第3話別段意識もしていない、そんな異性

「………待ってた」

「待ってたって、お前な。そんな小さな子供連れて」


困った様な表情をしつつも娘を抱きかかえ「寒かったろ?お兄さんとあったかいものでも食うか?ん?」と娘をあやしながらも遠回しに私に食事を誘ってくる。


あぁ、この人はあの頃からまるで変わっていないただのお人よしなのだと過去の記憶が一気に蘇ってくるとともに、今の自分がみじめ過ぎてどんどん落ち込んでいく。


自業自得だと私だって思う。


けれども悲しむ権利が無いわけじゃないと、夫が聞いたら「どの口が、悲しみたいのはこっちだ」と言い返されそうな事を思う。


「たべるっ!!おなかすいたっ!!」

「そっかそっか。じゃあ何食べる?」

「うーんと、うーんと、はんばぁーぐっ!!」

「おっし、じゃぁハンバーグを食いに行こうっ!!」

「「おーーーっ!!」」

「ちょ、ちょっと真奈美っ!!止めなさいっ!!」


そして私は娘である真奈美が何を食べたいか答えてから叱る。


今更食べに行かないとは言えない所で叱るなど下心丸出しではないか。


卑しい。


「まぁ真奈美ちゃんもこう言ってるんだし、良いじゃないか。今日ぐらいはおごってやるよ」


そう言って笑う彼は、相も変わらず太陽の様だ。



彼、高城颯太との出会いは中学校のころであった。


それまでは同じクラスといえども接点など無く、思春期特有のつかづ離れづの距離を保ち中学校生活を謳歌していた。


彼は野球部で私はソフトテニス部。


部活の練習中泥だらけになりながら頑張っている彼の姿はたびたび視界の端に移りこそすれどもそれだけであった。


別段意識もしていない、そんな異性。


その関係が変わったのは中学二年の冬、今の時期くらいに寒い中部活終わりに呼び出された私は彼から告白を受けて、そしてイエスを出した私と彼は晴れて恋人同士となったのだが、私は別段彼の事が好きでも何でもなかった。


ただ、初めて異性から告白されたという興奮と、別段好きな人がいる訳でもないという状況が私にイエスの返事をさせたのだ。


イケメンという訳ではないが部活により引き締まった身体にクシャっとした笑顔。


振る理由も無い。


と思っていたあの頃の私はきっとこの告白で価値観ががらりと変わってしまったのだと、今更ながらに思う。


「林原さーん、おい、聞こえてるか?」

「………聞こえてる。それにもう林原じゃなくて北川。ただの北川彩」

「…………そっか」

「何よ?」

「何にも?それよりもメニュー決まったのかよ?お嬢様がお冠だぜ?」

「ままおそいっ!!はやくっ!おなかすいたっ!!」

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