番を縛る鎖

千羊

番を縛る鎖

 神は稀に番を作る。

 昔一緒になれなかった恋人が生まれ変わっても互いを見つけられるようにと言われているが実際の真偽はつけることはできない。

 わかっているのは彼らの間には一直線に繋がる線があることだけ。

 彼らにしか見えない、番同士を結び合せる糸のような細い線が。


 ユニにその線が見えるようになったのは成人を過ぎた頃。

 ある日うっすらと、胸から伸びる一本の糸が伸びていた。


 獣人であるユニはその辺で一番の狼で、発情期の近い多くの異性たちに言い寄られていた。

 いつものことであった。

 猫なで声で身体を寄せて、大きな獲物を狩って、魅惑的な舞で、珍しい装飾品で。

 方法は様々だった。

 しかしユニが靡くことはなかった。


 ユニは胸から伸びるその糸を見て納得した。

 自分には番がいたのだ。

 ユニはすぐに荷物をまとめると、国を出た。


 野宿をしながら一直線に番へと向かうのは苦しい道のりだった。

 獣人に冷たい国があった。

 過酷な崖や、荒れる川、肌を焼く砂漠で死にかけたこともあった。

 だが、辛いと思ったことは一度もなかった。


 最初はうっすらとしか見えなかったその糸は今にも千切れそうだったというのに、日に日に太さを増し、同時に胸の高鳴りを覚えさせたからだ。

 こんな気持ち、今まで経験したことがない。

 どんな大物を獲ったときも、どんな美人に言い寄られたときも、どんな強者を打ち負かしたときも、こんな気持ちにはならなかった。

 最初は毎日が心踊るだけだったというのに、焦がすような想いが胸をジリジリと焼く。




 ―――そしてユニは遂に番の家に着いた。



 胸から伸びる糸は森の中にある寂れた小屋へと続いていた。

 蔦が壁を覆い、今にも崩れてしまいそうだが、ユニにはなによりも輝いて見えた。


 戸を叩く。


 心臓がうるさかった。

 番がどんな姿だろうと、毎晩想像した。


 種族はなんだろうか。

 妖精族でも、基人族でも、森人族でも、土人族でも、巨人族でも、獣人じゃなくてもなんでもいい。

 きっとどんな姿でも魅力的だろうから。


 性格はどんなのであろうか。

 優しいのか、勇ましいのか、真面目なのか、穏やかなのか、冷静なのか、移り気……なのは嫌だが、なんでもいい。

 きっとどんな言葉でも笑って返事するだろうから。


 その声は、瞳は、髪は、手は、首筋は、唇は、輪郭は、腰は、足先は。

 想像して、心を浮き立たせた。

 でも本当にどんな人でもいい。

 どんな人であっても番が愛しいことには変わりないだろうから。



 足音がして、扉が開かれる。

 ギーッと古びた扉が動く様がゆっくり見えた。


「初めまして、番さん」


 待ち構えていたかのような番の声がする。

 幼い顔立ちに色素の薄い茶色い髪と、濃い緑の瞳。

 柔らかそうな髪の隙間から見える耳が少し尖っているのは森人族だからだろうか。

 会って言いたいことを何十も何百も考えたのに、頭は真っ白で一つも浮かんでこない。


「俺は…っ!」


 上擦った声がみっともなくて、優しく微笑む彼女の前なのに恥ずかしくて、顔が真っ赤に染まった。

 彼女はユニのそんな姿を見て互いの胸から伸びる糸にそっと触れると瞳を伏せてまた小さく笑った。

 その表情が可愛くて、顔がますます熱くなる。


「好きだ!!!」


 勝手に口から想いが溢れていた。

 胸が焦げるくらいの想いは相変わらずジリジリと身体を侵食する。

 息が苦しいほどだというのに、全く不快ではなかった。

 彼女への想いだと思うと、それが愛おしくてたまらない。


 手を頬へ伸ばす。

 彼女も同じ思いなのだろうか。

 互いを繋ぐこの糸から気持ちが全て伝わればいいのに。


 だが、彼女は拒絶するように首を振った。


「貴方が私を好きであろうことは知っているわ。けれど、それは番だからじゃないのかしら?」

「当たり前だ。俺は君が番だから好きだ。愛おしい」


 また手を伸ばす。

 こんな糸などなくてもいいほどに近づきたい。


 だが、彼女はそう、と寂しそうに呟くと一歩下がった。

 そしてもう一度首を左右に振った。


「貴方とわたしは番でも、一緒になる気はないわ」


 彼女はそう告げて無情にも扉を閉めた。


 ユニの頭は混乱していた。

 彼女に拒まれたことが受け入れられなかった。

 何度も会うことを夢見た番。

 それが、なぜ―――?


