2-2 御神木
「それで、僕たちどこ向かっているんですか?」
「あそこよ、あそこ」
崎山さんは町の真ん中にある大きな樹を指さした。
遠目からでもわかるくらいの巨木で、生い茂る木々は近隣住居の屋根にまで至っている。
日照権の問題とかないんだろうか、とかどうでも良いことを考えてしまう。
確かにこの街に来た時から、あの樹は気になっていた。
傍から見ても目立つし、あそこまで大きな樹を見たことは今までに一度としてない。
「あの樹って……」
「神様の
「御神木ってやつですか」
神様の宿る樹。
あのサイズの樹なら、樹齢百年は優に超えているだろう。
屋久島の縄文杉を何かの画像でみたことがあるが、それよりもはるかに大きいのではないだろうか。
だからこそ、この街の名物でもあるらしい。
何だかそれは、神秘的な響きだった。
歩いていると、やがて石階段のある場所へとたどり着いた。
大きな鳥居があり、神社の敷地なのだとすぐに知る。
樹はこの先から生えているようだ。
「じゃあ行きましょうか、崎山さ――」
階段に足を踏み入れながら振り返ると、彼女はこわばった顔で階段を睨んでいた。
「本気なの、遠藤くん?」
「何がです?」
「だってこの階段、どう見ても数百段はあるわよ。こんな長い階段を私に登らせようだなんて、この殺人者……」
「自分が行こうって言ったのに」
どうやらよっぽど運動がしたくないらしい。
そりゃあ、僕だってこれだけ長い石階段を前にしたら気は引ける。
しかし、そんなこと言ってたら何も出来ないのだ。
仕方なく僕は切り札を使うことにした。
「動かないと太りますよ」
数分後。
僕と崎山さんは汗だくになって階段を登っていた。
ゼェゼェと息を切らして一歩一歩進んでいく。
「屈辱だわ、私が、こんな、修行みたいな、こと……」
「ほら、もうちょっと、ですよ……」
「遠藤くん、帰ったら、覚えて、なさい……」
「り、ふじん、です、よ……」
すると、ピタリと崎山さんが足を止めた。
何事かと僕は彼女の顔を見る。
「散々食べたから吐きそう」
「こらえて! こらえてつかあさい!」
そんなギリギリのやり取りをしつつも、何とか無事頂上にまで到着した。
階段を登りきった僕たちは、そのまま崩れ落ちるようにして石畳の参道に座り込む。
「はぁはぁ、ようやく登りきりましたね」
「遠藤くん、最低よ。女子にこんなことさせるなんて。そんなだから彼女もいないのね。人間以下のクズが捻り出した糞のさらに糞が生み出したゲロカス以下の存在よ」
「暴言が過ぎる」
無茶苦茶な彼女の言葉の暴力でボコボコサンドバッグにされていると、ふと崎山さんは黙った。
その視線を追いかけ、僕も言葉を失う。
そこからは、夢見町が一望出来たからだ。
考えてみれば、何百段と階段を登ってきたのだから、当たり前かもしれない。
少し傾いた日差しが映す街の情景は、どこか優しく温かい。
そっと吹き付ける風が、僕たちの頬を優しく撫でた。
「キレイね、遠藤くん」
「ですね」
そう言って、ちらりと崎山さんの横顔を盗み見る。
風に黒髪をなびかせる彼女の横顔は、今までにないくらい輝いて見えた。
思わずドキリと心臓が跳ね上がるのを感じる。
引き寄せられるように僕が彼女を見つめていると、ふと目が合い、ギクリとする。見てたのがバレただろうか。
「さて、それじゃ行きましょうか」
彼女はゆっくりと立ち上がると、僕に手を伸ばしてくる。
どうやら見ていたことは気づいていないらしい。
「行くってどこに?」
「決まっているじゃない」
彼女はビッと境内の奥を指差した。
「お参りよ」
参道を進むと、すぐそこに巨大な樹の根が目に入ってきた。
かなり大きな樹で、大人十人が両手いっぱい広げても囲えなさそうなほど太さがある。
そこには立て看板が掛けられており、御神木の解説が書かれていた。
「性木樹……? 変わった名前だな」
「あら、気づかなかったの? この神社、性木神社って言うのよ」
「何でそんな名前なんだろう」
「それはここに奉られているのが、サキュバスの神様だから」
「サキュバスに神様? 矛盾してません?」
サキュバスは元々淫魔や夢魔と呼ばれており、存在自体が悪魔だ。
神様にはなりえない。
「正確にはサキュバスにとっての神様っていうのかしら」
「あぁ、子宝の神様とか、そう言うのですか」
「子宝っていうよりは、性を司るっていうのかしら。ほら、ここにも書いてる」
崎山さんに言われて見てみると、たしかにそのようなことが書かれていた。
性を司る神がこの木に宿り、町の繁栄を促しているのだとか。
崎山さんは真面目な顔で御神木を撫でた。
「ここの神様のおかげで、サキュバスは守られてるの。だからこの町に来たサキュバスは、平和に、穏やかに暮らせる。そして町を離れた後も、その幸せは約束されるの」
「その話、お母さんからの受け入りですか?」
「まぁね」
サキュバスの母、か。
崎山さんの母親だし、さぞかし美人なのだろう。
サキュバスなんて与太話だと思っていた僕も、少しずつその話を信じるようになっていた。
崎山さんが、まるで本当のことのように講釈を垂れるのも理由の一つだが。
それ以前に、彼女と暮らし始めた時に見た、角と尻尾の光景がまだ記憶に焼き付いているからだ。
サキュバスは本当に、この世にいるのかもしれない。
「崎山さんて、サキュバスなんですよね」
「そうよ」
「尻尾とか、角とか、出さないんですか?」
「出さないわよ。人間社会に溶け込むために、そう言うのは見せないようにしてるんだから」
「じゃあ、出せるんですか?」
僕が尋ねると、崎山さんはジッと僕の顔を睨んだ。
普段はクールな崎山さんの顔が、少しだけ赤い。
何かマズいことでも言ったのか。
「……スケベ」
「えっ!?」
何故そうなるのか甚だ理解できない。
しかし崎山さんは呆れたように肩をすくめ、ため息を吐く。
「遠藤くんがこんなド変態だとは思わなかったわ。何だかガッカリ」
「ちょちょちょっ! 何で? どうして!?」
「良いからさっさと行くわよ、変態ロリコン赤ちゃん人間」
「属性が増えている……」
どうやら角と尻尾を見せることは、サキュバスにとって禁句らしい。
そう言うことはもっと最初に言っておいてほしいものだ。
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