マンドラ食え!~マンドラゴラ料理コンペティション~
雨藤フラシ
大会オープニング
食、それは生の基本。
〝同じ所にとどまるには、必死に走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)〟と赤の女王が定めるように、あるいは熱力学第二法則が述べるように、生あるものは他の命を食らわねばならぬ。
神がいかなる御心でもって、そのようにこの世を創造したのやら。しかし、人類という生命がエデンの果実で飽き足らなかったことは誤算だっただろう。
臭くて固くて食えたものではない獣肉を十日かけてアク抜きし、猛毒の魚のもっとも毒性の強い部分を三年かけて無力化し、生で食うと美味だという毒キノコを致死量ギリギリをかじってチャレンジした。
一部の信心
かくして神は
かくて、死と隣り合わせの美味を追い求める戦いが始まった。
◆
マンドラゴラとは天使や悪魔のたぐいではない。他にはない独自の特性を有する、れっきとした植物である。従って人間の歯で噛みちぎり、咀嚼して飲み下せる。
主な特徴は三つ。「おおよそ人型の根」「声帯を持ち、抜くとき発声する」「強い毒を持つ」。マンドラゴラの声とは俗に悲鳴ともされ、人間の聴覚では非常に不快な金切り声のため、聞くと死ぬ、ないし発狂するという伝説も生まれた。
マンドラゴラは独自の科や属を持たず、セリ科やナス科、アブラナ科など多岐に存在する。毒性の弱いものはハーブとして広く使われ、一般にはマンドラゴラと認知されないものも多い。人類が普通に食べている野菜も、実はマンドラゴラの親戚だったりするのだ。
「以上、マンドラゴラの基礎知識でした。出場者のみなさんは当然ご存じですが、今日が初めてマンドラゴラを知った視聴者のみなさんは、ぜひ覚えてください」
巨大なモニターの前で、笑顔の司会・リナイはトレードマークのキツネサインをかかげて振った。メロウサインと似ていてややこしい。
階段状になった座席に囲まれたステージは、バレーの試合ができそうなほど広い。その中央、スポットライトを浴びてたたずむ、スパンコールをあしらったタキシード姿の男が彼だ。腰につけた大きな尻尾のフェイクファーがポイント。
ステージの上には、三つのキッチンが等間隔に設置されている。
「さて! そしてここからが、重要なマンドラゴラの特性。食べれば中毒死もありうるこの植物ですが、その毒性は必ず別種のマンドラゴラによって相殺されるんですね。例えばチョウセンマンドラとアサマンドラは相殺関係にあるので、この二つは必ず一緒に調理されます。しかし! ここにもう一つ、コールドマンドラを加えるとバランスが崩れ、再び有毒になってしまいます」
モニターが名前のあがったマンドラゴラの品種、その調理過程やドクロマークを映し出す。客席からはへえ~と感心したような声が上がった。
マンドラゴラ料理は、いかに毒性を持たせず安全に調理するかというデス・ポイズンクッキングなのだ。
「それでは、第七回マンドラゴラ料理コンペティション、本戦に残った三人のシェフをご紹介しましょう!」
それまで闇に沈んでいたキッチンにスポットライトがあたり、先ほどからそこにたたずんでいた男たちを照らし出した。
一人目は金髪碧眼の男。端正だが、傲慢なほど自信に満ちた顔つき。
「三つ星レストランシェフ、シリル・ル・ギャレ! 完成度の高いマンドラゴラコンソメある限り無敵と豪語する、実力に裏打ちされた自信!」
観客席から、彼のファンらしき黄色い声援が上がった。シリルはそれに応えることはなく、一言だけコメントする。
「今回の勝負……オレはコンソメを使わない」
「えっ!?」
リナイがぎょっとしてそちらを見た。観客席も息を飲む。
「コンソメは基本にして奥義。だが、マンドラゴラの可能性はそれだけではない」
「おーっと、早速波乱の予感です! あえて不敗のコンソメスープを封印し、いったい何をくり出そうと言うのでしょう……? 次! 中国四千年、俺の料理は万年! 医食同源を地で行くマンドラゴラ薬膳界の
筋骨隆々とした黒髪の若者が、なぜか力こぶを作って紹介に応えた。ニカッと明るい笑みは人好きがし、スプリンクラーのように全身から陽気を放っている。
「毒と薬は表裏一体! マンドラゴラで
観客席から届く声援は、蔡が男女ともに人気があることを物語る。
「蔡シェフは、予選では
酸菜魚は淡水魚と青菜(カラシナの漬けもの)を使った四川料理だ。
ソウギョ、ライギョ、ナマズなどの淡水魚を丁寧な下処理で生臭さを取り、漬けものから出たほどよい酸味と魚の旨味で食が進む。
ちなみに漬けものは、マンドラゴラを単体で無毒化する方法の一つだ。
「そして、最後の一人! 日本の下町で食堂を営む男がここまで来た! 大会唯一の日本人シェフ、
「とーちゃんーっ! がんばれーっ!」
「あなたーっ! 素敵よーっ!」
香丸の妻・
香丸はそちらに温かい目を向け、軽く腕を上げて答える。どこにでもいそうな、中年の男だ。だが、シリルも蔡も、香丸を侮る気は一切なかった。
続けて、司会のリナイは元コロニー防衛軍植民大尉、人食い族の伯爵令嬢、料理研究家の審査員三名を紹介する。壮年の白人男性、しとやかな銀髪のレディ、底抜けに明るい中年女性の三人がそれぞれが会釈し、あるいは手を振った。
ここからは、三人のシェフが出す料理とその調理過程を個別に見ていこう。
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