 ユニの足は力が入らなくなっていた。

 そのまま玄関に座り込むと、旅の疲れのせいかそのまま眠りについた。





 翌日、ユニはもう一度彼女の小屋の扉をたたいた。

 彼女にまた拒まれるのではないかと怖かった。

 だがそれ以上に近くにいるのに見ることが、触れることができないのが嫌だった。


 昼近くだというのに、彼女は眠そうな顔で扉を開けた。

 そしてユニを見て小さく溜息をつく。


「帰ってちょうだい」

「なぜだ!?」

「わたしは、偽りの愛を告げる貴方みたいな人がキライなの」

「偽り? そんなことはない。俺のこの焦がれるような愛は真実だ!」


 彼女はまっすぐと自分を見つめるユニを見ると、表情を歪ませた。


「それが真実でないといつわかるのかしら? わたしは研究に忙しいの。どこかに行って!」


 怒鳴るようにそういうと、彼女は扉を勢いよく閉めた。

 二度目の拒絶を受けたユニはまた唖然とし、閉ざされた扉を見つめることしかできなかった。


 胸が苦しかった。

 君が好きなのに、愛がこんなに胸を焼くのになぜ分かってくれないのだろうか。

 息をするのが辛い。

 この糸は今も一直線に君に伸びているというのに。

 何がいけないんだ―――?





