第16話・聖女リンと魔王まあちゃん
ここはリユツーブにある王城の一室。
煌びやかな装飾に彩られながらも、ここは日々の政争に明け暮れる政治家には楽園と言えるだろう。それは、ここが『聖女』と市民から讃えられつつも、慕われる王女の個室なのだから。
「ふう、……本日の公務はこれで終わりですか。明日の予定は……議会の参加ですか?」
侍女に明日の予定を確認し、一人自室に佇むリン。だが彼女は部屋の異変に気付いていた。……閉めたはずの窓が開いているのだ。
この部屋には侵入者がいる。リンは確信した。
彼女は自分の背後に気配を感じる。そして、その気配に対して警戒心を高めるリン。もはや、この部屋に佇む王女は母性を感じさせる慈愛の姫君ではなくなっていた。
「……誰ですか? 私を国の継承権第百位の王女と知っての狼藉でしょうか、捨て置けませんね。」
「きゃは♪ リンちゃん、ひっさしぶり!!」
「えっ!? やだ、まあちゃん叔母さま!? どうして、ここにいいらっしゃるのですか!?」
なんとリンの個室に忍び込んだ犯人は元・魔王のまあちゃんだった。だが、この二人は元々は敵同士だったはず。二人の反応はとても敵同士だったとは思えないものだった。
何やら雲行きが怪しくなって来たのではないか?
「リンちゃんに会いたかったからだよおおおおおお!! 可愛い姪っ子に会いに来て何が悪いの! きゃは♪」
「いやああああああああん!! 叔母さまったら可愛過ぎるううううううう!! きゃぴ♪」
この二人、実は知り合いだったのだ。
リンは自分の母親が先々代の魔王だと鼻くそ穿るシヨミから事前に聞かされていた。そして、次代の魔王が彼女の叔母であるとも。この二人は勇者パーティーと魔王軍と言う構図が形成される中でも、一緒にショッピングを楽しむマブダチだったのである。
タケシ率いる勇者パーティーが魔王城に乗り込んだ最終決戦。その前夜に、この二人はオールでカラオケを楽しんでいた。決戦の朝、仲間が宿泊する宿屋に朝帰りをするリン。そして何食わぬ顔でタケシ達を自身の根城で待ち構える寝不足のまあちゃん。
二人のスマホにはカラオケをしながら自撮りした当時の写メが保存されていることは、この二人だけの秘密である。
「リンちゃんってば今日の約束もすっぽかしたでしょう!? プンプン、きゃは♪」
「いやああああああ、叔母さまの『きゃは♪』が可愛いいいいいいいい!!」
「リンちゃん、そんな事よりも今日は一緒に買い物をする予定だったでしょ!? きゃは♪」
「ごめんなさい……。お父様が入院なんてするから、急遽公務の代役をする羽目になりまして。」
「ええ? シヨっちのせいだったんだ……、今度ハラワタでも引き摺り出しちゃおっかな? きゃは♪」
「私の気持ちを分かってくれるのはタケシ様と叔母さまだけなんですううううううう!! ぎゅううううううううう。 きゃぴ♪」
侍女が去った個室で抱き合う元魔王と現王女。もはやツッコむ事さえ忘れてしまいそうな光景である。
だが、この二人がタケシと付き合っている恋敵である事もまた事実である。この二人に待ち受けている未来とは? 固唾を飲んで見守るしかないだろう。
「ねえ、リンちゃん。私、タケちゃんと付き合ってるの。きゃは♪」
「うーん……。薄々は感じてましたけど、やっぱりそうだったんですね? きゃぴ♪」
どうやらリンはこの事実を感じ取っていたらしい。だが、どうにも反応が薄い。果たしてリンは愛と友情、どちらを選択するのだろうか?
「叔母さま。ここは一つ勝負でもしませんか? きゃぴ♪」
「勝負かにゃ? きゃは♪」
「そうです。正々堂々と勝負をして勝った方が負けた方に一つだけ命令をするんです。きゃぴ♪」
「にゃるほど!! それは名案だにゃ。きゃは♪」
リンは勝負で後腐れを残さずに解決する道を選んだらしい。リンは市民から慕われる王女、だが彼女は激しい嫉妬深い一面を持ち合わせている。
現在、タケシに裁判を起こしている女性たちにリンは密かに呪いをかけている真っ只中なのだ。女性たちは目下、悪役令嬢へと転生中である。
女性たちのバッドエンド回避への奮起をお祈り申し上げます。
対する、まあちゃんは魔王としてプライドが残っていたらしくリンの勝負を受けることを選んだ。まあちゃんもまた、リンと同じ血が、その体に流れている。彼女もまたタケシを訴えている女性に対して嫌がらせをしているのだ。
女性たちが転生した後、勇者パーティーから追放されるように呪いをかけている真っ只中である。
勇者パーティーから追放される悪役令嬢がバッドエンドを回避するために魔王と戦う。もはや転生もののファクターカオスである。
さて話の筋を戻そう。
対峙するリンとまあちゃん。互いに涙しながらも獲物をその手に握りしめ、ジリジリと距離を詰めていく。リンの手にはバトルアックス、まあちゃんの手にはクレイモア。
え? 二人とも、本気ですか?
