4-2 僕はストーカーなのかもしれない
会社で仕事をするも、身が入らない。
原因は当然崎山さんだ。
崎山さんが無断で外出することなんて今までなかった。
出かける時はいつも事前にことわりがあったはずだ。
もちろんいい大人なので、勝手に出ることはある。
普段の僕なら、なんら気にも止めなかっただろう。
だが、今は違う。
なんだか嫌な予感がしていた。
――さぁん、――さぁん
「もう、遠藤さぁん!」
耳元で大きな声がして、ハッと意識を覚醒させる。
すると、目の前で書類を持った南穂さんが僕を見ていた。
「どうしたんですか? 三の倍数だけアホになる芸人のモノマネですか」
「ひどぉい! もう、遠藤さんのこと呼んでたんですよぉ。さっきから呼びかけてるのに全然答えてくれないんですもん」
音無 南穂。僕の会社の先輩だ。
彼女こそがこの会社に居るサキュバスその人である。
しかし当の本人は、僕に正体を知られていることを知らない。
崎山さんに精気を吹き飛ばされたことで、一時的な記憶を失ったからだ。
「それで何か用ですかね」
「この書類なんですけどぉ、なんか違うみたいでぇ。わかんなくてぇ」
「どれどれ……あぁ、これはここの数字がずれてるっぽいですね。ほら、ここから一段ずつずれてる。あとここ数式バグってません? 数値がおかしい」
「あ、ホントだ。すごぉい、さっすが」
感心する南穂さんは、以前と何ら変わりなく見える。
可愛いし、いい匂いもして、どこか色っぽい。
社内の男性が彼女に夢中になるのも無理はないように思えたし、僕も意識してしまってただろう。
そう、彼女の正体さえ知らなければ。
そこでふと思いつき、僕は尋ねてみることにする。
「あの、南穂さん。例えばなんですけど、普段外に出ない同居人が勝手に出かけたから心配するのって、重いですかね」
「えっ、なんですかぁ? 急に」
「いや、ちょっと気になることがあって。よかったら女性の意見を聞きたいなって」
「遠藤さんって彼女さんいるんですかぁ?」
「そういう訳じゃないんですけど。例えですよ、例え。異性の友だちと同居してて、普段全然外に出ない相手が急に外出し始めたら、気になるのって変ですかね」
「うーん? 例えですかぁ? まぁいいですけどぉ。そうですねぇ、重いって言うより、束縛? みたいな。同居人にそこまで気にされるいわれもないかなって」
「なるほど……」
「彼氏とかでも嫌ですけどぉ、同居人ならますますダルいって言うかぁ」
「ダルい……」
「本当、何様って感じですよねぇ、そういうのぉ」
「あ、もう大丈夫です」
「ちょっとキモいって言うかぁ、ストーカーぁ? みたいな」
「やめてください! 死んでしまう!」
言葉のナイフでガンガン切り裂かれる。もうズタボロだ。
南穂さんの言うことは正論で、多分正しい。
僕はダルかったのか。
いや、冷静に考えなくてもそうだろう。
だって崎山さんがちょっと無断で出かけたくらいでここまで気にするなんて、これじゃあストーカーじゃないか。
いくら崎山さんが出不精だとは言え、僕は親でもないし恋人でもない。
崎山さんからすれば心配されるだけで余計なお世話な訳なのだ。
そういうのをいちいち心配する僕の方が、どうかしている。
結局その日は一日仕事に手がつかず、何も出来ないまま帰宅した。
家に帰ると、崎山さんはいつもと変わらぬ調子で僕を迎えてくれる。
「ただいま帰りました」
「お帰り遠藤くん。今日の晩御飯は?」
「もう少し僕のことも気にして」
そうだ、気にしすぎだ。僕と崎山さんはただの同居人であって、そんなことを気にするの自体がおかしいのだ。そうだ、そうに決まっている。
そうなのだ……けれど。
やっぱりこのままじゃいけない気がする。
何より、僕が崎山さんとの同居生活を続けられなくなる。
だから僕は、一つ行動を起こすことにした。
次の日の朝。
「それじゃあ崎山さん、会社行きますんで」
「いちいち宣言しなくてもいいわよ。いってらっしゃい」
家を出た僕は、物陰に身を隠し、我が家の入り口を眺める。
すると。
ガチャリ。
崎山さんは、やはり家を出た。
わかっている。自分のやってることはおかしい。
だけどどうしても……気になってしまうのだ。
あの日、崎山さんが南穂さんと対峙した時。
サキュバスとしての崎山さんの姿を見てしまったから。
もしあれがきっかけとなり、彼女までサキュバスの力を使って悪いことに手を染めてしまっていたとしたら。
僕がそれを止めねばならない。
そんな気がしていた。
崎山さんの後をつける。
しかしながらなるべく目立たぬようにしなければならない。
なぜならこんな平日の朝から、大の男があんな麗しい女性の後をつけるなど、どう見てもストーキング行為そのものだからである!
いや……実際そうだ。
僕と崎山さんは、所詮同居人という関係。
お互いのプライベートに干渉する権利なんて僕にはないし、もちろん崎山さんにもない。
ただ、僕は別に崎山さんに干渉されたとしても、嫌な気はしていない。
むしろ、興味を持ってもらえたのかと、少し喜ばしく思うくらいだ。
でも、崎山さんはどうなんだろう……。
考えていると、崎山さんがさっさと先に行ってしまい、慌てて後を追いかけた。
角を崎山さんが曲がり、背中を追う。
瞬間、何だか嫌な予感がして、僕は少しだけ曲がり角の先を覗き込んだ。
崎山さんがコチラを振り返っていた。
目が合いそうになり、慌てて身を隠す。
バレたかもしれない。
そっと、もう一度角から身を出す。
すると崎山さんは何事もなかったかのように、また歩き始めていた。
どうやら気付かれなかったようだ。
「危ないな……」
とはいえ、一体彼女はどこに向かっているのか。
すると、どこか見覚えのある風景が目に入ってきた。
「ここって……」
以前崎山さんと散歩した場所だ。
一緒に歩いて、食べ歩きを(崎山さんだけ)して、神社に向かった。
よく覚えている。
じゃあ、この先にあるのは……。
崎山さんが入っていったのは、以前立ち寄った、あのパン屋だった。
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