 そして、何日も、何日も、同じようなやり取りを繰り返した。

 ユニが何を言っても、彼女はユニに自分への愛などない、帰れと返すだけだった。

 それが何度も続き、ユニは彼女が自分を何としても追い返そうとしていることがやっとわかった。

 番である自分を、愛していないことも。


 だが、ユニが自分の国へ帰るという選択肢はなかった。

 拒まれても、何を言われても、彼女のそばにいたかった。





 ある日、一度も扉を自分から開けたことのなかった彼女が小屋から出てきた。

 やっと自分のことを、と思ったが、その足取りはふらふらと覚束なく、今にも倒れそうになりながらユニの横を通り過ぎた。

 嫌な予感がした。

 いや、予感がなくても嫌なことが起きるとすぐにわかった。

 小屋から一番近い木の横を通り過ぎた彼女が勢いよく前のめりに倒れたのだ。

 慌ててそれを受けて止める。

 やっとその身体に触れられた喜びが全身を巡るが、彼女があまりに熱くて、違う意味で火傷しそうだった。


「熱があるのか!?」

「そんなのないわ。少し疲れているだけよ。町に行くのだから離して」


 表情は体調不良の人そのもので、虚ろな瞳と、苦しそうな息、そして真っ赤な顔が付かれているだけではないことを如実に語っている。

 受け答えはちゃんとしているが、そんなのは関係ない。


「何勝手に家に入っているのよ!? わたしは町に買い物に行くの! 離して!」


 ユニは彼女を抱き上げると、すぐに小屋に戻り、ベッドに寝かせた。

 ベッドの上で力なく暴れるが、起き上がる気力はもうないのだろう。

 彼女はユニを睨み上げた。


「なにをするの!? すぐにでも町に行かないといけないのに!」

「なにをしているのかというのは俺のセリフだ。そんな体調でこの深い森を抜けられると思ったのか?」

「慣れているんだから大丈夫に決まってるでしょ!?」


 だから早くここから出しなさい、と怒鳴るが、出すもなにもユニがベッドに押さえつけているわけではない。

 やろうと思えば自分で起き上がれるはずだ。

 だが、押さえつけられると思うほど力が出ないのだろう。

 こんな彼女を放っておけない。

 だが、どうしても町に行かないといけないと何度も言う彼女の言葉も逃せなかった。

 ユニは言い合いの末に彼女の代わりに買い物に行くことになった。


 買うものを忘れぬようにと何度も繰り返しながら町へと向かう。

 彼女のもとに行く際に横を通ったから道は覚えている。

 獣人のユニにはその距離は短く、すぐにたどり着いた。

 町へ入ると獣人は珍しいのかまじまじと見つめられながらも買い物を終える。

 すると、町から出る直前に一人の青年に話しかけられた。


「君は、あの森から来たのかい?」


 そうだ、というと青年は悲しそうに俯いた。


「そうか。じゃあ、あの森にいる彼女に会ったんだね?」

「番だからな」


 青年はもう一度そうか、と呟くと、ユニを見送った。


 ユニは青年の行動に首を傾げながらも小屋に戻る。

 今日初めて入ったその小屋は薬の臭いで充満していた。

 前に彼女が研究と言っていたことがあったが、その言葉の通り何かを研究しているのだろう。

 買ったものを机に置き、苦しそうに息をしながらベッドで眠る彼女を見る。

 その肌に触れて、熱を感じ取りたいけれど、彼女がそれを拒むのは分かっていた。

 だから、しない。

 彼女が嫌がることは絶対にしたくない。

 愛おしくてたまらないからだ。


 なぜこの気持ちが真実じゃないと彼女は言いきれるのだろうか。


 その綺麗な瞳に問うてみたかった。




 次の日、目覚めると彼女は彼女のベッドの下で眠っていたユニを睨めつけ、礼だけ言っておくと小さくありがとうと呟いた。

 だが、ユニが小屋で寝たのは別の話のようで、もう入ってくるなと追い出された。


 その日から彼女の態度が少し和らいだように感じたのは気のせいじゃないと信じたい。



 そんなこんなで一日一回ユニは戸を叩き、彼女へ愛を囁く日々は続いた。


 時々彼女はユニに買い物を頼むようになった。

 自分でも行けるが、ユニに任せた方が早いと分かっているからだろう。

 研究を進めたいからと言い訳する彼女が可愛らしかった。


 このまま、彼女は少しずつ絆されてくれればいいと思った。


 彼女と一緒にいられるだけで幸せだった。





 ―――だが、ことは突然起きた。


 朝目覚めると、喪失感があった。

 胸に手を当てると、二人を繋ぐ糸がなくなっていた。

 小屋へと一直線に向かっているはずのそれが見当たらない。


 慌てて起き上がり、どんどんと彼女の小屋の扉を叩く。

 返事はなかった。

 彼女が嫌がると分かっていても、中に勝手に入った。

 すると、彼女は驚きもせずにユニをまっすぐ見つめた。


「来ると思っていたわ」

「一体……」


 どういうことだ、という言葉は彼女の狂ったような笑いで遮られた。


「あはっ、あははっあははははっ!!」


 自分の笑いに耐えきれなくなったのか、お腹を抱えて床に蹲る。

 その姿が不気味でユニは一歩後ずさる。


「やったわ! やってやった! わたしはこれで解放されたのよ!!」


 ねぇ? と強く問いかけられてもユニは訳が分からなくて何も答えることができなかった。

 彼女はその姿を見てまた腹を抱えて笑い、そして言った。


「あははっ、わたしは、貴方の愛が真実じゃないと証明したのよ?」

「えっ?」

「もう貴方の心にわたしへの愛はない。そうでしょう?」


 そう言われて胸に手を当てた。

 毎日感じていた焦がれる想い。

 それがすっかり抜け落ちていた。

 まるで空っぽのようだ。


 彼女はそれを自覚したユニの表情を読み取っていた。

 笑いすぎて出た涙を細い指で拭いながらほらねぇ? と今度は薄く笑う。


「最初から分かっていたのよ。番なんてものは勝手に作られた愛だと。だから、わたしはそんなものに惑わされなかった。―――ああ、これで研究が終わる! あの鎖のような糸は切れた! これで作られた貴方への想いに悩まされることもなくなる!」

