第7話・閃光のタケシ⑥

 この世で一番偉大なものは何か? それは自然であると断言しよう。この地球上であらゆる生物と顔見知りたる彼ら。


 生きるために恵みを与え、時として猛威を奮って命すら無感情のままに奪っていく。彼らは冬という季節が嫌いなのだ。嫌悪するからこそ機嫌を損ね、人々に立ちはだかる。


 人類はそれらを試練と捉えて凡ゆる策を講じる。そして、それは異世界においても同様の事。つまり、この男にとっても……。


「ぶわっくしょいいいいい……いいいいん。やべえよ、冬が来ちゃったよ。」


 今しがた普段以上に盛大なクシャミを催したこの男は『閃光のタケシ』の異名を世界に轟かせた男、世界を救った勇者である。


 さて、もはや説明するまでもない事だが彼は安定の真っ裸のままだ。以前、葉っぱを媒体として『男の象徴』を隠すことで基本職の『変質者』から上位職である『原始人』に見事ジョブチェンジを果たした彼であるが、……『変質者』の方が上位職だったか? いや気にすまい。とにかく彼はここに来て頭を悩ませていた。


 何故かと言うと本格的に冬の季節が到来したことが原因だ。


 このリユツーブ王国においても冬季は冬が降る。こと、彼の住む山奥に至ってはその厳しさは殊更である。


 それ故に彼のクシャミも盛大さが増しているわけで。だが、それは抗いようのない事でもある。


 それでも彼は逞しく生きている。それは彼が秋の間に、偶然にもこの山奥で洞穴を発見できたことが大きな要因と言えるだろう。


 それでも彼は悩んでいた。その理由とは……。


「冬のおかげで山の葉っぱが全部枯れちゃったよ。おかげで『男の象徴』が隠せなくなっちゃった。」


 彼は上位職の証たる葉っぱを未来永劫失ってしまったのだ、そして、それらは春が訪れるまで手に入らない。この現状に彼は悩んだ。悩み抜いた。そして彼の出した結論とは?


「仕方ないから粘土でオムツを作っちゃったよ!! 俺って天才じゃん!!」


 そう、彼は自身が放火の原因となった旧マイホームにある炭鉱から粘土を採取していたのだ。これらを原料として彼は器用にもオムツを作成していた。


 まさに完璧な発想、これには作者も唸るしかないではないか……。タケシへのツッコミは日頃の鬱憤を晴らすには最適だったのだが、今後はどこにそれらをぶつけるか、作者は真剣に悩んでしまった。


「だけど、このオムツも欠点があるんだよな。だってさ、『男の冷却水』や『アナコンダの召喚』をする時に不便なんだよね。」


 ……興味深いな、詳しく聞かせてくれないか?


「皮膚に張り付けないといけないから、取り外しが大変なんだよな。取り外した後は『男の象徴』を型どったみたいで楽しいんだけどさ?」


 お前の後ろに山積みにされている粘土の塊はもしや……。


「これこれ、昨日取り外したやつなんて最高の形だっての!! これなんて、まあちゃんにプレゼントしたら喜ぶんじゃないかな?」


 何やら孤高の陶芸家にでもなったような発言に聞こえなくもないが……、お前はどこかのグルメ漫画に出てくる至高のメニューとやらの責任者か?


「……でも、それを差し引いても『アナコンダ』と配色が大して変わらないから、ケツの拭き残しがあると区別つかないんだよねえ。」


 ……お前は老眼のおじいちゃんか。


 彼はこの冬の季節においても山奥のほら穴で一人寂しくも、どこかに娯楽を見つけてしまう。小さな幸せを見つけることに関しては天才なのだろう。だが、それこそが彼の長所であり、憎み切れない所以である。


 ……だが、それを差し引いてもおかしな部分はあるわけで。それは、この洞穴にどう言うわけか焚き火がある、と言うことだ。着火は火炎魔法でどうにかなる、マキがあればその火が絶える事はない。それは分かっている、そして彼は失敗を繰り返してきた。


 彼も成長できたのだろうか?


「ホレホレ、遊んでいないで薪をくべないさいっての。君はそのためだけにここにいるんでしょうが。」


 ……タケシが誰かと会話をしている。だか、ここには彼が見知った人はいない。当然だが、初対面の人もいない。それは、この山に足を運ぼうなどと考える人間は余程の例外を除いてはいないからだ。もしや彼は使用人を雇ったのか? 確かにそれであれば納得できる。寧ろ一本取られたとさえ感じてしまう。だが彼は無一文になったはずだが、どうやって?


