第15話・女将カユマ

「おばちゃん、ラーメンと餃子を頂戴!!」


「あいよ!! お兄さんはカツ丼だったね、お待ちっと!!」


「おお!! これが勇者様の故郷の味かあ……。」


「うちの定食屋はタケシが常連だからね!! 勇者の味だよ!!」


 活気あふれるここはタケシが住まう山の麓にある街の定食屋。


 今しがた新規の客とも親しげに話す人物は、この定食屋の『女将』であるカユマ。


 皆さんも覚えていようか? そう、彼の『男の象徴』を空振り三振に切って落としたお盆スライダーの使い手だ。


 あれ? お盆ムービング・ファスト・ボールだったかな?


 まあ良い。これ以上、野球に精通しないと面白くない話は止めようと思う。


 寧ろ本作の主人公タケシがベッドを使えずにいるおかげで、夜の野球すらまともにできないわけだから。


 タケシは夜の三振王なのだ。


 そもそも『勇者の味』とは、なんとも怖気の走る表現でないか。


 パオーン!!


「おお……? こいつは豚の肉を揚げているのか!! 美味いなあ、これは病みつきになる味だ。」


「そうだろ? それが勇者の味って奴だよ!! ん? タケシじゃないかい!!」


 女将は店の前を『前』も隠さずに堂々と真っ裸で歩くタケシの姿を捉えていた。彼が子供たちから石つぶてを投げつけられながら街の通りを歩く光景はもはや、この街の名物となっている。


「ん? あ、チョリーッス。おばちゃん元気?」


「なんだい、ご挨拶だね? 最近は顔を見せないで、こっちはあんたのおかげで繁盛してるかお礼だってしたいのに。」


 タケシはこの女将と良い関係を構築しているようだ。流石は元サラリーマンである。


「最近は立て続けに裁判沙汰になることが多くてさ。昔、回復魔法で助けてあげた人からセクハラだって訴えられちゃって……。」


「なんだい、そりゃ? 助けたのにセクハラで訴えられるってのはどう言う状況だい?」


 タケシは魔王軍に囚われた市民を幾度となく救出している。その度に彼は市民からの信頼を勝ち取るわけだが。だが彼には悪い癖があった。


 傷付いた女性を見ると不必要にお触りするのだ。彼は日本でサラリーマンをしていた際にも、電車の中で痴漢と何度叫ばれたことか。


 ダラシない表情で女性に回復魔法をかける勇者。見ていて、これほどまで不愉快な光景はない。だが、それでも彼は曲がりなりにも人命を救助したのだ。多少のことでは女性も怒らないだろう。では女性たちは、どうしてタケシを訴えているのか?


 タケシが四六時中、その手で自身の『男の象徴』を弄っているからだ。


 汚らわしい彼の『男の象徴』は病原菌の巣窟なのである。つまりは、その菌が女性の手に伝染してしまったと。タケシによって回復魔法を掛けられた女性は全員、水虫に苦しんでいるのである。


 そもそも、セクハラで訴えるのであれば猥褻物陳列罪で訴えられる心配をした方が良いと思うが?


「そう言えば俺が教えた団子は? 作ったのなら試食させてよ。」


「ああ、そうだった!! タケシには味を確認してもらう約束をしてたんだったよ!!」


「……勇者さんよ。その串に刺した丸くて白いものはなんだい?」


「ん? これも俺の故郷の味なんだよね。団子って言うんだけど、女将さんがどうしても教えろって言うから作り方を教えたんだ。」


 タケシは日本の味に飢えていた。だが、彼は飲食店には入れない、椅子に座ることさえできないのだから。タケシは手軽に食べられるものとして、この団子のレシピをカユマに教えたのだ。


「はいよ!! タケシに言われた通り、笹で包んだよ。串もそこらへんに落ちてた枝を使ってるから。これなら、あんたも食べられるだろ?」


 因みにカユマが拾ってきた枝は近所の子供が犬のうんこを弄っていたものである。


「悪いねえ。お、美味そうじゃん!! って、美味いよ!! う・ま・い・ぞおおおおおおおおおおおおお!!」


 タケシよ、お前はどこぞのグルメアニメに出てくるおじいちゃんか?


