2-3 お願いと性祈願

 お参りをしようと境内の奥に向かっていると、箒で清掃をしている少女がどこからともなく姿を現した。


 黒髪のショートカットで、目が大きく顔立ちも整っている。

 彼女は僕たちを見ると、ニッコリと笑いかけてくれた。


 中高生くらいだろうか、かなり可愛い。

 こんな子がクラスに居たら、さぞかし思春期の少年の心を鷲掴みにすることだろう。


「こんな平日にお客さんなんて珍しいですね」


まさか話しかけてくるとは。

内心驚きつつも、顔には出さないようにする。


「えっと、君はここの子?」


「はい。近藤 ゆめって言います。神主の娘です」


「近藤 夢?」


 何だその避妊具みたいな名前は。

 親のセンスを疑う。


「学校でいじめられたりしてない? 大丈夫?」


「えっ? どうしてですか?」


「ちょっと遠藤くん、最低よ」


「いや、だって良識ある大人としては心配で……」


「それはそうだけど……」


 僕と崎山さんが勝手にあわあわしていると、夢ちゃんは「お二人も性祈願ですか?」ととんでもない言葉を口にした。


「性祈願って、何言ってるの」


 どぎまぎする崎山さんの言葉に「ご存知ないんですか?」と夢ちゃんは首を傾げる。


「ここはカップルとか、ご夫婦とかがよく来られるんです。ここに来た男女は、それはそれは仲睦まじくなるんだとか」


「へぇ、恋愛祈願の神社なんだ」


 僕がつぶやくと夢ちゃんは首を振った。


「いえ、性祈願です。ここに来られるのは、倦怠期のカップルや、夜の営みが途絶えたご夫婦なんですよ。それはそれはもう凄いことになるそうです。だから、夢見町は出生率がとっても良いんですよ」


「なるほど……」


 年端も行かない子が真顔でとんでもないことを言っている。

 とりあえず僕はこの神社をドスケベ神社と呼ぶことにした。


「つまり崎山さんが僕をここに連れてきたのも、僕とお盛んになるためですね」


「階段を下る時には背中に気をつけることね、遠藤くん」


「すいませんでした」


 どうやら違うらしい。

 男の性というのはどうしてこう勘違いを呼ぶのか。

 心が死んでいく。


「残念だけど、私達は性祈願に来たわけじゃないわ」


「えぇ……オススメの絵馬や護符を売ろうとしたのに。残念だなぁ」


「本当に残念です」


 僕が肩を落とすと、崎山さんにギロリと睨まれたので沈黙した。


「ちょっと気まぐれで寄っただけだから。アルバイトが見つかるようにって、就職祈願よ」


「あ、それなら良い商売繁盛のお守りがありますよ」


「何でもあるな」


 猛烈な夢ちゃんのセールストークをかわし、どうにか拝殿に連れてきてもらった。


「どうぞ! こちらでお参りしていってください!」


「どうもありがとう」


 僕が財布を出すと、すっと横から崎山さんが手を差し出してきた。


「なんですかこの手」


「五百円よ、遠藤くん」


「自分で出してくださいよ」


「甲斐性のない男はモテないわよ」


「遠藤さん、ウチの参拝には一万円がおすすめです!」


「そんなに出せるか!」


 キラキラした顔の夢ちゃんをよそに、僕は五円玉を崎山さんに渡した。

 渡された五円玉を見て、崎山さんは怪訝な顔をする。


「何で五円?」


がありますようにってね」


「寒っ」


「お賽銭で五円とか、最低です」


「心が死んでいく……」


 賽銭箱にお金を投げ入れ、二礼二拍手一礼。

 と言っても、何を願えばよいのだろうか。

 そこで僕は、チラリと崎山さんを見る。


 ああ、そうか。

 そう思い、静かに祈りを捧げた。




「また来てくださいねぇ!」


 すっかり陽が傾いた頃。

 夢ちゃんに見送られ、僕たちは性木神社を後にした。

 夕方の風は優しく、静かに僕らの体を抜けていく。


「何だかんだ、遅くなっちゃいましたね」


「お腹が減ったわ、遠藤くん」


「あんたそればっか」


 そこでふと気になって訪ねてみた。


「崎山さんは、何をお願いしたんですか?」


「何って、あなたが仕事見つけろとか言ったんでしょ。就職祈願よ」


「なるほど」


「遠藤くんは何をお願いしたの?」


「えっ? 僕ですか?」


 どう答えたものかと頬を掻く。

 すると崎山さんがサッと僕から距離を取った。


「まさか私との性祈願を……?」


「いや、違う違う! 誤解です!」


 慌てて否定すると「じゃあ何なのよ」と問い詰められる。

 隠すようなことでもないし、観念して白状するか。


「崎山さんとの生活が、長く続いてほしいなって」


「そんなこと?」


「いや、せっかく知り合えたんですし。すぐに就職先が決まって、物件が見つかってってなると寂しいじゃないですか」


「遠藤くん……」


 崎山さんは僕を見つめると、ふっと笑みを浮かべた。


「そう言えばあの夢って女の子だけど」


「あぁ、可愛かったですね」


「あの子もサキュバスよ」


「えぇっ!? 通りで異様に可愛いと……」


「犯罪だけはやめてね」


「しませんよ!」


「それから、遠藤くん」


「はい」


「またここに来ましょう」


「そうですね」

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