一人目・香丸拾の五目炊きこみご飯

 調理VTRは香丸拾から始まった。

 調理過程の最初は、キッチンに並べられた具材を映すところである。ゴボウ、ニンジン、こんにゃく、油揚げ、干しシイタケ、そして生米とだし汁だ。


「キク科マンドラゴラのゴボウと、セリ科マンドラゴラのニンジンは無毒化される組み合わせ。こんにゃくも、サトイモ科マンドラゴラから作られたけれど、有毒にならないタイプですね。きちんと組み合わせが考えられています」


 料理研究家の中年女性が具材をそう評する。観客席の治子が「さすがだわ」と嬉しそうにするが、研究家は辛らつな言葉を続けた。


「――が、他の食材を見るにこれは、五目炊きこみご飯でしょうか? いささか普通すぎるチョイスですねえ……」


 この大会は、何も既存の料理をマンドラゴラでそのまま差し替えれば良い、というものではない。マンドラゴラの特性を理解し、その魅力を存分に引き出してこそ高得点が得られる。その点では、香丸の選択はやや安易に見えるのも致し方なかった。

 治子は息子の優守と不安げに顔を見合わせる。だが、審査員のコメントなど知るよしもない香丸は黙々と調理するだけだ。


 マンドラゴラ野菜を相手取る上で大切なのは、声帯の摘出である。

 マンドラゴラは土から抜かれた段階で声をからさんばかりに悲鳴を上げるが、以後は二度と叫ばない。だが、最も毒が溜まるのが声帯なのである。

 たとえ無毒化できる組み合わせ調理しても、量が足りなかったり、食べた時に偏りがあると、消しきれない毒が発生する可能性がある。

 手と足と頭。五体を思わせる形に枝分かれしたニンジンを、包丁で縦真っ二つにすると、マンドラゴラの顔――すなわち、目と口を思わせるくぼみのやや下に、細い管があった。肺を思わせる小さなコブにつながるそれを、破らないよう慎重に取り除く。中身が漏れて食材についてしまったら、雑味が出てしまう。

 この作業には、スタジオも思わず緊張の内に見守った。太さのあるニンジンはまだしも、細長いゴボウともなればその手間は倍増しになる。


「完璧な手際だな」


 植民大尉はその手並みを惜しみなく賞賛した。危険な宇宙人と数々の死闘を繰り広げた彼には、モニター越しに香丸の料理人としての気迫を感じ取ったのだろう。

 しかし、その後の調理過程はごく平凡なものであった。


 あらかじめ戻しておいた干しシイタケを絞って刻み、ゴボウをささがきにし、ニンジンは短い千切りに、油揚げは粗みじんに。こんにゃくは棒状だ。

 きっちり水に浸した生米に、茶こしでシイタケの戻し汁を注いで土鍋へ。ここで醤油とみりんの調味料を加える。そして水、だし汁、切った具材……。

 丁寧ではあるが、派手なパフォーマンスも変わった工夫も見られない。このころには、審査員たちも退屈そうにモニターを眺めていた。


 ご飯を炊く間に、香丸は他の調理に取りかかる。


「あれは何かしら?」


 キッチンに並ぶ新たな食材に、伯爵令嬢が驚きの声をあげた。

 それは一見して魚に見えるが魚ではない……頭から海藻を生やした人魚のような、干からびた根っこ……すなわち、人魚型マンドラゴラだ! 司会の解説が入る。


「なんと! あれは海底に生えると言われる、幻の海マンドラゴラです! 根の形状が人間ではなく人魚型のため、従来のマンドラゴラとはやや定義が外れますが……」


 ここでカンペがリナイに出された。


「えー、海マンドラゴラは岩に生え、引き抜かれると水中でも伝わる超音波で悲鳴を上げるそうです。聞いたものは失神して溺れ死ぬのだとか。恐ろしいですねえ……そのため栽培も困難で、ほとんど市場に流通していないはず」


 その時、観客席の片隅で、「へっ」と悪態じみた息を吐く男がいた。ごま塩頭にハチマキを締め、和服姿の年老いた、だがたくましい体つきの男だ。


「香丸にゃ、世話ンなったからな……」


 その近く、元名漁師だった男に治子は頭を下げる。


「びっくりしましたよ、弁蔵さん。あんな嵐の夜に、耳から血を流しながらあれを届けてくださって……」

「いいってことよ」


 応援団の会話は知られることなく、ステージ上では調理VTRが進行していった。

 人魚型マンドラゴラは、香丸の手で自家製日干しにされている。これを焼いている間に最後のもう一品、味噌汁に取りかかっていた。

 出汁を沸騰させ、具材の長ネギを投入。柔らかくなったら火を止め、レードルで出汁をすくって味噌を溶かし、再び火をつける。今度は豆腐とワカメを加え、沸騰しないよう温める……丁寧だが、それ以上は褒める所もない。

 やがて米が炊き上がると、香丸は刻んだアサツキを味噌汁に入れ、焼き上がった海マンドラゴラの干物と共に提出した。


 注目すべきは海マンドラゴラであろうが、それ以外はまったく平凡な日本の家庭料理。はたして、香丸拾の勝算やいかに!?

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