「ずっと、糸を切るための研究をしていたのか?」

「当たり前でしょう? わたしが真に愛しているのは貴方じゃないもの」


 ユニの頭は混乱するばかりだった。

 彼女が、俺を好きだった、けれど本当は違くて、俺の愛は作られたもので、彼女は真に愛する人がいて、そのための研究をずっとしてた。

 だが、ぐちゃぐちゃになった頭で分かっていた。

 自分が傷ついていない、と。


「ほぉら、貴方はわたしを愛してなどいなかったのよ」


 彼女は立ち上がると、スカートについた埃を叩き、軽い足取りで扉を開けた。

 そしてにこりと笑った。

 初めて見た彼女の笑顔だった。


「わたしはあの人のところへ行くわ! もうこの小屋はいらないから貴方にあげる!」


 ばたりと扉はゆっくりと二人を隔てた。




 ユニは国に帰ることはしなかった。

 もう一度あの過酷な道を焦がれる想いなく乗り切れる気がしなかった。

 毎日ぼうっと、彼女から譲られた小屋で過ごしていた。


 ユニの想いは偽りだった。

 番だから好きだっただけだ。

 彼女はそれを知っていた。

 きっとユニと番になる前から深く愛した誰かがいたのだろう。

 だから番への気持ちが偽物だと分かったのだ。


 何度も彼女の顔を思い出す。

 あんなに締め付けられた心が動くことはなかった。


 彼女を恨もうとは思わなかった。

 確かにあの気持ちがなくなって喪失感が心を埋め尽くしている。

 だがユニも彼女も云わば被害者なのだ。

 あの身勝手な糸の。





 そして何日か経った。

 昼寝をしていたユニは強く扉を叩く音で目を覚ました。

 大きく欠伸をすると、勝手にその扉が開かれる。

 するとそこには彼女がいた。

 目を真っ赤に腫らし、涙を流し、みっともなく鼻水まで垂らしている。

 頬まで赤く染めている彼女はひっく、としゃっくりを上げると、膝を崩して座り込んだ。


「わっ、わたし、すごく自分勝手なのは分かっている。貴方に酷いことをしたってことも自覚している。でも、おっ、お願いが、あるの…っ」


 わんわん泣き叫びながら彼女は一言一言必死に言葉にする。

 どういうことだ、と問うと、彼女はぎゅっと目を瞑って涙を床に滴らせた。


「あの人がっ、いなくなっちゃった! わたしを番じゃ無くしてほしいって、女神さまに祈りに行くって、神殿に行ったって! でも神殿のある森はすごい危険で、わたしも行ったけど、すぐに魔物に追い回されて、入れないの…っ! あの人が死んじゃう!!」


