5-4 花火
ハッと意識が戻る。
気がつくと、僕は先程の石階段に一人で座っていた。
「花ちゃん?」
姿を探すも、どこにも見当たらない。
目の前にいたはずの少女の姿が、どこにもないのだ。
ただ、彼女が飲んでいたラムネ瓶が一つ、ぽつんとあった。
先程まで明るかったはずなのに、すっかり陽が暮れてしまっている。
茜色の空に夜の色が混ざり、星が見えていた。
僕はずいぶん長い間、ここに座っていたらしい。
夢でも見ていたのだろうか。
我ながら不思議な感覚に陥っていると――
「遠藤くん、こんな場所に居たのね」
階下から崎山さんがこちらへ登ってきていた。
僕と目が合うと、彼女は怒ったように腰に手を当てる。
「勝手にうろちょろしないでよ。探したじゃない」
「ちょっと迷子の女の子がいたんで、一緒に親御さんを探してて」
「そんな子どこにいるのよ?」
「いやー、さっきまでここに居たんですけどぉ……」
あの一瞬で消えるとは到底考え難いが。
まるで狐に化かされたみたいだ。
そんな僕の様子を見て、崎山さんは訝しげな表情をする。
「大丈夫? 酔ってるんじゃない?」
「そんな、崎山さんじゃあるまいし」
「しばくわよ?」
軽口で応酬しながらも、僕は自分のすぐ横に置かれたラムネ瓶を手に取る。
見間違いじゃない。
綿あめだって買ってあげた。
じゃああの子は一体、何だったんだろう。
そこで、ふと先程夢ちゃんと交わした話を思い出す。
祭りに姿を見せるという、奇妙な少女のお化けの話を。
――女の子はこの街の神様って言われてるんですよね。
じゃあ、さっきのはひょっとして……。
僕が考えていると、「見て、遠藤くん」と崎山さんが空を指差した。
「えっ?」
間抜けな声を出し、言われるがまま指さされた方に目を向けると
ドンッ!
タイミングよく、空に花火が上がった。
美しい花火が、美しい光を放ち、音が体にぶつかってくる。
花火が咲くと共に、階下から人々の歓声が広がった。
沢山の人が、空を指差して花火を楽しんでいる。
どうやらこの夏祭りの名物らしい。
そう言えばビラにそんなこと書いてた気もする。
「この町の人気な理由が分かるわね」
崎山さんが花火を見ながら笑みを浮かべる。
「祭りもあって、商店も盛んで、交通の便も良い。人気のはずよね」
「それだけじゃないと思いますよ」
「えっ?」
彼女は不思議そうに僕を見る。
なんだかその顔がおかしくて、思わず笑った。
この町が人気なのは、ただ住みやすいからだけじゃない。
ここが、サキュバスの神様に守られている町だからだ。
サキュバスだけでなく、サキュバスと共存出来る人たちが集まる。
だから夢見町は、サキュバスにとって楽園なんだ。
それを、他ならぬ夢見町の神様自身が教えてくれたんじゃないだろうか。
誰も信じてはくれないだろう。
でも僕は、それを信じたい。
花火が上がる。
大きく爆ぜる。
「キレイね」
「そうですね、本当に」
花火に照らされる崎山さんを見て、思わずそう言った。
すると、彼女はそっと僕に手を差し出してくる。
「じゃあ行きましょうか」
「行くって、どこにです?」
「ビールよ、ビール。夏祭り、花火ときたらビールでしょ」
「飲むんですか?」
「当たり前じゃない。どこかの誰かさんが人のこと放って行方不明になったせいで、ずっと歩き回ってたのよこっちは。ほら、行くわよ」
「わかりましたよ」
僕は崎山さんの手を、そっと握った。
夢見町のサキュバスは、運命の男性を見分けることが出来るらしい。
だとしたら、崎山さんが僕の家にやってきたのは、ひょっとして――
「まさかね」
僕は呟いて、立ち上がった。
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