「やあああああああああああ!! 叔母さま、死に晒せええええええええ!! きゃぴ♪」
「どりゃあああああああああ!! リンちゃん、ぶっ殺す!! きゃは♪」
王女の個室で女たちはぶつかり合った。その衝撃は波動となってリンの個室を一飲みにしていく。騒つく城内。気が付けば二人の周囲にはリンの近衛騎士団が配置されていた。
まあちゃん、危うし!!
「きゃは♪ リンちゃんと遊んでたらファンに囲まれちゃった!!」
「んもう。叔母さまったら可愛過ぎるのも罪なんですからね? きゃぴ♪」
互いに背中を預け合うリンとまあちゃん。
もはや思考が崩壊した二人には、周囲の光景などなんのその。リンとまあちゃんにはお互いの好きな男を如何にするか。それしか頭になかった。
「叔母さまああああああ!! 今一度おおおおおおおお!! きゃぴ♪」
「リンちゃあああああん!! ショッピングをドタキャンした恨みいいいいいいい!! きゃは♪」
「近衛騎士団、全員で王女殿下を守れ!! 突撃いいいいいいい!!」
「お黙りなさい!! 叔母さまをいじめる奴は死に晒せええええええええええ!! きゃぴ♪」
「え、王女殿下!? 我々は味方です、って!! ぎゃあああああああああ!!」
「リンちゃんをいじめる奴は許さないんだぞおおおおおおおお!! きゃは♪」
「ぎゃあああああああああ!! 王女殿下と侵入者が手を組んだ!?」
如何に喧嘩をしようとも、二人はマブダチ。そのマブダチを傷付けられることを許容できる人間がいようか?
いや、いない。反語。
場内の一室で荒れ狂うリンとまあちゃん。リンには制限があるものの元々、この二人の実力はほぼ互角。この二人が手を組めば近衛騎士団を殲滅する事など容易と言えよう。
泣きながら逃げ回る近衛騎士団。そして高笑いをしながら騎士たちを追いかけ回すリンとまあちゃん。ここは地獄絵図となった。
「私はまあちゃん叔母さまの公式ファンクラブ会員No.0000のリンよ!! そこに直りなさああああああああい!!」
「私はリンちゃんの公式ファンクラブ会員No.0000のまあちゃんだよ!! ハラワタを抉ってやるううううううう!!」
近衛騎士団、絶対絶命の時。
バトルアックスを握りしめるリンとクレイモアを手にしたまあちゃんの目は血走っていた。鬼の形相で襲いかかる二人を前に騎士団全員が諦めた。
その瞬間だった。
「二人とも、お待ちなさい!! にゃは♪」
二人の前に現れたのは先代国王の側室である母ちゃんだった。世界でも5本の指に入る使い手のリンとまあちゃんの攻撃のそれぞれを片手で受け止めるかあちゃん。
やはり先々代魔王は伊達ではなかったらしい。
「お母様!? いやあああああああ、お母様も可愛過ぎるうううううううう!! きゃぴ♪」
「お姉ちゃん!? うにゃあああああああ!! お姉ちゃんに会いたかったんだよおおおおおおおおお!! きゃは♪」
「んもう。二人とも、仲が良いのは知っているけど騒ぎ過ぎだぞ? にゃは♪」
「だってだって、叔母さまがタケシ様と付き合ってるから!! きゃぴ♪」
「リンちゃんがタケちゃんをくれないから!! きゃは♪」
リンとまあちゃん、二人の言い分を聞くかあちゃん。彼女は珍しく悩んでいる。それは彼女が母としての立場を優先するのか、はたまたは姉としての立場を優先させるのか。どちらを選んでも遺恨が残る結果となる。
果たしてかあちゃんの選んだ道とは?
「じゃあ、三人でアイドルデビューしましょう!! にゃは♪」
「お母様!? 何を言ってらっしゃるの!? きゃぴ♪」
「さすがはお姉ちゃん、名案だよ!! つまりファンの人気投票で一位になった方がタケちゃんをゲットするんだね!? きゃは♪」
「そう言う事ですね!! 叔母さま、私は負けませんからね!? きゃぴ♪」
「リンちゃん!! 私も負けないからにゃ!! きゃは♪」
実はリンはお笑い芸人として有名になるラムーとカジットに嫉妬していたのだ。いつの日か自分も芸能界でデビューを果たす。その思いを胸に抱きつつも日々の公務に追われる自分を恨んでいた。
そんなリンに目を付けたまあちゃんとかあちゃんは作戦を練った。この王女を巻き込めば芸能界を征服できると。流石は『メディア王』の側室と義妹と言えよう。
この二人は密かにほくそ笑んでいるのだ。
今ここにきゃは♪、にゃは♪そしてきゃぴ♪の奇跡のコラボが誕生した。
そして翌日早々にリンの乱心の噂が城内を駆け巡る。このことを知った財務大臣のノーベルがストレスのあまり、彼の頭部から毛根が全て抜け落ちることは言うまでもない。彼に新たな悩みの種が生まれた瞬間である。
恋は女性を強くする。だが過ぎた恋は女性を狂わせる。その狂いを救うはいつの時代も女の友情。友情の先にある笑顔が春の訪れを強調するのだ。
「リンちゃん!! 私たちのレッスンは厳しいからね!! きゃは♪」
「叔母さまの『きゃは♪』だけで白飯三杯はいけますうううううう!! きゃぴ♪」
リユツーブ王国どころか隣国をも巻き込むことになる伝説のアイドルユニット誕生の瞬間であった。
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