 だが、この団子には不可思議な点がある。それは団子が二個しか付いていないのだ。本来であれば団子は三個か四個が定番だ。


 にも関わらず、女将が手渡した団子は二個。もしやタケシの地元では、これが定番なのだろうか?


「そうかい、美味いかい!! だったら即、商品化だね!!」


「これならいけるよ!! 女将さんも天才だよね!!」


「何を言うんだい!! タケシが助言をしてくれるからだろう!? 名前は『男の象徴団子』だったっけ?」


「そうそう!! この団子でパオーンって感じを出すんだよ!!」


 どうやらタケシは団子を使って自分の『男の象徴』を再現したいだけだったらしい。


 だがタケシもカユマも知る由もない。この団子が世界に新しいムーブメントを巻き起こす事は。この団子を求めて、他国の貴族たちがこぞって、この定食屋に訪れる未来が待っているのだから。


 再びパオーン!!


「そう言えば、女将さんに頼みたいことがあったんだよね。聞いてくれる?」


「なんだい? 急に改まって気持ち悪い。タケシは身も心もフルチンくらいが丁度良いのさ!! なあ? 常連さんも、そう思うだろ!?」


 カユマの掛け声によって定食屋に鳴り響く『フルチンコール』。タケシはやはり愛されていたらしい。すると、変化が起きた。なんと、この定食屋だけではない。街全体が『フルチンコール』をしているのだから。


 そもそも定食屋的には良いのだろうか? みなさん、お食事中だよね?


 だが、この『フルチンコール』は偶然ではない。それは、まあちゃんの3rdジングルが空前の大ヒットをしてしまったからだ。まあちゃんの『好きなあの人はフルチン』はCD200万枚、ダウンロード件数500万件そして果てには動画再生回数1億回を突破してしまったのだから。


 リユツーブ王国って総人口1000万人ですよ?


 街にはフルチンムーブメント一色だったのだ。良く見れば定食屋のメニューにも、その影響が出ているようだ。『フルチン定食 8ドポン』に『フルチンサンド 5ドポン』など見るに耐えないメニューボードが壁に貼られているのだから。


 きゃは♪


「うううう……、俺はフルチンで良かった。やっぱり俺は自分のスタイルを貫いてきて良かった!!」


 いや、お前は呪われているだけだろうが。


「それで、タケシの頼みってのなんだい? 言ってご覧よ。」


「ああ、そうだった。今後、俺の知り合いがアイドルデビューするんだよ。それも三人組で。」


「そうなのかい!? そう言えば、まあちゃんだっけ? あの子もタケシの知り合いだろ?」


「そうそう、俺の知り合いがその子とグループを組んでデビューするんだよ。かあちゃんって子とリンって子なんだけどね。」


 え? リンってもしや……。


「何だい、まるで先代様の側室様と王女様みたいな名前の子だね? で、肝心の頼みってなんだい?」


「そのデビューコンサートで差し入れ持って行きたくてさ。」


「なるほど!! それをうちの定食屋で作れってかい!?」


「そうそう。で、俺が持っていけないから出前でお願いします。」


「おっしゃああ!! 任された!! みんな、フルチンコールだよ!!」


「「「「「フルチン!! フルチン!! フルチン!! きゃは♪ フルチン!!」」」」」


 常連を奮い立たせる定食屋の女将。彼女は、この街を陰で支える太っ腹なかあちゃん気質。彼女の豪快な笑顔は冬の妖精すら引き寄せる魅力がある。そして、彼女の陽気さが春の風が目覚めさせるのだ。


「やっぱり女将さんに頼んで良かったよ!! 差し入れよろしくね!!」


 タケシは能天気に話すも、当のカユマは出前の際に驚くことになるのだ。何しろ彼の言うアイドルグループのメンバー構成が元魔王に先代の側室そして自国の王女だったのだから。


 この奇妙なメンバーで構成されたアイドルグループは、リユツーブ王国だけではなく隣国までその名を轟かせる日がやって来るのだ。

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