが言ってたやつかぁ。喜びそうだな。持って帰ろう」


 そして僕はそのビラを一枚手に取り、カバンに入れた。




「崎山さん、只今帰りましたよ」


 帰宅後。

 僕が声を掛けると、リビングから崎山さんがひょっこりと顔を出した。


「お帰り、遠藤君。どうしたの、なんだか嬉しそうだけど」


「実は今日、崎山さんの喜びそうなものを持って帰ってきたんですよ」


 すると彼女の目が光る。


「何かしら、飛騨牛のステーキ肉とか?」


「あ……違います」


「わかったわ、越前ガニね。タラバガニでも可」


「すいません……それらに比べたら僕が持ち帰ったものはゴミです」


 僕が頭を下げると、崎山さんは呆れたように腰に手を当てた。


「何よ、もったいぶってないでさっさと出しなさい」


「これですよ、これ」


 そして僕がカバンから出したのは。

 町内会の夏祭りのお知らせだった。

 差し出されたそれを見て、崎山さんは唖然とする。


「ほら、以前言ってたでしょ。もうすぐ夏祭りもするらしいって。それでどうかなと思いまして」


「なんだ、そんなことか……」


 すると崎山さんは奥に引っ込んだかと思うと、すぐにまた戻ってきた。

 手には僕と同じ夏祭りのビラを持っている。


「すでにチェック済みよ」


 そう言って彼女は穏やかに美しい笑みを浮かべた。


 ○


 祭り当日。

 僕たちはいつもの格好で、件の夏祭りへと向かった。


 夢見町の中心にある大きな山には、性木神社と言う子宝祈願の神社がある。

 この夏祭りは、その神様を奉るお祭りらしい。

 神社がある山のふもとで、沢山の出店が出るという。


 崎山さんは心なしかウキウキしているように見えた。


「崎山さん、なんだか今日は嬉しそうですね」


「ええ、楽しみだもの。焼きそば、お好み焼き、フランクフルト、唐揚げ、綿あめ、りんご飴」


「食べ物意外にないの?」


 歩いてすぐ祭りの会場へとたどり着いた。

 大通りを大規模に封鎖して、道を挟むような形で左右にそれぞれ出店が出されている。

 その中を、沢山の人たちが楽しそうに歩いていた。


「ものすごい人混みね……」


 先程まで晴れやかだった崎山さんの表情が一気に曇る。

 この人は普段バイト以外ほとんど出歩かないから、こうした人混みを露骨に嫌う。

 どうでもいいが、この人のバイト代が家賃に還元されているところを僕は見たことがない。


 人混みに入るのをためらっていると、「遠藤さん、崎山さん!」とどこからか聞き覚えのある声がした。


「こっちですよー! こっちこっち!」


 見ると、すぐ側にある出店で手を振る少女が一人。

 性木神社の娘、近藤 夢ちゃんだった。


「夢ちゃんじゃない。何やってるのこんなとこで」


「何って、見て分かるでしょ。出店ですよぉ! 父に許可もらって、焼きそば販売です! この時期は稼ぎどきなんですよぉ!」


 そう言ってジャンジャカ豪快に焼きそばを焼く彼女の瞳には円マークが浮かんでいた。

 神社を案内してもらった時も思ったが、とんでもない守銭奴である。


「お二人はデートですか?」


「食べ歩きよ」


 崎山さんは即答した。

 もう少しこう……照れたりとか、僕の様子を伺うとか、そう言う恥じらい的なものが欲しい。


「じゃあちょうど良いですね! ぜひ買っていってください」


「そうね、遠藤君!」


「ここぞとばかりにたかるな」


 とは言いつつも、ついつい流されるように財布を出してしまう自分が情けない。

 女性にお金を出させないようにするのは、自分の中のプライドだろうか。


「ちっぽけなプライドね」


 心を読んだかのように崎山さんが言う。


「えっと、自分で払ってもらってもいいですけど」


「遠藤君って素敵」


「……」


 ここまであからさまだともはや怒りすらわかない。

 と言うよりも、この人とのこういうやり取りに、いい加減慣れた自分がいる。


 焼きそばを買うと、夢ちゃんが「まいどありぃ」と可愛い顔を台無しにしていびつな笑みを浮かべた。


