第5話ただ黙って話の続きを待つ
「まま、ぐらたんたべてもいい?」
「ちょっと待ってね。取皿で分けてあげるから」
「ふーふーしてっ」
「はいはい。ふー、ふー。ほらもう熱くない熱くない」
あの頃の様な笑顔を見せ始めた娘に、それをあの頃の様に対応して良き母親で居ようとする私。
まるで私に起きた事など関係無いとばかりに周りは周りの日常を語りながら笑い、食事を取る者、勉強をする者、読書をする者、そして私が離婚したと聞いて表情一つ変える事なく、かといって催促することでもなく、ただ黙って話の続きを待つ男性。
「………私の不倫がバレた、私がバカだった。優しい夫だった。夫ごときには絶対にバレないと思った。万が一バレても許してくれると思った。それをいい事に不倫相手と一緒に蔑んだ」
「それはまた、なんというか」
そして高城は苦笑いしながらソーセージに粒マスタードをつけて備え付けのレタスと一緒に始める。
レモンを絞らないのは中学生の頃から変わっていない様だ。
「その時の私は愛してやまないはずの娘である真奈美の事が、不倫相手と会う時間が減ると鬱陶しく思った。夫も二人の愛を燃え上がらせるスパイス程度に思っていた。恋のボタンを掛け違えただけだ。出会う順番が少しだけズレただけだ。私と不倫相手こそが運命の相手だ。真実の愛だ。そう思った」
そして私も頼んだグラタンを食べる。
まるで味がしない。
味のないグミを食べている様だ。
本当だったら美味しい筈なのに。
娘と一緒にこの美味しさを共有出来ていた筈なのに。
私の料理は味がしない。
「そしてバレたと?」
「バレた。むしろ初日からバレていた。バレバレよ。もうホテルへ行く写真もバッチリ。家での不貞に至っては動画もバッチリよ。ぐうの音も出なかったわ。言い訳のしようもございません。後は煮るなり焼くなりさあどうぞって…………そして煮るなり焼くなりされちゃった」
「まぁ、それは今のお前を見れば分かるわな」
ガヤガヤと周囲の音が煩い。
「一度真奈美の事を鬱陶しいと、居なくなればと、そう思った私に母親としての資格が無いことくらいは私が一番分かっているのよ」
「まま、あーん。おいしい?」
子供は鈍感そうでその実大人が思っている以上に敏感だ。
私の不安定な情緒を感じ取ったのか機嫌を取ろうと普段であれば好物は絶対に一人で全部食べようとする真奈美がハンバーグをぐちゃぐちゃにしながらも一口サイズに切り出すと子供用のフォークに刺して私に食べさせようとして来る。
「あーん、もぐもぐもぐ、ごっくん。うん、マナのハンバーグ美味しいよっ」
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