「ぐるるるるる、…………がう。」


 クマが……焚き火に薪をくべている……だと? しかも泣きべそを掻きながら……タケシがチラつかせているエクスカリバーに怯えている……。


 何も見なかった事にしよう。


「あーあ。炭鉱から使えそうな物資も色々とパクってきたのに……。冬を越すために役に立つかと思ったけど、良く良く考えたら中身がわからないから活用できないじゃん。」


 これは聞きづてならない事を耳にしてしまった。彼は勇者であるにも関わらず、窃盗犯になったと言うのか? ……しかも炭鉱からと言っていたが、件の財務大臣に対する嫌がらせだと言うのなら、なんとも器の小さい事だと嘆くしかないじゃないか。


 ……いや、彼は勇者だ。紛れもなく勇者なのだから、信じて最後まで言い分を聞いてみるとしよう。


「炭鉱夫のおっちゃんがゆで卵を食べてる気分になれる粉だからって、言って渡してくれたけど。逆にその匂いがキツいんんだよね……。おい、そっちの白い粉と炭クズと一緒にまとめておいて。」


「がう……。」


 ふう……、思わず安堵してしまった。仮にも勇者であるタケシを疑うなど、……今後は気をつけよう。


 しかし、彼はこの熊を器用に使いこなしているものだな。ここが洞窟だから良いものの、この状況を動物愛護団体にでも見られたら何を言われるか……、いや、待て。この熊を見るタケシの目つき、……まるで保存食でも見るかのような?


 ん? 熊に不謹慎な視線を送るタケシが何やら光っているが……どうしたのだろうか? それに鼓膜が破れるのではと心配してしまうほどの爆音がするではないか。


 ……これは、爆発!? だが、どうして?


 洞窟内部でこの世のものとは思えない爆音が鳴り響く。そしてタケシの盛大な悲鳴……。これは只事ではないぞ!! ……そう言えば、先ほどタケシは炭鉱夫からもらった粉はゆで卵を食べた気分になれると言っていたはずだ、……つまり、あれは硫黄か? そしてを炭クズと白い粉と一緒にした。確か白い粉はタケシがあの洞窟で発見した結晶を粉にしたものだったはず。


 ……あの白い粉が天然の硝酸カリウムだと仮定すると、それに硫黄と炭クズを混ぜたものと言えば……。


 勇者は偶然にも『黒色火薬』を作りあげてしまったと言うことではないのか!? もしも火薬に焚き火の火が飛び跳ねでもしたら、……タケシは死んでしまったのではないか!?


 タケシは勇者と言うだけあって無駄にレベルが高い、高過ぎる故に生き返らせるには教会に国家予算並みの寄付をしなくてはならないのだ。……おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。人間のクズたるお前を生き返らせるために、無駄な金を使う事は許されないのだ。


「美味えええええええ!! 洞窟に住んでた蝙蝠が姿焼きで落っこちてきたあああ!! ほら、君も食えってば!!」


「がうう!! ガツガツガツッ!!」


 ……彼は爆発に巻き込まれながらも、その爆発の餌食となった蝙蝠たちを貪っている。どうやら見てはならないものを見てしまったようだ。


 そもそもタケシはどうやってあの爆発を耐えたのだろうか? 如何に勇者でも、山を丸々一つ吹き飛ばすほどの爆発に耐えられるとは思えないのだが。


「まあちゃんとの決戦前にリンから『聖女の加護』をかけといてもらって良かったよおおおおお!」


 あれか……、この国の王家に伝わる愛しき人を守るためにあみ出された伝説の加護。だがタケシよ、リンはお前が山を爆発させるために加護をかけたのでは無いはずだ。……どこの世界に山を二つも破壊する勇者がいると言うのだ。また財務大臣に説教されても知らないからな……。


 どうやら彼は蝙蝠の丸焼きを媒体にして『変質者』から上位職の『爆発魔』にジョブチェンジをしてしまったようだ。……本日はこの辺り手間終幕とさせて頂くとしよう。


 凍える冬の到来に舞い散る雪は苦笑い。積もる雪はクスクスと笑いながらも遊ぶ事を止めて、凍土を母親の膝がわりに愛らしく昼寝を貪る。彼らの寝覚は永遠に訪れない、響き渡る爆発魔の高笑いがそれを痛感させるのだ。


「しゃああああああ!!加護が解けたら次は辻ちゃんだああああああ!!」


 タケシよ、ネタが古いのでは無いか? それはモーニング娘。の……。

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