 二人分の焼きそばを受け取ったものの、恐らく一・五人分は崎山さんの腹に入ることが予見される。


「お二人はこれから巡る感じですよね?」


「そうだよ」


「じゃあ、気をつけてくださいね。この町の夏祭り、めっちゃ混むんで」


「確かにここまで出店があると賑わうよね」


「そう言えばあの話知ってます? 夢見町夏祭りに関する、心霊体験の噂」


「心霊……?」


 予期せぬ言葉に、僕は眉を潜めた。

 夢ちゃんは頷く。


「このお祭りにはね、昔から存在しないはずの子供が出るっていう話があるんですよ。祭りの日に不思議な少女と出会って連れ回されるんです。それで、気がついたら全然知らない場所に連れて行かれて、そのまま神隠しに遭うっていう……」


 おどろおどろしい表情で驚かせてくる夢ちゃんに、崎山さんは身体を震わせた。


「ちょっと、変なこと言わないでよ」


 あからさまに怖がっている。

 すると夢ちゃんはいたずら小僧のように舌をペロリと出す。


「すいません。私、神社家系だから怖い話が好きなんです」


「怖い話好きに神社家系って関係ある?」


 そこで僕は、ふと気になった。


「夢ちゃんは昔からこの町に住んでるんだよね。そのお化けに会ったことはないの?」


「無い無い。会えれば良いなぁと思って毎年参加してますよ。でも全然無いです」


「会いたいんだ……」


崎山さんは明らかに引いている。

そんなことを気にもせず、夢ちゃんは続けた。


「実はこの話には続きがあって、件の女の子はこの町の神様って言われてるんですよね」


「神様って、性木神社の?」


 僕が尋ねると夢ちゃんは頷いた。


「普段は山の上にいるけど、ふもとが賑やかでついつい遊びに来ちゃうらしいです。ま、色々噂があるってことです」


「へぇ、面白いな」


 僕が感心していると、崎山さんが不意に服を引っ張った。


「ちょっと遠藤君、そろそろ行きましょうよ」


「あ、すいませんお邪魔しちゃって。それじゃあ楽しんでいってくださいね」




 夢ちゃんと別れて、僕たちは本格的に祭り会場を歩き始める。


「でも、意外でしたね」


「何がよ」


「崎山さん怖い話苦手なんですね。サキュバスなのに」


「サキュバスなのにって何よ。サキュバスだってお化けは怖いのよ」


 サキュバスって確か悪魔の類だよな。

 悪魔がお化けを怖がる構図はなんだかシュールだ。

 というか、未だにサキュバスがどういう存在なのかよくわかっていない。


「ちょっと遠藤くん、歩くの早いわよ」


 まぁ、実際に僕の目の前にいるこの人はお化けや悪魔ではないことは確かだ。

 人種が違うと考えたほうがしっくりくる。

 アジア系とか白人系とかあるように、サキュバス系の人というか。


「ちょ――えんど――く――待っ――て――」


 そう言えば、この町はサキュバスにとっての楽園なんだっけか。

 通りでさっきからすれ違う女の子がみんな可愛いはずだ。

 この人混みの中のどれだけがサキュバスなのだろう。

 僕には知る由もないが、どうせならお近づきになりたいような、そうでないような。


「えん――――」


 いや、崎山さんに悪いか?

 だけど崎山さんとは、別に付き合っているわけでもないし……。

 欲望を持て余す。


 そこでハッとする。


「崎山さん?」


 崎山さんの姿がどこにもない。


 思わず辺りを見回す。

 人混みに目を凝らしてみたが、それらしき姿は見えなかった。

 考えごとをしていたせいで、どうやらはぐれてしまったらしい。


「そうだ、スマホ!」


 連絡しようとしてポケットに手を突っ込む。

 すると、不意に小さな手が横からニュッと伸びてきて、僕の腕を掴んだ。

 驚いて思わず悲鳴を上げそうになる。


 僕の腕を掴んだのは、浴衣を来た、一人の少女だった。

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