5-2 不思議な少女

 夏らしい浴衣姿に、可愛らしいゲタ。

 真っ黒なおかっぱ頭の、パッチリした目の少女がそこに居た。


 歳は十歳くらいだろうか。

 不思議な雰囲気の、奇妙な少女。

 少なくとも、知り合いではない。


 彼女は僕の腕を掴み、まっすぐこちらを見上げている。


「えっと、君……僕に何か用?」


 尋ねるも、少女は何も言わない。


「お父さんとお母さんは?」


 ふるふると首を振る。

 言葉は通じているみたいだ。

 迷子だろうか。


「まいったな……」


 頭を掻きながら崎山さんの姿を探す。

 やはり見つかる気配はない。


 この人混みの中、崎山さんを探しつつ、この子の親を探すのは流石に無理に思える。

 何とか崎山さんに合流できればよいのだが。


 スマホで崎山さんに電話を掛けてみる。

 発信音のあと、無機質なコール音。

 しかし出る様子はない。


 これひょっとして家に忘れてないか?

 あの人は普段バイト以外に外出しない。

 スマホを携帯する習慣がないのだ。

 それはもはや、メールできる固定電話と何も変わらない。


 どうしたものかと考え、ふと思い出す。

 そう言えば会場の入口辺りに、祭りの本部が設置されていた気がする。

 迷子やはぐれた人の呼び出しもしているみたいだった。

 あそこに行けば、この子を預けられるだろう。


「君、お名前は?」


「花」


「花ちゃんか、可愛い名前だね」


「ロリコン?」


「そう言う言葉は知ってるんだね……」


 ようやく声を聞くことが出来た。

 小さな声だったが、この喧騒の中でも輪郭が浮かんで聞こえる。

 なんだか透明な印象の、澄んだ声だった。


「ねぇ、花ちゃん。実はお兄さんも友達とはぐれちゃったんだ。祭りの人にお願いして、一緒に探してもらおっか」


 花ちゃんはコクリと頷いた。

 そっと手を差し出すと、何の躊躇もなく彼女は僕の手をにぎる。

 そのまま、二人で手を繋いで入り口へと向かった。


「お兄ちゃんの名前はなんて言うの?」


「僕はね、遠藤 すすむって言うんだ。進お兄ちゃんって呼んでね」


「遠藤」


「呼び捨てなんだ……」


 早くも舐められている気がするが、まぁ良いか。


 それにしても不思議な子だ。

 何というか、両親とはぐれたにしては随分と落ち着いている。

 僕に対する警戒も随分甘い。

 そもそも、どうして僕に近づいてきたのかもわからない。

 親と間違えたのかと思ったけれど、どうもそう言う感じでもないようだし。

 謎だらけだ。


 チラリと横目で花ちゃんを見ると、彼女はどこかを一点凝視していた。

 視線を追うと、綿あめの屋台が目に入る。

 袋に入ったやつだ。


 僕が子供時代の頃は棒付きのものが多かったな、なんて何となく思う。

 棒付きの物だと喉を突いてしまうかもしれないから、昨今は袋入りの物が多くなったらしい。


 綿あめを見つめる花ちゃんの瞳は、キラキラと輝いていた。


「欲しいなら買ってあげよっか」


 僕が尋ねると、花ちゃんはハッとしてこちらを見た。

 いいの? と言いたげな顔。

 僕は彼女の頭をそっと撫でる。


「すいません、この子に綿あめを一つ」


「あいよ」


 注文すると、花ちゃんは目の輝きを更に強める。

 ワクワクが抑えられないのだろう。

 こうした表情を見ると、やっぱり普通の女の子なのだと感じて安心する。


 綿あめを渡すと、花ちゃんは夢中になって綿あめを頬張り始めた。

 ほっぺがパンパンになっている。

 まるでハムスターだ。

 思わず苦笑した。


 このまま祭りの運営本部まで行っても良いのだが。

 人混みの中で綿あめを食べる花ちゃんは、どこか落ち着かないように見えた。

 油断するとすぐぶつかるし、食べることに集中出来ていないのだと気づく。


「ねえ花ちゃん。僕疲れちゃったし、ちょっとどこか静かなとこで休もうか」


 数分くらい遅くなっても許されるだろう。

 最悪、僕が頭を下げれば良いか。

 そう思って提案すると、花ちゃんは自分の身を守るように抱きかかえた。


「何してるの?」


「静かな場所で休もうって男の人に言われたら気をつけろって教えてもらった」


「あ、うん。たぶん君の歳では大丈夫じゃないかな……」


 一体どういう教育されてるんだ。

 今どきの子はマセているとは聞いていたが、まさかこれほどとはね。


 どこか座れる場所は無いかとキョロキョロしていると、グイグイッと花ちゃんに手を引かれる。

 見ると、性木神社へつながる階段が道の脇に存在していた。

 以前僕と崎山さんが地獄を見た、あの階段だ。


「あそこなら、階段に腰掛けて休めるね」


「行こう、遠藤」


 促されるまま、花ちゃんに腕を引かれる。

 階段を登り切るのは流石に骨が折れるので、少し行ったところで休もうか。

 そう思って花ちゃんに目をやると、そこに彼女の姿はなかった。


「あれ? 花ちゃん?」


「遠藤! こっち!」


 声がして見ると、花ちゃんは一人で階段をどんどん登っている。

 かなり軽やかな足取りだ。


「上でみんな探そう!」


「はは、マジか……」


 どうやら覚悟を決めるしか無いらしい。

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