 よく見ると彼女が纏っているマントはボロボロだった。

 顔は涙が通った跡が分かるくらい砂で汚れている。


「わたしはっ、研究はできても戦いはできないの…。お願い、あの人を、助けて……」

「なぜ、俺に…?」

「冒険者たちには危険すぎるって断られた。それで、貴方が強いことは知っていたから…」


 前に竜を一人で倒したと言っていたから、と彼女の言葉は尻すぼみに小さくなっていった。

 その姿にユニはふっと小さく笑ってしまった。

 いつも尊大な態度だった彼女が自分の口説き文句を覚えているだなんて思ってもみなかったからだ。


「何でもするから…。あの人が生きるために、この身を差し出してもいいから……」

「そんな必要はない」


 ユニはポンっと、彼女の頭を撫でた。

 自分よりも幼いであろう彼女が泣きじゃくるのは子供に見えてついそんなことをしてしまった。

 だが、当の本人はびくりと肩を揺らし、絶望的な表情になる。


「やっぱり、無理なのね……」


 またほろりと涙が流れる。

 ユニはそんな反応が返ってくるとは思ってもみなかった。

 だから、目線を合わせるためにしゃがみ、彼女のその涙を拭った。


「俺が、行こう」


 信じられないと言わんばかりに彼女の瞳が見開かれる。


「ほんとうに…?」

「ああ、俺が必ず助ける」

「でもわたしっ、貴方に酷いことを!」

「助けてほしいのか? そうじゃないのか?」


 まっすぐその瞳を見ると、彼女はくしゃりと顔のパーツを寄せ、また涙を流した。


「たす、けて……」

「わかった」


 扉をさっと開ける。

 そして彼女の愛しい人へと向かおうと思ったとき、ふと思い出した。

 彼女といるとき、毎日聞いた問いの答えを、今なら聞けると思ったからだ。


「―――あの人と俺が一緒に帰ってきたら、名前を教えてくれないか?」


 きょとん、と目を瞬かせた彼女は、すぐに気まずそうな表情になった。


「いいけど、わたしの心は……」


 その先を聞かずにユニは笑った。

 きっと、彼女に向ける、偽りの心に動かされていない、初めての笑みだったと思う。

 そういうわけじゃないのに、少しだけ仕返しをしてもいいと思ったから。

 それでおあいこだ。




 走るユニはあることを思い出していた。

 世界中で神は12柱と共通している。

 それぞれの国で好きな神を崇拝するのが一般的だ。

 だが、神は共通しているが、伝承は国によってさまざまだ。


 愛の女神は一般的に包容力のある素晴らしい神だと言われているが、ユニの国ではいたずら好きの神とも言われている。

 神々の中での恋模様を操っては遊ぶ、そんな女神だと。


 だから今回のことはきっと女神のせいだろうとユニは思っている。

 女神にいいたいことがないと言えばそうではないが、神の性だから仕方がないと小屋でぼんやりしているときに心の整理はついている。


 彼女の住むこの国はその女神を崇拝している。

 女神にとって不名誉なこの伝承は広まっていないのかもしれない。

 ユニだって自国で崇拝している神は今でも慕っている。

 だから、この話を彼女にいうことはないだろう。





 目にも止まらぬ速さで走り、目的の場所についた。

 そして彼女の愛しい人は、ユニにとっては簡単に見つけ出すことができた。

 彼女に言われた森と、そこに漂う唯一の人の香り。

 圧倒的な強さと、鋭い嗅覚を持ったユニは来る魔物はばっさばっさ切り倒し、すぐにその人を助けたのだった。

 足を怪我して動けないその人がユニが助けに来たことに驚いて何か言っていたが、それを無視して担ぎあげる。

 青年は見事に道を間違え、神殿を通り過ぎたので、横を素通りする。

 くすくすと、笑う声が聞こえたのはきっと気のせいじゃない。

 ユニは速足で森を抜けた。

 早く彼女のもとにこの人を届けてあげたかった。





 町では彼女が入り口でウロウロしながら待っていた。

 砂にまみれたあの時の姿のままで、ずっとそこにいたことが分かった。


「ナキルっ!!」


 ユニが下ろした彼女の愛しい人は、怪我をしているというのに彼女に飛びつかれて倒れていた。


「よかった…! 死んじゃったかと思ったっ!!」

「なぜ…、君は、番と一緒になったんじゃ…?」

「まぁ! わたしを疑うっていうの? ずっと好きって、一緒って約束したでしょ? それともナキルがそれを破る気だったの!?」

「ち、違うよ! ただ、君がいないなら、死ぬのもいいかと思ったんだ……」

「それが、約束を破るって言ってるのっ! わたしは約束通りナキルと一緒にいるし、ずっと愛しているわよ!!」


 彼女が怒っているのか、喜んでいるのか、涙を流していて分からなかった。

 ただ、愛しい人をずっと離れたくないのは、絡める指で、分かった。


「ユニっ!」


 二人の再会を邪魔しないようにとこの場を去ろうとしたが、彼女に呼び止められてユニは足を止めた。

 二人はいつの間にか立っていて、青年は彼女の肩を借りている。


「わたしは、アンネ。貴方には感謝してもしきれないわ」

「そうか。アンネというのか」

「ええ。それで、わたし、貴方に言わなければいけないことがあるわ」

「俺の気持ちには応えられないって?」

「……え、ええ」


 申し訳なさそうにアンネは目を逸らした。

 だが、ユニは大きく笑う。

 その声はよく響いた。


「あはははっ、俺の気持ちはアンネが偽物だと証明したんだ。それに俺がいつ君を好きだといった?」

「でも、わたしの名前を教えてって言ったから……」

「この町に住もうと思っていたからな。近所の名前くらいは覚えておこうと思うだろう?」

「じゃあ、貴方は…?」


 その問いには答えなかった。

 きっとアンネも分かっているだろうから。


「これでお互い騙しあった。俺たちもう対等だ」

「ユニ……」

「確かに俺たちは変な出会いをしたし、お互い番というよくわからない運命に巻き込まれた。だが、友達くらいにはなれると思うんだ」

「ありがとう…」


 アンネとユニは、強い握手をした。





 それからアンネ一人でナキルを運ぶのは大変だからとユニは二人を手伝って病院まで付き添った。


「お兄ちゃん!」


 そこで出会ったナキルの妹とユニが恋に落ちるのは今は誰も知る由もない。


 だが、分かっていることは一つだった。

 互いを繋ぐ糸がなくても、愛はあるということ。





 後日、四人が義理の兄弟と成った暁にユニはこう呟いたという。


 今度は手を出さないでくれよ、女神さま。



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番を縛る鎖 千羊 @cheeehitsu888

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